大粒の雨が舞い落ちる中。
ひたすらに、通りを駆けていく。

降り出した雫をその身体で受け止めて。
染み付く心に負けないように上を向いて。
崩れそうな空に押しつぶされながら。
湧き出た孤独感に追われながら。

当てもなく走り続けたあの頃。



私を包み込んでくれた。
あの、暖かい太陽の光は。
私にとっての、安らぎは。
今も、変わらず傍にあるよ。







〜雨の日のsunshine〜







今日は、本当についてない。



傘を忘れてきてしまった。
寝坊してたから、という理由を除いても、この梅雨時に傘を忘れるなんてただの阿呆だ。



…今日は、本当についてない。





ううん、もっとずっと前からなのかもしれない。
本当は、いつも感じている。



孤独感。



友達といるときは忘れてしまうけれど。
それは、忘れようとしているからな訳で。
私が変わらない限りは、やっぱりいつも付きまとっている。


ましてそれが雨の日なら尚更で。
憂鬱な気持ちが溢れてくるわけだ。
しかもこういう日はさっさと帰りたいのに、どういう訳か居残りさせられているし。
雨は心なしか強くなっている気がするし。
さっきちらっと窓から覗いた空には、遠くで稲光がはしっていた。


「よし…やっと終わり…。」


作成していた資料に最後のホチキスを留めて、大きく伸びをする。
無意識の内に紡がれた言葉は、孤独を紛らわすための代物に過ぎなかった。
それでも、それを一度口にすると、もうそれを止めることは出来なくなってしまう。



こういうとき、人間は不便だ。

本音が零れ出てしまうから。

淋しい、そう、言ってしまいそうになるから。



「さ…、濡れて帰るかな。」


かなり乱暴に資料を抛ると、ゆっくりと部屋を後にした。










コツ…コツ…。

校舎に響く私の足音。

独りだと、再認識して。

雨にかき消されそうな、私の息遣いが。

何故だか、何よりも鮮明に聞こえた。

学校の中、ひとつの影だけ、ゆっくりと。

時を、刻んでいく。

トタタタ…トタタタ…。

葉から滑り落ちた水が。

絶え間なく流れていった、窓の外。

放課後の校舎はいつもより、淋しそうに佇んでいた。










雨はどうやら、本降りに入ったらしい。
走って帰るには辛いほどの雨が、視界を埋めていた。


「…どうやって帰ろうかな…最悪濡れるしかなさそうだけど。」


雨の音を聞きたくなくて、自然に口にする。
1人だと、認識したくないから。





さん…もしかしなくても濡れて帰るつもりなの?」


駆け出そうと意気込んだ矢先、不意に掛けられた声に我に返った。
水を含んだ重苦しい空気の中にも、凛と響く声。
弾けた様に振り返ると、心配そうな瞳にかち合った。


「夜神君…?」

「他に誰に見えるって言うの?」


苦笑しながら近づく夜神君は、周りの景色の中で一際目立って見えた。
何故だか気圧されながら答えを返す。
心臓を、きゅぅっと掴まれた様な感じ。


「いや…人が居るなんて思ってなかったから。」

「そっか。僕もそう思ってたよ。」


私の不安を感じ取ったのか、夜神君は人懐っこい笑顔を見せた。
優しく微笑むだけじゃない、光を纏ったような笑み。
隣に並んだ夜神君の顔から、視線が逸らせなくなった。
傍から見たら、今の私のしてることはただの凝視。
それはきっと、不快を生むものなのに。
夜神君はそれを受けてまた、一段と笑みを深めていく。
私の視線を一身に受けて、そのまま言葉を紡いでいく。
洗練された音楽みたいに、透明な声で。





「だから、独りじゃなくて安心したんだ。」





紡がれた言葉は、私と同じ想い。
私の心を、そのまま見透かしたような。
私と同じ考えを持った人が居るということは。
どうして、こんなにも心を暖かくしてしまうのだろう。
強張った顔に、ゆっくりと朱が射していくのが分かる。
あぁ、どうしてこの人は。
私の心にすんなりと入り込んでしまったのだろう。


「……そうね。」


数瞬遅れて、それでも笑顔を浮かべて返事を返す。
それはとても短かったけれど、夜神君は別段気にした様子がなかった。


さん、一緒に帰ろう?」


ものの数分の立ち話だったと思う。
今まで話したことなんてなかった。
それなのに、掛けられた優しい一言に驚いた。
意味も分からず、聞き返す。


「え?でも…」

「でも、何?」


酷く驚いた顔で、夜神君は首を傾げた。
2人の間で噛み合わない話にもどかしさを感じて、わざと率直に言葉を紡いだ。


「今まで話した事も無かったから。」


瞳も逸らさず言い切る。
夜神君は、何も言わなかった。
ただ、少し曇った瞳で柔らかく笑った。


「…そんな理由で…女の子を濡れて帰らせるほど、僕は無神経な人間じゃないよ。」


さっきまでと変わらない口調。
多少笑いを含んだ話し方。
それでも分かった。
どうやら、悲しませてしまったと。


「でも…今さっき家に連絡入れたから、平気よ?」


これは嘘。

連絡なんか入れていなかった。

それでも、紡いでしまった言葉は取り返しが付かない。
人の持っている強がりは、いつも嫌なところで出てしまうものだ。
夜神君を気遣ったつもりで、より悲しそうな表情を作らせてしまった。
瞳の奥の輝きは、雲に覆われたように淡く弱く輝いていた。


「冗談ばっか。僕、渡り廊下でさんを見つけたけど…携帯なんていじってなかっただろ。」

「…随分目がいいのね。驚いたわ。」

「…褒め言葉として貰っておくよ。」


苦笑と共に紡がれた言葉は、暫くどんよりとその場に留まっていた。





「ほら、…それとも僕の傘には入りたくない、かな?」





暫くの沈黙の後の、夜神君の声。
私に向かって、差し出された手。
さっきまでのどんよりとした空気を、一蹴するような。
強い風が、雲を攫っていくような。
空自体を、掃除していくような、不思議な感覚。



夜神君の瞳に宿った光は、どうしようもなく輝いていて。
私は瞳を細めて、やっとで言葉を返す。
直視できないくらいに、暖かくて、強烈な。
その光に、眩暈を覚えたのに。
それでも、優しい気持ちが胸を包んで。
心は、どんどん晴れていった。





「…ううん。ありがとう、夜神君。」










帰り道の雨は、私達を避けていく。
傘があるから、当たり前のことなんだけど。
何だか、それだけって訳でもなくて。


水を弾く傘の内には、太陽がちゃんと存在してた。
名前は完璧に夜を表すのに、相反する太陽がちゃんと存在してた。
夜が似合うと思っていたのに、本物の太陽のように輝いている。
太陽のように笑う、彼が、居た。



帰り道の雨は、私達を避けていく。
太陽が出ているから、当たり前のことなんだけど。
太陽は、それだけのために在るんじゃなくて。


私の落ち込んだ心にも、さぁっと光を当てていく。
柔らかで、暖かいそれは、本物の太陽のように。
私の心を照らしていく、暖めていく。


君が居たから、いつもと違う帰り道に。
メールアドレスを交換しながらゆっくりと。
君が居ながら、いつもと同じ帰り道に。
気の置けない友達のように、楽しく。



いつものように、ただの雨の日。
ちょっとついてなくて、気分が重かった。
本当に、ただそれだけだったのに。










「ありがとう、送ってくれて。」

「いいよ、僕もこっちに用事があったしね。」


家の前で、ごく在り来たりな挨拶を交わした。

夜神君も、ごく在り来たりな返答を返した。


「それじゃ、ね。」

「うん。またね。」


お互いに笑って別れる。
私が家に入るまで、夜神君は見守っていた。
それは、一層私を暖めていく。
1人ではないと、実感させてくれるから。





のんびり余韻に浸りながら、階段を上っていく。
部屋に着くと同時に、携帯が鳴り響く。


「…テストメール…?」


夜神君から送られてきたメールだった。
タイトルからしてアドレス交換だろう。
そう、見当をつけて、メールを開く。







そのまま、私は、窓を、大きく、開けた。

手には、携帯を、握り締めて。







「…夜神君!!」


見下ろした玄関先に、夜神君は居た。
さっき別れた位置に、そのまま。
私がこうすることが分かっていたかのように、不敵に笑って。


「また、明日ね。さん。」


それだけ言うと、もと来た道を駆けていった。



風が雲を吹き飛ばして。

どんどんと、空の領土を広げていく。

そのムコウに見えるのは、晴れ渡った空。















…?何見てたの?」


待ち合わせの場所で、携帯を見ていた私に、聴き馴染んだ声が掛けられる。
振り向くこともせず、そのまま答える。


「昔のメール。」

「え?」


正面に回りこんだ人物が、顔を覗き込むのを待って、ゆっくり微笑む。


「月のくれた、最初のメール。」


月の頭に言葉が浸み込むまで時間は掛からなかったらしい。
月はそっぽを向くと、軽く頭を小突いてきた。


「…馬鹿。もう見なくていいよ…。」

「良いじゃない…。嬉しかったし。」


今度は私が、月の顔を覗き込んで微笑む。
案の定、顔を真っ赤にしたままの月は、多少ばつが悪そうに。
それでも、優しく微笑んでくれた。


「…ほら、帰ろう?」

「うん。」


あの日と同じように差し出された手をとって。
スローペースで、雨の中を歩いていく。



大粒の雨が舞い落ちる中。
ひたすらに、通りを駆けていく。

降り出した雫をその身体で受け止めて。
染み付く心に負けないように上を向いて。
崩れそうな空に押しつぶされながら。
湧き出た孤独感に追われながら。

当てもなく走り続けたあの頃。



私を包み込んでくれた。
月という名の太陽の光は。
雨の降る私の心を癒してくれる。
孤独の瘴気にあてられた心を暖めてくれる。
雨の日の、sunshine、そのもの。






―ずっと、話してみたかった。好きだったんだ。
 返事は、今度の雨の日にでも、聞かせてくれるかな。―










私は、光に包まれて、生きていくことが出来るようだ。









***あとがきという名の1人反省会***
初ライト夢です!!
どうしてもライト君は書きづらくて…偽者感満載です。
ファンの方、怒らないで下さいね。
ライト君は本誌の方では、究極の悪(いや純粋?)の人なので、
どうやって書いていいものか分からなくて…。
これからも夢が、増えていくのかどうか分かりません(ぇ

そして、今回も言いたいことが伝わらない駄文で申し訳ありません。
付け足し(言い訳)をさせていただくと、

雨の日ってどんよりした雲が心まで暗くしちゃうから、
そういうときに、孤独って嫌です。
だから、貴方の笑顔は眩しくて、私を孤独の中から救ってくれたんです。

って感じです。
え?分からないですか?
大丈夫です、私も理解できません(逝け

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!(逃亡

2005.7.24 水上 空