何でも見透かしたような瞳が嫌いだった。

いつも冷静に物事を考える様が嫌いだった。

誰も彼も理詰めで説き伏せる頭の回転の速さが嫌いだった。

女の子うけしそうな外見もそう、嫌いだった。





簡単に纏めれば、すべてにおいて。



大嫌いだったといっても良いんだ。







〜なんでそれでも隣に居るの〜







「…どうしたの。何か考え事?」


教室の隅にある私の机。
校庭をただぼんやり視界に入れながら、私はそこに座っていた。
声をかけられるまで、それすらも気づかずに。

顔を上げれば、そこには整った顔立ちの生徒。
ついこの前、彼氏になったやつ。
表情はいつもどおり涼しげで、何でもかんでも見透かした感じの。


髪の間から、瞳が覗く。
夜神、月。
綺麗な眉山を歪ませて、私の顔を覗く。


視線がどうにも居心地悪くて、絡まった瞬間、私から引き離した。


「ううん、ちょっとぼうっとしてただけ。」

「用がないなら、さっさと帰る準備して帰るよ、。」

「あぁ、そうだね…、うん。」


そういえば、一緒に帰る約束をしてたんだっけ。
置かれている状況を把握して、机に目を落とせば。
どうみてもさっきの授業の用意が散らばったまま。


「手伝ってやるから。」

「ありがとう。」


申し出を断る理由もなくて、そのまま受け入れる。



ホント、どうしてだろう。





どうして、こいつ、いや、夜神月は私と付き合ってるんだろう。
それまで、私はあんまり夜神月と会ったことすらあんまりなくて。
周りでキャーキャー、影ではファンクラブまで出来てるこの男と
平凡を絵に描いたような私との接点は、どう考えてもなかったはず。


たまに会ったかと思えば、取り巻きとか、ちょっと離れて騒いでる子とか。
そういうのもうっとうしかったし、私の友達も同意を求めてきたりして。

決まって、私は。

嫌な顔をしていた、はずなのに。





おかしいなぁ、なんて考えながら、視界の端に男の癖に綺麗な手が映るたび。

片づけが疎かになるほどに、私はそれを目で追いかけて。

聞こえてきたため息に慌てて顔を上げれば、不服そうな顔が目に入ってきて。

女の子受けしそうな顔を少しだけ歪めて、こう言うんだ。





「あのさ、…帰る気ある?」

「………あ、ごめん。今用意するから。」

「もう済んだんだけど?」

「…何から何まですみません。」



謝れば、その後何を言うでもなく私の頭を撫で付けて。

さっさと人の荷物まで取り上げて歩いていく。

戸口で振り返って。

私が追いつくまで待って。

追いついたら追いついたで、緩く微笑む。



「ほら、帰るよ。」



差し出された手は、素直に取ることができなかったけれど。
並んで歩くくらいしようかなって、隣に寄ったら。
夜神月はちょっとビックリして、それから。



軽く私の頭に、触れていった。






「ねぇ、私、月のこと、嫌いだったの知ってる?」

「…まぁ、通りがかるたび、こっちを睨んでれば誰だって気付くよ。」


帰り道で話すことも思いつかなくて。
嫌悪感丸出しの表情でそれだけ告げてみれば。

別段怒るわけでもなく、見透かしたような顔で笑う。


「知ってて、告白なんてしてきたの?」

「知ってたから、かな。」


取り巻く人間、勝手に作られるファンクラブ。
そういうものが、全てうっとうしいんだ、と月は言った。

別段、それでクラスメイトから疎遠にされるわけでもない。
悪意を持たれるわけでも、ない。
ただ、自分の名前が勝手に一人歩きするのが嫌だ。

そう、月は告げた。


「だから、が良かった。」

「は?」

なら、僕と同じ考えを持っていそうだったから。」

「…どういうこと。」

「取り巻きとか、五月蝿いの、嫌いだろ。」


問いに、1つ頷く。
月の表情は、今も穏やかだ。





「顔以外で、ちゃんと僕を見て、答えてくれそうだったから。」





「だから、僕はが好き。」







は?
まだ、僕のことが嫌い?







信号で立ち止まった月は、しっかりと体をこちらに向けて聞く。


「私、未だに月のこと嫌いみたい。」

「本当に?言うことはそれだけ?」


真摯な瞳、何でも、見透かしたような。
私は、それに抗える術を持っていない。
ただ少しだけできる事といえば、素直に顔を見て告げてやらない事だけ。







「…悔しいけど好き。」







それを聞いた月は、今度は嬉しそうに笑った。

あぁ…この顔。

好きだな。

嫌いだな。



相反する気持ちが、私の鼓動を速くした。







嫌いだったのに。

きっと大嫌いだったのに。

ずっと目で追ってた。

完璧すぎる月を。

嫌いだったのは、きっと取り巻きたちで。

でもそれを放っておいた月も嫌いで。

最初は目立つから、目で追っていたはずが。

きっといつの間にか、夜神月1人を。



今思えば。

好きになったのは嫌いと認識したときからかもしれない。







ただ、好きで、好きで。

繋がれた手が、とても熱かった。

信号機が青になる。

家まで、もう少しだ。

少し短い時間だけれど、その間に。





私の想いを少しだけ伝えてみようか。

何で、隣に居るのかを。







***あとがきという名の1人反省会***
一体いつ書いたか分からないくらい前の拍手より。
うちのサイトでは希少な月夢。
書き直したほうが早そうとか思いつつ、
加筆するにも修正するにも気力が沸かなくて
放置したまんまだったのを、今回やっとこお届けです。

嫌いになる、って結構な気力が居ると思うのですよ。
嫌いって認識するという事は、それだけ相手を
強く意識しないと嫌いにはなれないわけで。
好き、と嫌いは、相反する訳ではなくて、
紙一重なんだろうな、って思います。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

加筆修正 2007.11.03 水上 空