明け方の雨が、街を潤していく。


街灯の光に揺れる、雫の織り成す景色。
それは一見、綺麗に見える。
青い葉に光る、雫の一欠けら。
それに人は、騙されていく。


雫に満ちた、不浄の酸を。
己に浮かぶ、不浄の心を。


綺麗と言う言葉で飾っていくことで。
自分自身に、騙されている。







〜凍ったココロ -side B・U- 〜







約束の時間まで、あと少し。

を待たせるのには気が引けて、かなり早くから時間を潰していた。
それでも、ココロにはぼんやりと靄が残っている。
会いたい気持ち。会いづらい気持ち。
相反するココロが、分裂しそうに悲鳴を上げているのが分かった。





は少し遅れてきた。
気付いていないのだろうが、目がほんの少し腫れている。
徹夜したのだろう、容易に想像がついて、言葉が出てこなかった。
代わりに頭を撫でたら、やっぱりは、首を傾げていた。

並んで歩く気には、どうしてもなれなくて。
の一歩手前を歩いていく。

それでも、そこにが居ることを感じていたくて。
振り返り、振り返り、歩調を合わせる。
気の利いた言葉はやっぱり何も、浮かばなかったから。
取り留めのないことを、笑顔で告げるに留めておいた。
律儀に返事を返すの声が、甘く、切なく、耳に残った。





歩道を飾る街路樹の脇を抜けて。
初夏の道をゆっくりと歩く。
近く聞こえる蝉の声と、遠く響くの声と。
アンバランスなココロを隠して歩いていく。



見上げた空の、入道雲。
不自然に翳った、俺のココロ。
純粋と言う言葉に隠した陰の部分。
…隠し事は、いつかきっと、ばれてしまうね。










「あ〜!!久々に見る映画は楽しいね〜♪」


今話題のコメディー映画を2人で見た。
前々から、が見たがっていたものだった。
久しぶりに見た、そう錯覚を覚えさせる晴れやかな笑顔が、とても眩しかった。
映画なんて、半分以上そっちのけで、ばかり見ていた。
楽しそうに笑ってくれるのが、本当に嬉しかった。


あまりに無防備な笑み。

ぐんっと伸びをした華奢なつくりの身体。

惚れた弱みなのだろうか、目が逸らせずに困った。

悟られないように、細心の注意を払った笑みを浮かべる。


「コメディーにして良かったみたいっちゃね。」

「うん、楽しかった!!ありがと、猪里。しかも奢りだし。」



ほらまた。
嬉しそうな笑顔。
出来るだけ、自然に。
早くはやく、行動に移さなきゃ。
が瞳を細めている間に。
俺がを独り占めしたくなる前に、目を逸らさないと…。



「誕生日やけんね。それに女の子に出させとうなかけん。」



空を仰いで、汗を拭うふり。

ぶっきらぼうな返事。

コレが俺に出来る精一杯だった。


「猪里ってジェントルマーン☆」

「…当たり前たい。俺をからかうんじゃなか。」

「からかってなんてないですよーぅ☆」



俺の心境を全く無視して、は顔を覗き込む。
あぁ、必死の行動が水の泡だ。
の歩幅が広くなる。
俺との距離は近づいていく。
心も近づいて欲しいのに、それは叶わなくて…。



どれだけ近くに居たとしても、その瞳に俺は映らない。

どれだけ近くに居たとしても、俺の気持ちは通じない。

触れようとしても、実態がないようで…。

真夏の夕立のように、君は気まぐれで…。

手に入れたくて渇望しても、それは…やっぱり………。










大通りを予定通り通ろうとして…人ごみに虎鉄の顔を見つけた。
隣には、マネージャーの鳥居さん。
にするように、エスコートしながら歩いていた。
偵察のメンバーは、どうやら他には残っていないようだ。


「…、こっちの道行かんね?」


出来るだけ平静を装って、声をかけた。
を、これ以上悲しませたくなかったから。


「え、なんでさ。次行くとこ、ここの通りじゃん。」





今日くらいは、誕生日くらいは。
昨日から泣いていた、だからこそ。
俺が、を好きだからこそ。
これ以上、虎鉄の事で泣かなくてすむように。





「良いから、こっちば来んね!!」


が、俺が身体で隠した通りに虎鉄を見つける。
俺が叫んだのは、多分同時だった。















「…あれ、大河…ね。ありがと、猪里。私平気だから、行こう。」















じっと一点を見つめたまま、は動かない。
この時ほど、男にしては身体が小さいことを悔やんだことはなかった。
中途半端に隠そうとしたことで、余計にを傷つけてしまった。


胸が苦しかった。
無理に作らせたの笑顔、声。
俺のシャツの袖を引く指先が、弱々しく振れていた。





通りから逃げ出すように、その場を離れた。
袖を掴んだままは付いてくる。



何も言えなかった。
何もしてやれなかった。
自分が子供だと、思い知ってしまった。


……………最低だ、こんな俺は……………。




空から、不浄の酸が容赦なく撒かれはじめた。

不浄の酸から、を守るように歩いた。

俺は既に汚れてしまったから。

だけは汚れないように、護りたかった。







「また、明日。学校でな。」


の家の前。
ちゃんと笑うことが出来たと思う。
涙は、雨と同化しただろう。
きっと分からない。泣いてなんかいない。
俺の涙は、この雨と同じぐらい汚れているのだから。

振り返ることもなく、家まで全力疾走。
雨脚は強まって、全身を叩いていく。
…罰なのだろうと思いたかった。





「…バリ格好悪か…。」





ろくに君を、護ってやれないなんて。















次の日。
虎鉄とは、学校に来なかった。
顔を合わせづらかったから、丁度良かったのかもしれない。


「ちょっと、猪里君。と虎鉄君と、貴方で何かありましたわね!?(断言)」


教室に入ってすぐ、梅星さんに捕まった。
どこで情報を得たのか、核心をついた言葉に、閉口する。
何も言わずに緩く笑うと、梅星さんはあっさり引き下がった。
…ごめんなさい、と告げて席に戻っていく。





窓から見上げた空が、青かった。
青かった、青かった、人はそう言うだろう。
でもそれはそう見えるだけで。
もっと他の色かもしれないのに。
綺麗な色に見せているだけかもしれないのに。




















〜!!何してんDa?探したんだZe。」

「大河。…ちょっと思い出に浸ってただけ。」

「そうKa。何だか実感わかねぇもんNa。俺らも今日で卒業なんてYo。」

「牛尾さんたちのときもそうだったしね…。」


屋上の片隅で、2人の声を聞いて、目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
それよりも、2人は俺には気付いていないようだ。
屋上の端のベンチで寝転がっている俺には。
…死角に身体を預けている俺には。
コロン、卒業証書の筒が転がる。


「まーNa。…〜…。」

「何?」

は九州の大学行っちまうけどYo…。ずっと一緒に居てくれよNa?」

「…そうだね。」


多少の憂いを含んだ声で、は笑った。
笑ったかどうかは、声だけだから不確かなものだけれど。
あれからは、表情を作るのが巧くなった。
きっと笑っている。虎鉄に合わせて。
淋しさを、ココロにだけ刻んで。



寝返りを打つと、安物のベンチが軋んだ。
見上げた空は、灰色の、不浄の色に覆われていた。
水の香りが鼻腔を擽る。
もうすぐ、雨が降るのかもしれない。



の声が頭に木霊する。
霞んだ思考には、言葉は意味を成さなくなってきた。
心地よい音楽のように、ただ聞こえてくるだけだ。
ただ、愛しい声だけが聞こえてくるだけだ。

自分の事だけを考えた安っぽい愛だけが、俺のココロを侵略していく。

友情よりも、愛を取れと。

不浄のココロを作り上げていく。





「ばいばい、虎鉄君!!」


凛とした声に、我に返った。
声を辿ると、そこには屋上を去っていくと、携帯を握り締めた虎鉄の姿が目に入った。
暫く、全身がカミナリに打たれたかのようにビリビリと痺れる。
そのまま、俺は動けなかった。


「何で…泣いてたんだYo…しかも…」


虎鉄が携帯を開ける。
何かを探しているようで、焦っている様にも見える。


「嘘だろ…こん…な…っ!!」


虎鉄が駆け出そうとした瞬間。
事態が飲み込めた。
遠くでカミナリが鳴る。
俺はカミナリに突き動かされるように、虎鉄に近づいた。





「お前が悪いっちゃ。」

「…猪…お前いつから聞…。」


愕然とした表情を隠しもしないで、虎鉄は尋ねた。
虎鉄の焦りが良く分かって、何故だか笑ってしまった。
きっと、歪んだ笑いだったに違いない。


「悪かね、最初からたい。」

「これ…どういうことだよ!!」


の行動になおも理解が出来ないのか。
分からないなんて冗談じゃない。
ただ1つため息を漏らして、真っ直ぐに。
虎鉄の目を見て言い切った。


の誕生日、鳥居さんと居ったことが悪いっちゃ。」

「それは偵察でっ!!」

「…終わってからも、一緒やったな。街で見かけたから言い逃れはするなよ。」


虎鉄の声が大きくなる。
それでも、それは俺のココロには届かない。
虎鉄に近づくと、肩を緩く掴んだ。


「お前に、は一生返さない。俺が傍で護る。」





九州の大学。
俺はと同じ大学に行く事になっている。
虎鉄よりも、の傍に居ることができる。
ナンパな虎鉄のように、を悲しませたりはしない。
……今度こそ、護ってみせる。





虎鉄の目を睨みつけて、屋上を後にした。

虎鉄の叫び声が、聞こえた気がした。










安っぽい愛を掲げることで、俺は不浄のココロに侵略を許した。

見上げる空はどんより垂れ込めた灰色で。

それが今の俺には良く似合うと思った。

1人も満足に護れないくせに、護ると言葉を吐いて。

自分の欲だけを叶えるために、偽善を通して。

それが、どうして清らかなココロと呼べるのか。

汚れてしまったココロは、もう戻らないかもしれない。



罪を纏う雨が、街を潤していく。
街灯の光に揺れる、雫の織り成す景色。
それは一見、綺麗に見える。
青い葉に光る、雫の一欠けら。
それに人は、騙されていく。

雫に満ちた、不浄の酸を。
己に浮かぶ、不浄の心を。

綺麗と言う言葉で飾っていくことで。
自分自身に、騙されている。





卒業証書を入れた筒が、雨を弾く。

俺の制服は、すんなりと雨粒を受け入れていく。

汚れてしまったココロを。

受け入れていく。







***あとがきという名の1人反省会***
わ〜い、やっと書くことが出来ました。
猪里君&虎鉄君との夢小説(そういうことにしちゃえ)、
凍ったココロの4話目!猪里の心境パート2です。

シリアスというか、もう限りなくダークサイド。
あーシリアスって何だっけー?って感じの作品ですね。(反省しろよ
猪里君がちょっと鬱病患者っぽいです。(ォィォィ
前半はちょっとノロケ?風味で、主人公さん大好きをアピってますね(苦笑
その分が後半に虎鉄君への怒りへ変換されてます。
たぶん、そっくりそのままより、倍返しくらいには。

受け入れられる方は少ないかとも思ったんですけど…。
これ以外に思いつかなかったので、あえてストレートに
感情をぶつける、猪里君です。
受け入れていただければ幸いです。(ペコリ

で、この前ももっとはやく書くだのどうのこうの…言ってましたが。
またまた遅くなってすみません。
何とか書いて行きたいと思います。
気長にお待ちください。(早くせいや

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.8.20 水上 空