「なぁ、今日は何の日か知っとー?」


HRが始まる前に教室に駆け込んだ私に、猛臣は問う。
期待に富んだような、どこかそわそわしているような。
そんな、楽しげな、でも緊張した表情。

今日が何の日か、なんて。
そんなこと知ってるよ。
こんな、特別な日を私が忘れる訳ないでしょう?







〜大切な記念日は1つだけ〜







知ってるよ、そんなの。
そう私がにっこり笑って告げると、猛臣は途端にぱぁっと表情を輝かせた。
でも、この表情もそんなに長くは続かないのだが。
今この状態で、私は猛臣の望んだ答えを言う事が出来ない。


「東京大学の創立記念日。」

「そ…そうなん?」

「そうよ?何、知ってたから聞いてきたんじゃないの?」

「や、もっと別の日って答えて欲しかったけん…」

「あぁ、世界宇宙飛行の日?」

「あ、うん…世界史で習ったような…」

「ガガーリンだね、うん。」

「そやね…」


私の回答に酷く落ち込んだらしい猛臣は、大きな溜息をついていて。
次第に落ちていく肩が少し淋しそうだった。

話の間、持ったままにしていた荷物を置くと、
それと同時に先生が教室に入ってきた。





「ごめんね。」





俯きがちで遠くなっていく背中に、小さく謝罪した。
胸が五月蝿いぐらいに鳴って、ちくりと痛む。



本当は、知ってるの。

今日は、4月12日は。

貴方の誕生日、でしょう?










「猛臣、ご飯一緒しよ?」


断られたらどうしよう。
朝の事があるから、物凄く心配して、ドキドキして、
恐る恐る後方から声をかけた。
もしかしたら、声が震えていたかもしれない。

猛臣が振り返ってくれるまでが長くて。
答えてくれるまでがまた、長くて。



ひょっとしたら、直ぐに目をそらされてしまうんじゃないかと思いながら。



目を合わせることが出来ないくらい居心地が悪い中、
下を向いてたからそろそろと、目線をあわせる。





「よかよ、じゃぁ屋上でもいこか。」





長い沈黙を破ったのは、優しい言葉。
脱力と、安心感で身体が崩れそうになった。



猛臣が怒ってなくてよかった。
それだけじゃなくて、いつもみたいに笑ってくれてよかった。



屋上までの道で、話すことはしなかったけれど。
少し前を歩く猛臣の背中が優しくて、
屋上の戸を開けたまま待っていてくれる気遣いに安らいで。

今なら、私も優しくなれるんじゃないかって。
照れ屋な部分も、帳消しになるくらい、優しくなれるんじゃないかって。

猛臣の隣に腰を下ろしながらそう思った。





…今日はどうしたん?」

「な、にが?」

「や、いつも、はちーっこい弁当しか喰わんやろ?」



それ、何なん?食いもん?



猛臣が指差す、私の隣の大きな袋。
確かに、私はいつも(猛臣からしたら)小さなお弁当しか食べない。
その私がお弁当箱以外に持っている、この大きな袋。
いつもとは違う、そう感じても不思議じゃないのだ。

首を傾げて、キョトンとした顔してる、猛臣。

たぶん、真っ赤な顔してる、私。

心臓の音が嫌でも聞こえてきて、ソレがまた私の緊張を高めていく。



「あのね?朝の質問の答え、分かったよ。」

「ん?…ほんまに?」

「今日はね、あのね。」

「うん。」

「……………パンの記念日。」

「…は?」


言うが早いか、隣の袋を猛臣に押し付けた。
そこには、今朝商店街で買い集めた、菓子パンがどっさり入ってる。
袋いっぱいに詰め込んだそれは、確かに猛臣のために買ってきた物で、
ただの菓子パンではなくて、ちゃんと意味を持っている。


「桃、の菓子パン?を、貰っていいん?」

「だって、今日は桃の日だもん。」

「今度は桃の日ね?」

「花言葉は、こいの、とりこ。」


言いながらも、菓子パンをぱくつく猛臣の、
未だにきょとん、としていた顔が一瞬で笑顔に変わる。





「お誕生日、おめでとう。」





瞬間、視界から景色が消えた。

唇から、伝わってきた甘い味は、きっと恋の味。

甘い恋と、優しい熱に誘われるまま、私はもう。


恋の、虜。

猛臣の、虜。







***あとがきという名の1人反省会***
はい、という事で拍手再録のいのりん夢でございました。
いのりんのことが大好きで大好きで書きましたが、
好きな人の誕生日というものは本当に特別な日だと思ってます。
でも、世界からしたらホントに一日一日色んなものの特別な記念日でして。
その中でも、好きな人の誕生日が1番特別です!と思っただけです。
いやうん、ホントそれだけで書きました。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

加筆修正 2008.08.09 水上 空