霊というのは時に便利なものである。 壁をすり抜け、天井をすり抜け。 鍵が掛かっていたとしても関係がない。 自分の行きたい空間へと一直線。 そして、オレも。 その力を最大限に利用して。 今日も愛するりんの元へと一直線。 「りん、今からオレと散歩でも…」 するりとりんの部屋へと身体を滑り込ませると。 そこに居るはずのりんは。 大きく開け放った窓から入る光を一身に受けながら。 小さく丸まり、あどけない表情で。 「………寝てる?」 〜HOW TO USE 大木槌〜 寝てる表情も、りんは可愛らしい。 すうすうと小さく漏れる寝息すらも。 丸まった身体は、丁度猫の昼寝のようで。 肩まで伸びた綺麗な髪が、風に揺れていた。 どれ位。立ったまま見惚れていたのかは分からない。 ただ、小さく震えたりんを見て、風が強いと知ったのは確か。 「…幾ら日差しが暖かくても…風が強くちゃ………。」 春というのは、いつもそうだ。 暖かな日差しが心ごと身体を暖めるかと思いきや。 こんな風に、強い風………あぁ、春一番とか言ったか。 「風邪引くぞ、りん。」 春一番が吹いて、心地よい温度を奪っていくこともしばしば。 髪が、風に舞うこともしばしば。 りんの髪は綺麗だから、オレはそれが風に舞うのを見るのは好き。 …それでも、りんはうっとうしがっていた。 風に腹を立てるわけにはいかないから、オレにはどうにも出来ない。 りんに顔を近づけて、息を吹きかけてみたけれど。 どうにもうまくいかない。 霊とは、時に不便なものだ。 乱れた髪を元に戻してやりたいと思うのだけれど。 やはり、髪は元の位置に戻らず、りんの頬を覆ったまま。 震えるりんを暖めることも出来ず。 頬に掛かる乱れ髪を除けてやる事も出来ず。 なんて情けないんだろう。 霊と、いうものは。………オレは。 スッとりんに手を伸ばして。 突き抜けてしまった己の手をきつく握る。 「………何か………。」 オレに出来ること。 とりあえず大木槌で………。 と、考えていたら思いついた。 風邪を引きそうなりんに。 オレが今、出来ること1つ。 壁をすり抜け、天井をすり抜け。 自分の行きたい空間へと一直線。 「おいそこのクソ明神。」 するり、オレが目指したのは管理人部屋。 つまりはクソ案内屋の居る場所だ。 うたかた荘の生者。 かつ、りんに馴れ馴れしいクソヤローの明神が居る場所だ。 折角オレが嫌々ながらに寄ってやったというのに、コイツときたら。 「あー?…ってテメェこのクソガク!何で大木槌出してやがる!?」 いきなり立ち上がったと思ったら、戦闘モード突入。 これだから単細胞の馬鹿は困るというか。 オレは争うために此処に来た訳ではなくて。 …でも腹が立つには変わりないからここらで一発………いやいや。 「あっ!さてはテメェあれか?このうたかた荘にまた穴ボコあけるきか!?」 クソ案内屋の阿呆な囀りに付き合っている余裕はない。 メンチ切ってくる馬鹿の言葉はしっかりと無視して、オレは本来の目的を告げる。 勿論、逆に睨みつけてやることだけは忘れない。 「タオルケット。」 「そうかそうか!その溜まったストレス………は?」 「タオルケット。これに掛けろ。」 「何だよいきなり。」 「早くしろよ。テメェみてぇなクソ案内屋に構ってる暇はない。」 「………ほれ。」 キョトンとしたクソ案内屋は、いきなりの事に何も言い返すこともせず。 ただオレが望んだとおりにタオルケットを1枚木槌にかける。 少しだけ重くなった木槌を肩に担いで、オレは去る。 「あっ!汚すなよ!ちゃんと返せよ!?」 後で、あのクソ案内屋潰す。 大声で怒鳴った馬鹿に腹を立てながら。 オレは来た道を戻り始めた。 「りん。起きたら、散歩に行こう。」 上手いことタオルケットをりんの上に落とす。 突然降ってきたタオルケットに驚くこともなく。 りんは嬉しそうにそれに包まった。 触れることは出来ないけれど。 りんの頭を撫でる振りをして。 軽く、頬に口付ける振りをして。 オレは、りんのためにしてあげられる事があったと。 1人で舞い上がって。 1人で頬を赤くした。 「………寝ちゃった、のかぁ…私。………あれ?」 どれだけ、時間が経ったかは知れない。 特に気にしていなかったけれど、日はかなり傾いていた。 春は日が長いけれど、…充分夕暮れと呼べる時間帯だ。 うんと大きく伸びをして、りんは起きた。 目を擦る姿がまた愛らしくて、オレは声を出さずに微笑む。 タオルケットに気付いて、くるくると辺りを見回すりん。 視線がオレに向けられたのを知って、話しかける。 「りん、おはよう。」 「ガクさん。」 「どうしたんだ、りん。」 キョトンとした顔で尋ねるりん。 大体質問の予想はついているけれど、オレは聞き返す。 先に自分から言う気にはなれない。 りんが、望んでくれてから言うと決めていた。 「このタオルケット、…誰が?」 「オレが。」 「でも。」 「りんが風邪引きそうだったから。…ほら。」 驚きを隠せないりんに向かって指を1つ立てる。 ジッと見つめる瞳が、オレが立ち上がったのを機に上昇。 手のひらに気を集中させ、大木槌を作り上げると、りんは目を見開いた。 「こうして、持ってきた。」 りんの手にも触れることの出来る大木槌。 柄の部分をりんに差し出すと、りんはキュッと柄を握ってくれた。 少し、照れているのか。 頬を染めて笑うりんは、………とても綺麗だ。 「…だから、暖かかったんですね。」 「……………?」 「気遣い、嬉しかったです。」 有難う、とりんは笑う。 オレの出来る精一杯を、しかと受け止めてくれたことが分かった。 血の通わない頬に、熱が帯びたように感じるのは錯覚か。 オレの気の迷いであっても、もうどうでも良い。 知るか、そんなもん。 「りん。」 「何ですか?」 「今からオレと、散歩に行かないか。」 りんの笑顔を見ていたい。 「少し遠いけれど、綺麗な花が咲いてるところを見つけたんだ。」 「…暗く、なっちゃいますか?」 不安げなりんの顔近くまで近寄って。 腰を下ろして目線を合わせては、オレはまた笑う。 「大丈夫。」 りんの手はオレの木槌の柄を未だ握ったまま。 触れられないと知っているからこそ。 オレはりんの手の位置にオレの手を重ねる。 「転びそうになったら、支えることも出来るし。」 突き抜けて、木槌を握る。 りんと一緒に。 「敵が来ても、オレが叩き潰す。」 オレが出来ることは、何でもする。 君の笑顔を護ると決めた。 だから、りんはただそこに居てくれるだけで良い。 信じていてくれるだけで良い。 「オレと、オレの木槌を信じてくれれば良い。」 重ねた手を再び解いて立ち上がる。 木槌は取りあえずピコハンに変えた。 柄の部分をりんに差し出す。 「オレと散歩に行こう?りん。」 「………はい!」 使い方としては間違っていることは知っている。 それでも良いじゃないか。 答えは必ずしも1つじゃないだろう? 使い方は色々あるんだ。 戦うための木槌じゃない。 これは、君のための。 ***あとがきという名の1人反省会*** 主人公が寝ていたら、ガクリンはきっと こんな風に木槌に乗せてタオルケットを運ぶはず! そんな私の妄想が良く見て取れますね(苦笑 ガクリンのハンマーは人にも触れられるし、 どんな用途にも使えそうです。素晴らしいね! それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2006.03.10 水上 空 |