彼の名前は犬塚ガク。

幽霊になっても変わらないもの。

それは。

彼の中の愛情の値。

彼の愛情は0か1。

それ以上でも、それ以下でもない。







〜1を越えたい〜







勝手知ったるうたかた荘。
通い始めて早数ヶ月。
朝の行事として定着したのは、ヒメノのお迎え。


「おはようございますー。」


大きく息を吸い込んで、引き戸を開く。
がらんとした玄関で、私を出迎えるのは、今日も変わらず。
スルリと壁から抜け出てきた、長身細身の男の幽霊。


「おはようりん。今日も何て可愛いんだ。」

「…おはようガクさん。今日も何て寒々しい台詞を吐くの。」

「寒々しいなんてそんな。オレはいつも本当の事しか言わない。」





ガクさんの愛情が0か1と知ってからもう大分経つ。
お決まりになった掛け合いからすると、どうやら私は1のよう。
プラスに傾いたガクさんの愛は、無償に私に注がれる。

ニコニコと微笑むガクさんに、私は微笑み返せない。
ガクさんに隠された階段を覗き込むと、一言用件だけを告げる。
私につられてガクさんもそちらの方向を向く。





「………ヒメノ起きてる?」

「ひめのんはもうすぐ用意を終える頃だと………」


言い終わる前に、ドタドタと階段を駆け下りる音。
途中で転ぶんじゃないかという勢いでヒメノは今日も登場。
長い髪をハタハタと揺らしてこちらに近づいてくる。


「ゴメン待たせた?」

「おはようひめのん。今日も生き生きとしていて可愛らしい。」

「おはようございます、ガクさん。」


ちょっと痛い発言も無難にスルー。
愛らしく声を上げて、ヒメノは笑う。





ガクさんの、ヒメノに対する愛は1。





私は傍観者としてここに居るように。

ガクさんは今、ヒメノに夢中。



別に、私に対する愛が0になった訳ではないんだけれど。

別に、私に対する関心が消えた訳ではないんだけれど。



きつく握り締めた手に、爪が少し食い込んだ。





「ヒメノ。…もう行こう?遅刻しちゃうよ。」

「あぁ、うん!」


出来るだけ笑って告げると、ヒメノはガクさんの元から離れる。
私の横に並んで、もう一度うたかた荘側に振り返る。


「じゃぁ行ってきます。」

「行ってらっしゃい、ひめのん。」


ガクさんは微笑んでいた。
嬉しそうな顔が、私の胸に刻み込まれる。

本当は、何か言いたかったんだけれど。
ガクさんを見たら言えなくなってしまった。

早く、とヒメノから掛かった声に振り返る。
少し離れた位置で、遅刻するよ、と少しお怒り気味のヒメノが立っている。
苦笑して追いつくと、私の手を引っ張ってヒメノは駆け出した。



正直なところ、此処から今すぐ離れたかったから、助かった。
規則的に足を動かせば、すぐに学校にたどり着くだろう。



と、ものの数秒でそれは止められた。
待っていて、それでいて欲しくなかった言葉によって。





りん!」

「…何。」





優しい声音についつい足を止める。
ヒメノが急ブレーキに驚いているけれど、構っていられない。
振り向いた先、ガクさんが居る。



「行ってらっしゃい。」

「…行ってきます。」



柔らかく笑うガクさんに、私は上手く笑い返せたのだろうか。
行こう、と引かれた手に従って、今度こそ走り出す。







走り始めたばかりの胸は、抑え切れないくらい速く鼓動を響かせる。
私自身、もうどうしようもない。
止めることなんて出来ないと知っていた。



ガクさんが、私の中で大きくなりすぎた。

ガクさんの愛は0か1と知っているのに。

それ以上にも、以下にもならないと知っているのに。



それでも、私は。

ガクさんが好き。



ガクさんにこの想いを伝えたら。

私へ注がれる愛が、1を越えてくれたらいいのに。







「帰りは2人を迎えに行くからー!!」


走り出した私達を追って、ガクさんの大きな声。
ついで明神さんの怒りの声が聞こえてきた。





私だけに注がれる愛が、1を越えてくれたらいいのに。







***あとがきという名の1人反省会***
拍手から持ってきました!ガク夢ーv
加筆はあんまりしてません、名前だけ(笑
ガクの昔話が出てきた時からずっと
書きたいと思っていた話です。
ガクからの愛情値が1以上の特別になりたい…
そう思うのは私だけではないはず!

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.02.15 水上 空(加筆修正:2006.03.28)