どうやら窓を閉め忘れていたようで。
ひやりとした春の夜風に晒されて、目を覚ました。
窓を閉めたものの、一度起きてしまえばなかなか寝付かれない。

散歩にでも行こうかと部屋を抜け出した。
すると。


ちゃん?」

「あ、井宿。…寝ないの?」


回廊を曲がったあたりをふわりと歩く、ちゃんを見つけた。

暗い回廊で、…月明かりくらいしかないはずなのに。
おいらの目は、すっとそこに吸いつけられる。
ほんのりとした月明かりを受けたちゃんが微笑む。
白い肌が照らされて眩しく、咄嗟に目を細める。


「いや、おいらはちょっと目が覚めて…じゃなくて、ちゃんは?」


キラキラと輝くちゃんの微笑みは、気がつけばすぐ目の前に。
不意に詰められた距離に、戸惑うのを悟られないようにしたいのに。
そんな努力を無駄にしてしまうのがちゃん。


「ちょっと散歩しようかなーって。」

「こんな、夜更けに?1人で?」





おいらの心を、捉えて。

簡単に、その甘い微笑みを乗せて。

動揺を誘う。





「井宿と一緒だよ。」

「………ぇ?」

「ちょっと目が覚めて、ね?」

「………どこまで行くのだ?」

「それは井宿のお好きに。」





おいらの心を、丸裸にしてしまう。





「…じゃぁ、そこの小高い丘まで。」

「うん。」





隣に並ぶちゃんの手を取れば。
握り返す力すらも愛おしくて。
おいらは頭を振りながら。
今日も理性と必死で戦う。



おいらの放つ光は弱々しくて。

ちゃんの瞳に映ることなんて無い。







〜5等星になりたい〜







目的としていた丘の上。
街からの光も届かない場所だ。
暗い空に、今にも降ってきそうなほどの星が映る。


「此処だと、星が綺麗に見えるのだ。」

「………すっごいねぇ。」

「空気が澄んでて、天に近いから、此処は。」


こんなに沢山、とはしゃぐちゃんは年齢よりも幼く見える。
手を叩いて、空を見上げて、丘の上を歩く。
喜んでくれたことが嬉しくて、おいらも一緒に笑った。

ちゃんの瞳は、空を見ていて。
おいらは、…星には悪いが、ちゃんだけを見ていた。

ちゃんの微笑む姿は、まるで1等星のように。
眩しくて、眩しくて、おいらは笑うふりをして目を細める。
どうせ、完全に視界から消すことはしないくせに。





と、前触れもなしにちゃんは振り向いた。





「あたしが言ったのは、井宿の事よ?」

「おいらの?」


ちゃんの歩みが止まったのと同時に、おいらも止まる。
それ以上、ちゃんに近づく勇気がなかっただけかもしれない。
輝く1等星の元、5等星は目に留まることは無い。

半信半疑で問うと、ちゃんは一層笑みを深くした。
いつの間に近づいたのか、おいらの手を取り、先を続ける。


「あたしの知らない事、いつも教えてくれるじゃない?」

ちゃんよりは、長く生きてるからなのだ。」

「あたしは、凄いと思うよ?」





強い光を放って、おいらに微笑む。





「知ってるもの。」





何を知っていると、言うのだろう。

簡単においらの気持ちを丸裸にしてしまうのに。

おいらがちゃんのことをどう思っているのかなんて。

傍に、いつまでも傍に居たいだなんて。

そんな夢から抜けられないおいらに。



これ以上の期待を持たせて………。



触れられた手から伝わるちゃんの体温すらも愛おしい。

出来るなら、今すぐ、この場でこの胸に君を閉じ込めたい。

運命だとか、そんなもの全てを打ち砕けるくらい、打ち砕きたくなるくらい。

君が好きだと、伝えたくなるだけなのに。





「みんなの影で、必死でサポートしてることも。」





手を握り返せば、漏れた力が手を震わせて。
そっとその上から、ちゃんの手が重なる。
震えが収まっても、そのまま。





「誰よりも、本当は努力してることも。」





手から視線を外せば、微笑むちゃんの顔がすぐ傍に。
視線は、真っ直ぐおいらを射抜いて。





「1歩引いた場所で、周りを見て、みんなを導いてくれてることも。」










1等星のように輝くちゃんは…おいらを、しっかりと見ていてくれた。










「あたし、そんな井宿が大好きだから。」


もう駄目だ、耐え切れない。

そう感じた瞬間には、ちゃんは既においらの腕の中。
甘く、柔らかいちゃんの髪に頬を寄せて。
迷いに迷った挙句、髪の先に口付けることだけに留める。


そんな、情けの無いおいらに、ちゃんは抵抗もしなかった。
ただ、優しくおいらの背に回してくれた腕が細くて。
もう一度強く、抱きしめた。










「おいらは…そんな大それた人間じゃない。」

「そうかな。」

「そうなのだ。」


おいらの弱々しい光は、どうやらちゃんの中では。
1等星ランクとして認知されているようで。





「そんな所も好きだよ。井宿。」





擦り寄るちゃんに、おいらはただ顔を赤くするだけ。
ニッコリと微笑むちゃんは、やっぱり輝いていて。
おいらの光なんて、絶対にちゃんには敵わない。





「…ちゃん。話聞いてたのだ?」

「うんうん、さっきのに謙虚ってことが追加されたってことでしょ?」

「ちーがーうーのーだー!!」

「良いじゃない別にー。」

「良くないのだ!」















ちゃんは聞き入れてくれそうに無いけれど。
おいらはこれからもずっと、5等星のままで居たい。


1等星同士で輝きあうよりも。

ただ、君の傍で。

君が輝く姿を見て。

君の輝きをサポートする立場で居たい。


おいらの中で、ちゃんが1等星だから。
おいらは、ちゃんだけの、5等星になりたい。







***あとがきという名の1人反省会***
久しぶりのふしぎ遊戯はやっぱり井宿でした。
何でですかね。いや、確かに好きですけど井宿。

5等星って最近あんまり見れませんよねー。
ということで、空を見ていてもあんまり見られない
5等星が今回のメイン?です。
輝く星の傍には、弱くしか輝かない星が居てこそ
輝く星が一層綺麗に見えるというか…。
何かそんな感じです(笑

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.03.19 水上 空