俺がリビングに煙草を置き忘れた、と気づいたのは、
丁度就寝前の一服をしようとした時だった。

いつものように胸ポケットを探り、ペタンとした感触に顔を顰める。

どこに忘れてきたのか、酒の回った頭でぼんやり考えて、
確か食後に愛銃の手入れをしていた時に、テーブルに
置いたな、と気付き、暗がりの部屋から抜け出した。


廊下の角を曲がり、リビングへと向かう。
暗闇に慣れた目は、幾ら少ない光源でも望んだ情報を探し出せるのだが、
リビングからはこうこうと明かりが漏れていて、反射的に目を細める。

夜中だというのに、誰か起きているのだろうか。

念のために、と愛銃に手をやりながら、俺はリビングへと入った。







〜肺(ナカ)まで汚染する〜







「おい、お前さん、まだ起きてたのか。」

「ぎゃぁ!」


俺が声をかけると、ソファに座り、小さくなっていたは、
何とも色気のない、加えて心の底から驚いたと分かる声を上げた。
それから、ギギギッと、俺の居る、つまり後に振り向き、
振り向いた時には蒼白だった顔を、
俺と目が合った瞬間から、今度は土気色に染めながら、口を開く。


「あ、じ、じじじ次元さん!どうしたの、こんな、夜中に!」

「煙草、置き忘れたんだよ。確か此処だったと思ってな。」

「あー、タバコね!えーと、えーと、ココにはなかった、よ!」


冷や汗をかいているこいつを見て、隠すことなく俺は大きな溜息をつく。
途端にビク、とこいつの肩が大きく跳ねた。

そんなにビビる位なら、分かりやす過ぎる嘘なんてつかなくても良いじゃねぇか。
ドモりまくり、冷や汗流しまくりでそんな台詞言われちゃァ、
信用しようにも信用なんてできねぇ。

俺の煙草がリビングに、寧ろの手にあることは明白だ。


「寝言は寝て言え。が持ってんじゃねーか。」


後ろ手にいかにも何か隠し持ってます!と言わんばかりの
体勢のままにこいつを押さえつけると、案の定そこには俺の煙草があった。
しかも、箱からは一本、煙草が転がり落ちている。





「あ!あ…はは!ホントだ!イッツミラクル!」

「…こいつは、お前さんみてぇなガキにはまだ早えぇよ。」


慌てふためくの横に腰を下ろす。
煙草を回収した途端、から、小さく、あ!という声が漏れた。


はきっと、煙草に興味があったんだろう。
この煙草を吸ってみて、どんなものか知りたかったんだろう。
ガキの頃に、親の目盗んで、悪いことをしてみたくなるように。


ただただ、興味本位で煙草を吸いたくなったんだ。
味を知って、受け入れるか、金輪際ごめんだと拒むのか。
自分で判断したくなったのだろう。





ぽんぽん、との頭に手を乗せれば、
さっきまでの土気色した顔は、いつの間にか真っ赤に染まって、
口をへの字に曲げて、何とも不服そうな顔をしたと目が合う。

だって、だってさァ、とポツポツ小声で続けるを見ながら、
俺はいつもどおりに煙草に火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
勿論、に煙を当てるようなことはしない。

だって、何なんだよ、と言葉の先を促してみれば、
は俺の手の中から煙草の箱を奪って、


「あたし、ガキじゃないよ。」


さっき、俺がリビングに入ってきたときよりも、
さらに、背中を丸めて、小さくなろうとする。


力を入れたの手の中で、煙草の箱が少し潰れた。





「…もうお酒だって飲めるし、煙草だって吸っていい年齢になったんだよ。」


ガキと言われて反発してくる所がまたガキの証拠なんだがな、
そう言いかけて、咄嗟に飲み込んだ。
単純に、言えなかっただけ、かも知れないが。


「だから吸おうとしたのか、こいつを」


機嫌を損ねられては話にならない、そう思ったのも、確かに事実だ。

だが。

俺の声に釣られて顔を上げたの表情に、

事もあろうにこの俺が、見惚れて、言葉を無くす事になろうとは。

(涙までうっすら浮かべてンのに、そんな意思の強い目、すんなよ)







「ん、………人のモン勝手に吸うなんて、タチ悪ぃぜ?」


あまりにもわざとらしい咳払いの後。
そう諭しながら、の手に握られたまんまだった箱に手を伸ばせば、
今まで強く握り締められていたはずの箱は、以外にもあっさりと
俺の手元に返ってきた。

煙草の箱を、…今度は確実に自分の胸ポケットに押し込んでから、
の顔をもう一度良く見れば、今にも泣きそうな顔をしている
一言、ポツリ、と呟く。


「ご、ごめんなさい…」


身を丸めてさらに小さくなろうとするは、もうしません、と付け加えて、
時折、チラチラと俺の言葉を待つように視線を送ってくる。

だから俺は煙草を少しだけ乱暴にもみ消して、こう繋げるのだ。



逃がしはしない。煽ったお前が悪い。

腰をしっかり捕まえて、ソファの上に、押し倒す。







にゃぁこの味、こうやっていつでも分けてやってるだろ?」







しばらく間があいて、お前がか細い声を出す。



にがい、けど、もっと知りたい。



潤んだ瞳に、かすれた声。俺が望んだとおりの言葉に満足して、
俺は何度も、の望むとおりに間接的な苦味を送る。



勿論、リビングの電気は消してから。







そんでいいんだ。そんで。

俺が嫌って言うほど教えてやる。

お前の肺(ナカ)まで汚染するほどに

深い深い口付けを送ってやるよ。



だから、お前にとっての煙草は、一生、この俺でいいだろ?







***あとがきという名の1人反省会***
次元さんがヒロインと15歳くらいの歳の差
だと良いなぁと思って書いてました(何ソレ
次元さん=煙草なら、水上は身体に悪かろうが
なんだろうが、どっぷり浸かりたいです。
(あいた…ッ!石…石はやめてくださ…!)

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2008.09.27 水上 空