「へぇ、神様にも名前があるんだ?」

{そう、だから俺のことはそうやって呼ぶと良い。}

「分かった、そうするね、『リューク』。」

{…あぁ。}


そうして、俺の名前を何度も何度も繰り返し呼びながら、
は、楽しそうに、嬉しそうに笑ったのだった。







‐3:Jonathan apple‐







ただ素直に俺の言葉を信じ、
花が咲くように笑うを見つめるほど、心が痛くなった。

ズキズキと。
時折、ドキドキと。

無いはずの心臓って奴が疼く。
何かに軽く、むき出しのところを引っかかれた時のよう。
ムズムズ、ピリリ。
ココロが、揺れる。





「ねぇ、教えて欲しいんだけどね?」

{何だ?}


しょり、しょり、しょり…
林檎を咀嚼する音が、の声と重なる。

久しぶりに食べた林檎は酸味が強く、それでいてとても甘い。










リュークは何を食べるの?と言うか神様は御飯食べるの?
さっきそう聞かれたから、俺は迷わずに林檎が好きだ、と答えた。

は俺の答えを聞いて満足したのか、ちょっと待ってて、と
俺を部屋に残したまま、ドアへと吸い込まれるように消えた。

続いて階段を下りる足音が、ドア越しだったからなのか、
それともの歩き方が綺麗だからなのか、物凄く小さな音で、
もしかしたらこのまま消えてしまうんじゃないかと焦った。


もちろん、そんなのは考えすぎだと知っている。
の残りの時間は短いとはいえ、まだしっかり残っていた。

待ってて、と言ったからには、戻ってくる。


どうしてそんなことを考えたんだ、とも思ったけれど、
首を傾げに傾げても答えは見つからなかった。
…から、全て「気のせい」、で片付けた。



それで、良かったと思う。



暫くして、は真紅の皮の林檎を切って持ってきた。
一緒に食べよう、と。

そして今に至る。










「私も、これに触るまではリュークのこと、見えなかったでしょう?」


ひらり、と、が見せたのは俺が書いた警告。

デスノートのページ。

運命を変える力のある、紙切れだ。

最も、人を殺すためのものだ、なんて言えないけれど。

この純粋で、真っ直ぐな瞳を俺に向ける少女には、言わないけれど。


{そうだ、俺は人には見えない。}

「やっぱり他の人には、リュークは見えないの?」

{そうだ。うっかり外で話すと変な奴だと思われるから気をつけろ。}

「ふふ、わかったよ。」


変な人に思われるのは嫌かなぁ、と言いながらも、の顔は満面の笑みだ。



林檎、人間界の林檎は美味い。
口に皮付きの林檎を放り込もうとしたら、
皮が不思議な形にカットされていて、
に聞いてみたら、うさぎ林檎だよ、と教えられた。



相変わらず、その顔から笑みは消えない。
会ってから、終始笑顔だ。


{…、嬉しそうだな?}

「え、だってリュークが見えるのは私だけなんでしょう?」

{…そうだ。だけにしか、俺は見えない。}

「二人だけの秘密って、結構嬉しいものよ?」





至極当然だ、と言うように、は言った。

その頬はうっすら朱色に染まる。

ちり、ちりり、

と、俺の心が、また疼く。





{秘密、か…}





それが、にどれほどの喜びなのか、俺には分からない。
ただ、真実を伝え切れていない俺に、その笑顔は、辛い。

ただのデスノートのルール。

それを秘密だ、と嬉しそうにはしゃぐが、
眩しくて、綺麗で、どういう瞳で見返していいかわからなくて、
俺は手の中に残っていた林檎を口に放り込んだ。


「そう、しかも神様との。」



ぬるくなった林檎は相変わらず甘かったが、

さっきまで食べていた時より酸味が強い気がした。



{俺は、}



それに留まらず、苦味すら感じた。

言いかけた言葉は、喉に引っかかって消えた。

神は神でも、死神だ、なんて。

言えなかった。………どうしても。



「………どうしたの?」



心配そうに、が訊く。



{…俺も、嬉しい。…いいな、秘密ってやつは。}



うそだ。



「本当に!?」



うそだ。

ごめん。

だからそんな、嬉しそうな顔をするな。



{…嘘ついても俺に得はないぞ。}

「あ、そっか。そうだねぇ、そんなことする必要ないね?」


林檎、おいしーねぇ、と笑った顔を見て、また。

今度はちりちり、何て軽いものじゃなく、

ズキズキとした痛みが、俺を襲った。





林檎は、徐々に色が変わっていった。

それでも、甘くて、酸味がきいていて、多少苦くて。

俺は、そのの言葉に、何か言葉を返す事もせず、

ただただ、久しぶりの林檎の味を堪能した。





たんのう、した。







***あとがきという名の1人反省会***
おおよそ3年越しなんですけど…!
いやもう、ホントすみません…orz
反響があったもので、調子に乗って書いちゃいました。

タイトルは、ジョナサンアップル、現存する林檎の名前より。
真紅の皮、少々酸味が強い味が特徴的な林檎です。
赤い、赤いりんご、っていう感じにしたくて、M先輩に相談、
先輩が教えてくれた、これを気に入り、即採用です。
有難う御座います、助かりました!

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

2009.03.07 水上 空