犬塚ガク。それが俺。
俺を見て俺の声を聞いて答えを返してくれる。
そんな人間に、無償の愛を注ぐ男。
慕ってくれる人間を、無償で護り通す男。



それが、俺。

言わば、愛の戦士。







だけど。







〜もしも愛なら〜







うたかた荘で迎えた朝。
目を開けば、いつもの天井が飛び込んでくる。
ゆっくり起きてみれば、血肉を失ったはずのこの身体が、妙に重く感じた。


隣にはツキタケ。隣の部屋にはりん。
…こんな最高の条件で寝ているのにと、俺は首を捻る。





考えること数秒。
嫌な夢でも見たんだろうという結論に落ち着いた。
いつも通りなら、りんが出てくるはずの夢。
内容を思い出せないんだから、きっとりんは夢に出なかったのだろう。










なら、すべてが悪い夢だ。










そう勝手に結論を出し、ゆっくりと立ち上がったとき。







「ガクさん、おはよう。」

「…りん。おはよう。」


りんの顔がドアから覗いた。
今日も笑顔がとても魅力的だ。
が、その笑顔は一瞬だけで、俺を見て心配そうなものに変わる。


「アレ?ちょっと顔色悪い?」

「いや、変な夢を見ただけだから。大丈夫。」

「…なら良いけど。無理しないでね?」


相変わらず察しが良くて、思いやりに溢れてるりん。
触れられないと分かっているのに、りんは俺の頭を軽く撫でた。
少しだけ背伸びをする仕草。
心に暖かいものが満ちていく。





「分かってる。…優しいりんが俺は好きだって事だけは。」

「うん、全然話聞いてないね。」

「聞いてる。りんの声はいつも澄んでて綺麗だから。」





りんが俺を見ていてくれて、俺に言葉をくれる。

それが俺にとっては最重要事項。

本当は、しっかりと言葉の意味まで理解をしているけれど。

俺はいつも問いに答えることよりも、愛の言葉をりんに返す。










「具合悪い時にこの前みたいな大怪我したら口きかないよ。」


今日はりんは学校が休みらしい。
制服を着ていないからきっとそうだ。時間は見てないけど。


「じゃぁ一緒に散歩に行こう。りんが見張ってて。」

「…いいけど。出来るだけ近場にしようね。」

「近場でもりんを狙う愚鈍な奴がいたらすぐ始末するから。」

「無茶する気満々だこの人!」





無茶だって何だって、愛するものは護るさ。
だって、それが俺。
犬塚ガクだから。


驚いた顔も可愛いな。
ないはずの心臓がまた動き出しそうな気分だ。


りんが、受け止めてくれるから。
だから、俺は安心して愛をりんに贈ることができるんだ。










だけど。















りん。」

「んん?ピコハンを木槌に変えちゃ駄目だよ?」

「いや、そうじゃなくて。」

「何?」


りんへの愛。捧げる愛。
心が弾むはずなのに、少しだけ重い。
うたかた荘から出て少し、俺はりんに問う。










「俺のこの世への未練は、何なんだろうな。」










生きていたときに聞いた。

霊は、この世への未練が強いものがなるのだと。

たとえば、恨みとか。

そんなもので此処に居たいとは思わないけれど。










「…やっぱ、愛なんじゃない?」

「…じゃぁ、傷口から漏れる魂も?」

「愛かもね?ガクさんらしいし。」



歩を止めて、りんは笑った。

何かを確信したような、まっすぐで真剣な眼差し。

俺の欲しい言葉を、寸分の狂いなく。

それが、どれだけ嬉しいことか。



「………りん。」

「何、ガクさ…」

「愛させて。」





触れることが叶うなら、きつくきつく、抱きしめて。

優しく優しく、髪を梳いて。

匂いを感じれるなら、髪から香る甘さで胸をいっぱいにして。

頬が上気したなら、子供のようなキスを。





「触れることは出来ないし、同じ時間を刻む事もできない身体だけれど。」





少しだけ、傍に寄ると、りんの視線もつられて上がる。
俺の言葉を聞いて、受け止めてくれる君。
まっすぐに瞳に俺を映してくれる君。















「俺は、りんのためにこの魂を燃やし続けたい。」





触れられないと知っていて、俺はりんの手に触れるフリ。

伝わらない体温がどこか淋しくて。

それでも今は繋がっていると喜んで。

片膝を地に着けば、ちょうどりんの手の位置に俺の顔。

白魚のような手に、子供のするように口付ける。





「…駄目?」

「…駄目なら、きっと私ここに居ない。」


りんは、今まで忘れていた歩調を取り戻した。
弾かれたかのように歩き出して、小さな背中がもっと小さくなっていく。
あわてて後を追えば、追いつく前にりんが先に振り返ってくれた。





「置いてくよ?ガクさん!」





もしも。
俺が、りんの言うように、愛で出来ているのだとしたら。
未練ではなく、この身体を愛が流れているのだとしたら。










もしも、愛なら。










傷口からあふれ出る血の様なものも愛で。

泣いたときの、涙すらも愛だとするのなら。





「ずっとりんの隣を歩いていく。」





俺が傷ついたとき。泣いたとき。
俺の愛が霧散しないうちに、りんを包める位置に。
無償の愛を、捧げられる位置に。





俺につられたのか、りんもにっこりと笑みを深くした。
隣に並ぶ。
いつもと同じ散歩道。










追記。

うたかた荘に帰るまでにりんに絡んだ雑魚を3匹ほど滅した。
りんは俺を叱ってくれた。
叱られてるのに嬉しいのは、そこに。



愛がある、から。
俺が居る、から。







***あとがきという名の1人反省会***
誰がなんと言おうと、私は声を大にして叫びたい。

ぽっかりあいたガクの胸の穴からダダ漏れるのは愛!

という訳で、ガクは100%愛の塊です。
愛があるところにはすべてガクが居るんですよ(ニッコリ
愛を感じてガクを感じてくだされば幸いです。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.02.15 水上 空