片恋というものは、非常に厄介なものだ。 意中の相手に会えたか否かで、その日の幸せの度合いが変化し、 会えなかった日は太陽が昇らなかった日のように気分が晴れないし、 会えたら会えたで、その時話せたか否かでまた一喜一憂したり。 触れたりなんてしたら、もうその手は洗えないなんて喜んで。 相手を想って心を桜色に染めたかと思えば、 相手の想い人を知って、涙に頬を濡らすことなんてしょっちゅう。 …なんだ、そうだ。 だが、私はそんな恋を知らない。 〜 片恋 ― カ タ コ イ ― 〜 私がそういうと、友達は決まって信じられない、という顔をした後、 彼氏であるあの人を思い出したのか、一瞬にして納得する。 あの人相手じゃ、常識は通用しなさそうだ、と笑う。 本当なら此処で、私も怒るべきなんだろうけれど。 私もあの人に常識通りの恋が出来るとも思えず、 どちらかというと友達に同意したような形で、笑うしか出来ない。 「りん。帰ろうか。」 「あ、はい。今行くね。」 私のクラスまで迎えに来てくれた優しい彼氏様は、いつも通り戸口に立っていて。 コンコン、と控えめに戸を叩いて、私に知らせる。 いつも通りに友達と別れて、そちらに歩いていく私を通り越した視線は、 友達の視線に絡んで、その後すぐにふわりと、会釈に変わる。 並んで廊下を歩き出す前に、友達から。 「をよろしく、先輩!」 聞こえた声に、彼氏様はというと。 つい、ともう一度友達の方へ顔を向けと思うと、 直後…私の肩を引き寄せて、頭を撫でる。 そこまでが毎日の恒例行事で。 それが済んで、やっとで学校を後にする。 無論、繋がれた手は、校舎から出たら家までは離れない。 私は、満たされた恋愛の中に居るのだろう。 私は、片恋の辛さは知らない。 私の初めての彼氏というのは、他でもない、この犬塚我区先輩で。 出会った直後に愛を告白されて、返事が出来ずにいたら、 毎日愛を囁かれて、恥かしくて、でも嬉しくて。 そのまま、恋の中に入っていったから。 だから、私は片恋の辛さを知らない。 ただ、私の知る恋とは、当たり前のようにそこに在る、 とても穏やかなものだという事。 優しい我区先輩が毎日のように私を好きだと言ってくれて。 私も照れながら、好きです、と返す。 そうして、毎日が過ぎる。 それが、私の知っている恋の全てだ。 「りん。今日は、どんな事があった?」 「んー…いつもと同じですよ?」 「それで良い。オレが傍に居れなかった時の、りんのこと聞かせて。」 「えーとぉ…今日は…体育でリレーしてました。」 「うん、見てた。屋上から。」 「…我区先輩…今日もまた授業サボってたの…?」 我区先輩は、いつも私の話すことをすべて聞いてくれる。 話を聞いてるときは、物凄く嬉しそうだ。 陰気に見える(らしい)顔は、緩みっぱなし、頬も桜色。 その表情が私は凄く好きで、可愛いなぁと思う。 私より年上なのに可愛いなんて、怒られちゃうかなぁと思うけれど、 言ったところで、きっと動じずに、我区先輩は笑う。 勇気を出して、私より大分背の高い我区先輩に少しだけ屈んでもらって、 頭を撫でてみたけれど…やっぱり我区先輩は少しも怒らなかった。 一瞬キョトンとして、少し間をおいてから、目を見開いて。 わなわなと小刻みに震えた後、 「りん、可愛すぎる…。」 久しぶりに帰り道に離された手のひらが風を受ける前に。 少し苦しいくらいに、抱きしめられただけだった。 細身で長身の身体に抱きしめられている私は、 どこにそんな力があるのか、といつも不思議だけれど。 我区先輩、と呟くと、それはそれは優しく。 先輩は、私の髪を撫でるから、そんなことはもうどうでも良くなってしまう。 我区先輩の優しい瞳が、優しい想いを私に伝えて。 その度に、私は我区先輩の恋の、愛の中に引き込まれる。 それがとても心地よくて、私も進んでその恋に、愛に踏み込む。 唇が降って来た所は、凄く熱くて、未だに私は慣れないけれど。 それは我区先輩も同じなのだ、だって、我区先輩も真っ赤だから。 「…りん…そろそろ、行こうか。」 「…はい。」 名残惜しそうに、少しだけ上気した我区先輩の顔が離れて、 2人して、顔を赤く染めたまま家まで歩いていく。 夕日が2人を照らして、影が伸びていくのだけど、 その影が伸びていくたびに、重なり合っていって。 何だか可笑しくて、照れくさくて。 2人して笑って、陰が1つになるくらいに引っ付いたりしてみた。 そんな毎日が愛しくて、あぁ、恋をしていると思っていた。 毎日がこんなに愛しいから、この恋がずっと続いて。 大人になってもそのまま、隣には我区先輩が居て、 私はその隣で、笑っているのだろうと。 じゃれては頬を染めて、共に居るのだろうと。 「りん、また明日。」 「送ってくれてありがとう。我区先輩。」 「オレがりんと一緒に居たいだけだから。」 「………じゃぁ…そう思ってくれてありがとう。」 「…りん、愛してる。」 「…あ、…私も、我区先輩、大好きです。」 手を振る我区先輩に、私も手を振り返す。 また明日、の挨拶が、ずっと続くと信じていたから。 「我区せんぱい…」 今、私の傍に先輩は居ない。 続くと思っていたまた明日、の挨拶は、途絶えた。 我区先輩は、遠いところへと逝ってしまったから。 あの毎日に戻りたい、いとしい、そう思っても、時は戻る事もなく進み続けるし。 我区先輩の声が聞きたいと思っても、先輩とはもう話せない。 優しく触れてくれたあの手も、今はもう空へ還った後だ。 あの、優しい日々は、もう還らない。 私の知っている恋は、形を変える。 当たり前のように傍に居てくれた、我区先輩を失って。 皆とは、多少違うのだけど、片恋を知る。 友達は言う。 片恋は、甘くて、切なくて、良いものだと。 私の片恋は、切なくて、悲しくて。 幸せな時間が先にあったが故に、とても甘く、それでいてとても冷たい。 だから私は、片恋が良いものだとは思えないけれど。 1人、我区先輩に会いに行くたび、思う。 我区先輩のお墓に話しかけると、優しく吹く風。 それはまるで、我区先輩がそこに居るようで。 私の心は、一瞬暖かくなる。 片恋というものに、私は一生慣れることはないかもしれない。 だけど、我区先輩と築けたような関係を、この先持てるとは思えない。 それなら、この片恋を、ずっと続けようか。 いとしい、我区先輩を、想う。 それは、とても。 「皆、聞いて驚け!」 「今日から新しい入居者が入る!粗相のないように!特に…ガク!」 「うるせぇこのクソ案内屋ァ…」 「こんにちは、今日からお世話になる、です。」 そして 私の片恋は また恋を経て 愛へと変わる。 ***あとがきという名の1人反省会*** 水上はどうしてもハッピーエンドが好きなようです。 切ない物語を書こうとしたはずが… 自分が耐え切れなかったんですよねぇ。 片想いは切なくて、甘いものだと思ってますが、 片想いをすっ飛ばして両想いから始まる恋が在るなら、 相手を失ったら、想像する以上に切ないんでしょうね。 …と想って書きました。そんだけです。 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2007.12.22 水上 空 |