時間は、戻らなかった。





信じていた。
信じるだけでは足りなかった。

傍に居て欲しい人が泣いていることも気づかずに。
感情を隠して泣いている事も分からずに。





俺は、いったい何を見ていたのだろう。

いったい、何を知っていたのだろう。










後悔しても、時は戻らないのに。







〜凍ったココロ -side C・T- 〜







明日は、愛しい彼女の誕生日。
日付が変わるまであと少しだ。

今年も彼女はまた、1つ年をとって。
それでもなお、変わることなく俺に笑いかけてくれるだろう。



俺だけが見ることのできる、最上級の笑顔。

早く、早く見たい。





だというのに。
今、俺のココロはどうしようもないくらいに焦っていた。

普段あまり使わない勉強机に向かって。
山と詰まれた雑誌とにらめっこ。
折り目のついたページが増えていく一方、ため息も同じ数だけ部屋を舞う。



カチカチと、刻々と時間は経過して。

パラパラと、ページを繰る速度も上がっていく。





実は、彼女…にあげるプレゼントが決まってないもんだから。
時がたつのが早すぎて、置いていかれそうな俺は。
知らず知らずに焦って、ため息と舌打ちを繰り返す。



どうしても、いいプレゼントを贈りたくて。

喜んだ顔が見たいけれど。

なかなかこれ、というものが見つからない。



普段軟派な俺ですら、こういう時にはめっぽう弱いようだ。
軽い気持ちで女の子に声をかけるのは得意だし。
プレゼントだって贈ったこともある。







それでも、今回限りは妥協できないことを知っていた。










「…約束も…キャンセルしちまったしNa…。」


ふと手元にあった携帯を手にとる。
の誕生日まで、後1時間弱。
メールだけはジャストに着くように、とあらかじめ内容だけは作っておいた。





調子のいいことが書けずに、かなり短くなってしまったけれど。

きっと笑ってくれる。そう信じている。

ぼんやりの笑った顔が頭を掠めて、口元がだらしなく緩んだ。







「喜びそうなもの…贈ってやりたいNa…。」







なんて。きっと何でも喜んでくれるに違いないのに。
を想ってプレゼントを選ぶのは、とても楽しかった。
ただ、いかんせん迷いすぎただけだ。


女心など、俺には到底理解できないし。
の好みは…知っているつもりで、難しいもので。
結局のところ、答えは迷宮入りというわけだ。










「…あ…そうKa!」


不意に思い浮かんだ答えは、とっても簡単で。
俺は急いで携帯に手を伸ばした。



女心を知らないなら、女心を持っているやつに聞けばいい。





ディスプレイに映し出された番号は、同じ野球部のマネージャー。
鳥居凪のものだった。



兼ねてから猿野をからかうためにちょっかいをかけている後輩。
とも仲の良いその後輩は、今回は適役と言えた。
なんせ、人の気持ちを理解する事では天下一品。
…その上、明日の偵察には一緒に行くことになっている。





数度目のコール音が鳴り響いた後、凪はちゃんと電話に出てくれた。
逸る気持ちを抑えて、話し始める。


「もしもし、凪Ka?あのYo、ちょっと頼みがあんだけDo…」





もとより断られる気はしなかったのに、どうしてこうも焦るのか。
分かりはしないが、…分かろうと思った。
それは、きっとを大切にしている証拠だ。
軟派で通っている俺がこれぐらいのことで揺らぐ。

きっと、それはのために成長したからだと思う。
一筋、という言葉が頭に浮かんで、知らずに頬が染まった。



快く返事をしてくれた凪に礼を言って電話を切る。
出来るだけ短く、と思っていただけあって、日付が変わるまでにはまだ大分余裕があった。





ベッドにダイブすると、思っていた以上に大きな音が耳に飛び込んでくる。
…手に持っていた雑誌がベッドの縁にぶつかったようだ。
手がおかしな方向に重力を受けてきつい。
逆らうことなく力を緩めると、再びバサバサと音を立てて雑誌は床に落ちた。
大きく伸びをする。丸めていた背中が熱くなる。





限界まで伸びをして、ゆっくり力を抜くと。

張り詰めていた気が抜けたのか、思考がぼうっと霞んできて。

自然と降りたまぶたに、逆らうことが出来なかった。















「……嬢学園。いわ……アイドル高……な。
まぁ相手……アッチで有名な高校だ。野球の実力の程はたかが知れているとは思うが…。
初戦を突破したくらいだ、念には念を入れて視察を行いたいと思う。」


遠くから、聞き慣れた監督の声が響く。
多少聞き取りにくいのは…しっかり聞いていなかったせいなのだろうか。
声は映像も一緒に連れてきて、次第に景色が鮮明になっていく。
練習の直前。
監督の言った言葉に、皆の顔が多少綻んだのを覚えている。


ただ、俺は眉を顰めたのだけれど。
偵察メンバーに、名前が上らなければ…本気でそう思った。
決まってしまった事は仕方が無いし、やっぱり勝つことが大切だし。





ただ、明日じゃなければ…こんな気持ちになる事は無かったのに。





練習が終わるとすぐ、俺は走っての元へ。
両手を顔の前でパンッとあわせて、深く頭を下げた。


「悪かっTa!!…結果的に約束…破ることになっちまってYo…。」

「良いよ、仕方ない。大河のせいじゃないし。」

「でもSa…。」


顔を上げた先で、は笑っていた。
…馬鹿な俺でも分かるくらい、綺麗な作り笑いで。
それ以上続けられなかった俺に、なおもは笑う。







「約束破ってまで行くんだから、しっかり偵察してきてよねっ!!」







やせ我慢が痛いくらいによくわかる。
そうだよな、そりゃぁ、そうだよ。
何で断れなかったんだ、俺は。
…誕生日は恋人の3大行事のはずで。





多少の我侭なんて、気にしなくていいのに。





…どうして。
俺は、こんな顔をさせてしまっているんだろう。










「…分かってるっTe!!サンキュ、♪」










いつもの調子で笑うことしか出来ない。

腕を引いて、距離を詰めて口付けた。

愛してると呟いて。

先送りの誕生日プレゼント。

狂おしいくらいの愛を込めて。


「出来るだけ、早く帰ってくるからSa、夕方にでも遊ぼうNa♪」

「うん、約束ね。」





いつも通りに振舞うのは苦しかった。
それでも、がそれを望んでるのも知っていた。
変わらないことに期待するほど、は強くない。



…もし俺が、偵察を断ることにしても。
はそれを望みはしないことも知っていた。
チームを犠牲に出来るほど、は弱くない。





だから、俺は。
明日、きっちり偵察をこなして。
…悲しみが減るくらいに、喜ぶプレゼントを。







…贈ろうとして。










そうだ、メールも…送ら………ない………と。















気がついたら、日は高く昇っていた。
ベッドから跳ね起きて、日付を確認して。
慌てて携帯を開いたら、時刻は7時を回っていた。



後悔より先に、メールだけを送信する。

作成しておいたメール。





『誕生日おめでとう、





詫びを入れる余裕…というかそんな頭も無く、急いで送信。





きっと後から後悔するのだけど。

集合時間が迫っているのは、事実だし。



溢れてきた涙を止める術は無いのに。

嗚咽を漏らしながら、それでも俺は制服に着替える手を休められなかった。

もしも、手が空いていたなら。







後悔しても仕方が無いなら、今すぐにの元へと飛んでいくのに。















遅刻しそうになりながら、外に飛び出す。

玄関先の水溜りに、足を突っ込んだ。





冷たい。





は、泣いていないだろうか。

考えながら、俺は集合場所を目指した。





の家に、背を向けながら。













***あとがきという名の1人反省会***
凍ったココロ、side Cはようやく虎鉄です。
虎鉄君は書きにくくて仕方が無いです。
何せ主人公との絡みがあんまりないんで…(お前のせいだ

しっかし虎鉄君が乙女(笑)ですよ。
大好きな人のために張り切っちゃってます。
空回りなとこも可愛らしいです。
ただ、主人公&猪里サイドでは暗すぎたので、
今回はちょっとだけ恋心一色の部分も作ってみました。
次で虎鉄サイド終了です。続きどうしようね(苦笑

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.01.28 水上 空