明け方の雨、ココロを冷やして。 連れてきた雫、涙に変わって。 頬を伝う。 頬より零れた雫、雨に変わって。 街に降り注ぐ。 これで、貴方にも。 私の淋しさが伝わるだろうか? 暖かなベッドの中。 貴方の温もりは無いのに。 暗闇に突き落として、1人放り出したのに。 優しい貴方は、見兼ねて光の糸を垂らしたの? 瞬間繋がった携帯、貴方の分身のように。 簡単に、私の心を溶かしていく。 〜凍ったココロ -side A・U- 〜 約束の時間に少し遅れた。 電話で話した時と同じく、猪里は何も言わなかった。 遅れたことを責めたりしなかった。 ただ、少し眉根を寄せて。 猪里より少し低い位置にある私の頭をくしゃりと撫でた。 猪里のちょっと後ろ。 ゆっくりと歩く。 並んで歩く気にはならなかった。 たまに猪里は振り返って。 歩幅をあわせて、また前を見やる。 独り言のように、取り留めのないことを話しながら。 猪里は、気づいていないだろうな。 いつでも、自然体だから。 羨ましいな、憧れる。 でもこういうときはちょっと、痛いよ…? 歩道を飾る街路樹の脇を抜けて。 初夏の道をゆっくりと歩く。 遠くで聞こえる、蝉の声を聴きながら。 猪里との距離を変えずに付いていく。 猪里の声、凄く遠くから響く。 蝉の声よりも、遠くから。 「あ〜!!久々に見る映画は楽しいね〜♪」 ぐんっと大きく伸びをして、映画館から外に出る。 映画を見終わるころには、少し気が晴れていた。 恋愛映画とか見させられたら、朝よりもっと、落ち込んでいたのだろうけど。 猪里が買ったチケットはコメディー映画のものだった。 面白くて面白くて。 2人とも、声を抑えることなく、笑った。 暗い場所に居たからか、光が刺さるように瞳に届いた。 真っ白に光る景色に反射的に目を瞑る。 「コメディーにして良かったみたいっちゃね。」 猪里の声にゆっくりと目を開ければ。 白い景色を背景に取り込んで。 逆光の中、猪里は嬉しそうに笑ってた。 「うん、楽しかった!!ありがと、猪里。しかも奢りだし。」 猪里の笑顔を正面から受けて、つられて笑う。 心の底からの、ありがとうを伝える。 「誕生日やけんね。それに女の子に出させとうなかけん。」 何故か猪里は、ふいっと目を逸らした。 空を仰いで、汗を拭うふり。 ぶっきらぼうな返事。 照れ隠しでしている事が分かって、私もいつもの口調を取り戻す。 「猪里ってジェントルマーン☆」 「…当たり前たい。俺をからかうんじゃなか。」 「からかってなんてないですよーぅ☆」 ちょっと拗ねたような口調の猪里が可笑しくて。 もっとからかいたくて歩幅を広げる。 太陽の香り。 夏の青々とした、植物の匂い。 猪里の隣に寄ると、香りが強まった気がした。 「…、こっちの道行かんね?」 不意に掛けられた声。 今までの優しい声とは違って。 ほんの一瞬、険しい表情に難い声。 「え、なんでさ。次行くとこ、ここの通りじゃん。」 どうして、いきなり猪里が豹変したか。 咄嗟に私は分からなかった。 「良いから、こっちば来んね!!」 視線をこれから通るであろう通りに戻したのと。 猪里が叫んだのは、同時だった。 目に映ったのは通りの向こうの人影。 同じマネージャーの、鳥居凪。 そして。 虎鉄、大河だった。 何を話しているのかは分からない。 ただ、大河は楽しそうに笑って。 凪も、微笑んでいて。 偵察だから、と送り出した私。 早く戻る、と言った大河。 偵察には、確かに凪も行っていたのだろう。 でも、これは何? 一緒に行ったはずの猿野も辰羅川も見当たらない。 …コレハ…? あぁ。もう。 ココロが壊れそう。 大河を信じたいはずなのに、少しでも疑う自分が嫌。 それに、大河が凪と居るように。 自分も、猪里と居るではないか。 大河ばかり責められない。 …でも。 誕生日くらい傍に居て欲しかった。 考えがまとまらない。 ちっとも働かない頭に腹が立つ。 「…あれ、大河…ね。ありがと、猪里。私平気だから、行こう。」 口をついて出た言葉。 無理に作った笑顔、声。 視線は地面に向いたまま、猪里のシャツの袖を引く。 何かが頭に張り付いたように。 頭は重くて、上げる事すらできない。 自分を自分で制御できないなんてかっこ悪いな…。 そのまま、猪里は通りを外れた。 私も袖を掴んだまま、後ろを付いていく。 蝉の声、遥か遠く響く。 耳鳴りのように、キンキンと。 責め立てるように張り付く音。 ………遥か遠く響く。 空はまた、泣き出した。 猪里は抜け殻みたいな私を連れて歩いた。 降り出した雨から、護るようにしてくれたおかげで、私はほとんど濡れなかった。 私の家の前で、一言だけ。 「また、明日。学校でな。」 びしょ濡れの猪里は哀しそうに笑って、走っていった。 ありがとうの言葉も言えないまま、通りの端に吸い込まれていった。 猪里の優しさが、痛かった。 どうして、そんなに優しくできるの? 優しくしないでよ。 涙が止まらないでしょう? 通り雨、ただひたすら私の心を映して。 走り抜ける彼に、雨を降らす。 偶然に降り出した雨。 私の涙のようで。 彼の涙のようで。 それならば、と懸命に願った。 涙も一緒に、降らせてくださいと。 止まない雨は、無いのだからと。 夕方、雨は止んだ。 本当に、私の心とシンクロしているような天気。 大河は約束を守ってくれた。 大河は、迎えに来た、と玄関口で笑って。 私も、何事も無かったように振舞った。 張り付いた、嘘の笑顔。 どうか、気づかないで。 次の日。 気分がノらないな、なんて足取り重く学校に向かう。 その割に早起きして、いつもより早い時間に登校する。 早すぎて、周りには登校する学生なんて1人も居ない。 鳥の声。蝉の声。 自然の音だけがそっと身体を包む。 甲高い音。 いつもの音色が今は、耳に痛い。 1人だと自覚させられるようで。 何かが凍る、そんな音に似ている。 ふと顔を上げると、校門に、見知った影が1つ。 …大河だ。 いつもは遅刻ギリギリのくせに、こんな時間から何をしているんだろう? 考えを巡らせているうちに、大河は気が付いたらしく、大きく手を振って駆けて来た。 「〜!!昨日はあんまり時間取れなくTe、ごめんNa!!」 「良いよ。気にしてない。」 静かに首を振ると、大河は後ろに回りこんで抱きついてきた。 私の肩に顎を乗せて顔を覗き込む。 ニコニコと笑った大河の顔。 背中から伝わる、規則正しい大河のリズム。 探していたものに触れたのに。 胸が詰まるのは、何故だろう…。 「その代わり、プレゼントは凄いんだZe!!」 「何々?」 「俺を丸ごとプレゼントだZe!!Haha〜N♪」 「朝から大胆発言どーもー。」 軽く受け流すと大河は一瞬、凄く悲しそうな顔をした。 昨日の私の表情みたい。 胸が痛い。 大河の哀しげな表情は一瞬で。 次の瞬間にはもう笑っていたから、余計にかもしれない。 「…信じろYo。こんなこと俺が言うNo、だけなんだZe?」 「はいはい、じゃぁ今日は奴隷決定って事ね。あ、パシリも良いかも。」 胸が痛いだなんて、気づかなければ良かった。 私にはもう、無理にボケて、笑うことしかできない。 目を逸らすと、後ろから怒鳴り声。 「違うだRo〜!!何でそうなるんだYo!!」 抱きしめていた手が、離れる。 吃驚して、跳ねた腕を捕らえられる。 振り向くと、強引なキス。 振りほどけないほど、強引で優しいキス。 「…信じたKa?」 「…うん。」 逸らされたぐらいじゃ隠せない、真っ赤に染まる顔。 信じても、良いのだろうか。 私は、大河を。 信じられるのだろうか…? 「よし。じゃぁ今日は俺を丸ごとプレゼントだかRa〜、…ずっと屋上でサボってようZe!!」 「は!?意味分かんねぇよ!授業くらい受けさせてよね、馬鹿大河っ!!」 「駄目Da!!1日くらいどーってことねぇYo!!そうだRo?」 「大学の推薦取れなくなったらどうしてくれんの…。」 「うっ…。でも、傍に居たいんだYo…。」 「…分かった。」 「ホントKa!?…んじゃ屋上まで走るKa!」 傍に居たい、淋しそうに紡がれた一言。 それは、私も想った事だから。 苦悩の末、渋々サボりを受け入れる。 目を輝かせて、大河は喜んだ。 日差しに照らされる大河の笑顔。 キラキラ輝いて、眩しすぎて。 直視できない。 「…うんっ!」 目を細めて誤魔化しながら。 差し出された手を。 躊躇いながら、しっかりと握った。 誕生日過ぎ、2人、走り出した夏の日。 屋上の給水タンクの上。 初夏の日差しに照らされながら。 2人で寝転がって、空を見上げた。 じわりと汗が滲んでも、繋いだ手は離さずに。 他愛も無い会話に満足して、一緒に眠った。 哀しいくらい、青い空。 二人を包んで暮れてゆく。 誕生日過ぎ、2人、先取りした夏の日。 探していたものに触れたのに。 胸が詰まるのは、何故だろう…? 「〜!!何してんDa?探したんだZe。」 さんさんと、暖かな光が降り注ぐ。 屋上の給水タンクの上。 思い出の場所、寝転がって空を見ている。 ひょいと覗き込むのはあの日と同じ顔。 「大河。…ちょっと思い出に浸ってただけ。」 座りなおすと、大河も横に腰を下ろす。 肩に、大河の頭が置かれる。 縮まる距離、見るのは何度目だろう? 「そうKa。何だか実感わかねぇもんNa。俺らも今日で卒業なんてYo。」 「牛尾さんたちのときもそうだったしね…。」 そう、今日は。 今日は、卒業式。 最後の日に思い出の場所で大河と。 私は、この瞬間を待ってた。 たぶん、きっと…あの日からずっと。 「まーNa。…〜…。」 「何?」 「は九州の大学行っちまうけどYo…。ずっと一緒に居てくれよNa?」 「…そうだね。」 ふっと息を吐き出して、緩く笑った。 今できる笑顔は。 大河から返された眩しい笑顔には敵わない。 限界だ。 今しかない。 これ以上は笑顔で居られる自身が無いから。 「大河。携帯、貸してよ。」 「N?良いZe。」 「ありがと。」 受け取った、大河の携帯。 大河は何も疑わずに差し出した。 ポチポチと、ボタンを押す音。 心地良い風の中。 大河と2人。 この時間をすべて、漏らさずに聴いた。 「ありがと、助かった。」 「何したんDa?」 携帯を肩越しに覗こうとする。 無邪気な大河の振る舞いが、余計に胸を締め付ける。 体が熱い。 じわり、嫌な汗が背中を伝う。 「…あと少ししてから開けてよ、まだ見ちゃ駄目。」 見えないように目隠しをして告げる。 今見られたら、わざわざ私がここに居た意味は無くなってしまうから。 「?分かっTa。」 「よろしい。私、ちょっと職員室顔出してくるね。」 大河が頷くのを確かめてから、手を退ける。 大河は、不思議そうな顔をしていた。 携帯を渡して、給水タンクの上から下りる。 息を吸い込んで、一言。 あと一言言わなければいけないことがある。 覚悟を決めて、振り返った。 「ばいばい、虎鉄君!!」 うまく笑って、言うことが出来ただろうか。 大河は目を見開いていたから、無理だったのかもしれない。 頬が、濡れてる。 「何で…泣いてたんだYo…しかも…」 は今。虎鉄、と言った。 急いで携帯を開く。 最初に見えたのは、メールの作成画面だった。 ―去年の誕生日、信じたかった。信じきれなかったよ。 嫌って良いよ。本当は、淋しかったよ。私も大河を沢山、淋しがらせてごめんね。 さっきの約束、守れないよ。今まで、ありがとう。 本当に、大好きでした。 バイバイ ― アドレス帳を開いて名前を探す。 いつもの場所に、の名前は無かった。 受信メールを開く。 送信者の記録をたどる。 そこにも、の名前は無かった。 すべて、消えていた。 「嘘だろ…こん…な…っ!!」 「お前が悪いっちゃ。」 いつの間にか、そこには猪里が立っていた。 すべてを知っている口調で話しかけられる。 猪里の目はいつもと違って。 とても鋭く見える。 「…猪…お前いつから聞…。」 「悪かね、最初からたい。」 「これ…どういうことだよ!!」 語尾変換も忘れて尋ねる。 それだけ焦っているのだ。 猪里はただ1つため息を漏らして、真っ直ぐに。 虎鉄の目を見て言い切った。 「の誕生日、鳥居さんと居ったことが悪いっちゃ。」 「それは偵察でっ!!」 虎鉄の声が大きくなる。 焦りや怒り、戸惑い。 すべてが猪里にぶつけられる。 猪里は虎鉄に近づくと、虎鉄の肩を、緩く掴んだ。 「…終わってからも、一緒やったな。街で見かけたから言い逃れはするなよ。」 目を見開いて、絶句したのか。 今度は、虎鉄は何も返さなかった。 そのまま、猪里は言葉を続ける。 「お前に、は一生返さない。俺が傍で護る。」 一言だけ呟いて。 猪里は静かに屋上を後にした。 1人、屋上に残された虎鉄。 頬を伝った雫を隠す事もせずに。 声の限り叫んだ。 「…っ―――――っ!!!!」 大河の声が耳に響いた気がした。 たぶん、間違いじゃない。 哀しくて、叫んでくれたんだと思う。 天気は、去年の誕生日みたいに。 私の気持ちとシンクロしてる…? 通り雨、ただひたすら私の心を映して。 呆然と立ち竦む彼に、雨を降らす。 哀しい優しさを持つ彼に、雨を降らす。 ココロごと凍らす雨の雫。 雫は私の涙のようで。 雫は彼の涙のようで。 それならば、と懸命に願った。 涙も一緒に、降らせてくださいと。 止まない雨は、無いのだからと。 そして、氷ごと、ココロごと。 溶かしてくださいと。 いつかまた、笑って君に会えるように。 心から、祈るから。 凍ったココロ、溶けたのなら。 そのときはまた、親友として…。 ***あとがきという名の1人反省会*** 主人公サイド、終了です。 ぶっちゃけ、まだこの話は続く予定ですけどね。(ネタバレ寸前 虎鉄の悲恋ってあんまり見たことが無いので挑戦してみました。 でも、主人公が振ってる時点でこれは果たして夢と言えるのでしょうか…(汗 しかも季節飛びまくってて読みにくいです。ごめんなさい。 蝉の声って、五月蝿い筈なのに何処か儚げで切なく感じます。 夏は嫌いですが、蝉の声は大好きです。 実物はお父様との間に苦い思い出があるので近寄りたくないですが。 なので、あくまで声だけ。 この作品、結構謎が残ったままなので(私的に)、ちゃっちゃと続きをアップしたいです。 …考えてある部分の方が圧倒的に少ないですけど(爆 それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!! 2005.1.15 水上 空 |