先輩!」

「あぁ、おはよう。」


早起きして、生徒の少ない時間に登校した。
…というのに、そんなあたしの計画なんてお見通しなんだろうか。
朝っぱらから校門の影で(きっと)待ち伏せしてた猿野君に捕まってしまった。


「今日が何の日か知ってます?」

「んん?何のこと?」

「なっ…そんなことじゃ乙女失格ですよ!先輩!!」

「…趣味に女装が入ってる猿野君には言われたくなぁい。」

「だから!今日はこの天才猿野に贈るものとかあるでしょうがッ!!」


耳元で騒ぐ猿野君を引き離して、溜息を吐く。
勿論、猿野君が何を言ってるのかは理解しているつもり。
だって今日は2月14日な訳で。
全校生徒が色めき立ったり、一部生徒が殺気立ったりする日な訳で。



勿論、あたしもその中の1人であるからこそ。

今日こうしてここに居る訳だ。



「………あぁ。」

「ささっ!いつでも準備は出来てますから!!ドドンと!」

「そう?じゃぁ遠慮なく。」

「はい!!」


手を広げて、心なしか頬を赤らめている猿野君に。





「はいコレ。」





ひらり、1枚の紙切れを、鞄の中から取り出して渡す。





「野球部のバット、私物化して血みどろにした時の請求書。」



「えぇぇ―――!?いや、チョコは!?」



「悪いけど。本命しかあげる気無いからね。」





ショックと脱力によって固まったらしい猿野君を置いて。
あたしは、自分の教室へと走っていく。

まだ、朝は早い。
教室には、きっと。1人だけが居るはずだ。

緊張する心に鞭を打って、あたしは階段を上る。
止まりそうになりながら。それでも、何とか。







〜優しい声に、勇気を貰って〜







「猪里、おはよう。」

「あぁ、。おはようっちゃ。」


教室に入ると、既にそこには猪里の姿があった。
爽やかな笑顔で、こちらに手を振り返してくる。
片手には弁当箱が握られて、頬にはお決まりのご飯粒。
既に早弁とは、流石と言うべきだ。
自分の席に着く前に猪里の席に足を伸ばすと、猪里は隣の椅子を引いてくれた。


「もう食べてんの?」

「今日は寝坊して…朝飯が食べれんかったんよ。」

「珍しいね、猪里にしては。」

「ん〜…たまにはこげんこつもあるばい。」


たはは、と照れながら猪里は笑う。
お弁当は早々に無くなったらしく、テキパキと片付けられた。







「それにしても今日は来るの早かね?」

「…用事があったからね。」

「………日直でもなかやろ?部活も朝練無い日やし。」


ぼうっとその様子を見ていると、声を掛けられた。
いつもは俺以外居らんとよ、と首を傾げて猪里は聞く。
用事自体をぼかして伝えたら、黒板を覗き込んだりしてまた首を捻る。


「あぁ、うん。そういうんじゃないのよ。」

「ふぅん…まぁ、良かけど。」


苦笑して、猪里は弁当箱をロッカーへ持っていった。
目で追うと、分かっていたとでも言うように猪里から声が掛かる。





「もう、用事は済んだん?」

「………ううん、まだだよ。」

「なら俺んとこに居ったら駄目ばい。」


ロッカーを閉めて、鍵をして。
猪里が戻ってくるまで、あたしは身動きが取れなかった。

…猪里は、きっと気付いていない。
あたしが、何のためにここに居るのか。





「用事は何か知らんけど、早くに済ませたほうがすっきりするっちゃ。」

「…そう、だね。」

「待ち合わせとかならなおさら早く行かんと。」

「…うん。」

「相手を待たしたらいかんよ、。」





分かっていたら。





「………応援、してくれる?」

「ん。何かよう分からんけど良かよ。」





きっと、こんなに綺麗な笑顔に乗せて。





「大事な友達やけんね。応援してるっちゃ。」










こんなに、残酷なことを言う訳が無い。










「はよ行き、。」


椅子に腰掛けていたあたしの腕を優しく掴んで、猪里はあたしを立たせた。
そのまま笑顔を保ったまま、あたしの背中を押す。



1歩、2歩。

ドアまでゆっくりと送り出される。



違う。





伝えなきゃ、誤解を解かなきゃ。





ドアまで後数歩。

やっとであたしは振り返る。

振り返った先には、いつもの猪里が、驚いた顔で立っていた。





「あ、あのね、…あたし………あたしね………」

。」





あたしの眉間に寄った皺を、猪里は突いて笑う。
ふんわりと、暖かい笑み。





「泣きそうな顔したら駄目ばい。深呼吸してみ?」










あたしは、この笑顔が好きで。

大好きで。










「………猪里。」

「うん。」

「あたしね、猪里に用事があって。」

「うん。」





でも、今まで伝えることなんて出来なかった。
友達としての関係に、ひびを入れたら、と思うと。

怖くて。

でも、もう抑えているのも限界。

鞄の中から、1つ。
小さくラッピングされた箱を取り出す。
手が小さく震えているけれど。



此処まで来たら、もうどうしようもない。
それ位、知ってる。





「それで、これね?…受け取って欲しくて。」

「…貰って良かの?」


顔を上げると、猪里は笑顔じゃなくて。
やっぱり迷惑だったんじゃないかと伸ばした腕を引っ込める。
胸の近くで、小さな箱が揺れる。
震えが酷くなった訳じゃない。



猪里の手が、私のそれにそっと重ねられたからだ。



「あ、うん。味の保証はないし、見てくれも悪いし………。」

「………そんなことなか。」

「でも、ね。………あたし、は………。」

「…………大丈夫やけん。」





猪里の優しい声に、勇気を貰って。

顔を上げる。

頬を、抑え切れなかった熱い雫が伝った。











「猪里が好き。」

「うん。」










大きな猪里の手が、私の頬から雫を取り払う。










は、笑っとった方が可愛かよ。」










頭をグリグリと撫でられて。
いつの間にか手から箱を奪われて。



「ん、んまか。」



嬉しそうにチョコをほおばる猪里が。

目の前に居ることも。

何だか、信じられないのに。



「猪里?」

「何ね、。」

「あ、の。…良い様に解釈しちゃうよ…?」



猪里は。










「俺も、を好いとうけん。」



私の大好きな笑顔を向けて。



「やけ、笑っとって欲しか。」










私の頭をもう1撫で。

頭を通過した猪里の手が、首の後ろに回った時。

少しだけ強い力と、チョコの香りが、私を包んだ。










…優しい声に、勇気を貰って。
背中を押されて、告白成功。
………結局、あたしは猪里に励まされてばっかりだ。



きっと、この先も。
このまま、ずっと変わらない。







***あとがきという名の1人反省会***
バレンタインが近いですね!!
この世の乙女が色めき立つ中、私からの
バレンタイン夢をお届けですvきゃー!(ウザいよお前
いのりんがちょっと優しすぎな確信犯(笑)ですが。
皆さん、バレンタイン頑張ってくださいねv

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.02.12 水上 空