「あー…眠い…。」

「だらしないぞ、。」


大きな欠伸が漏れる。
しがみ付いていた背中から、声が降ってきた。
自転車の後ろに乗ったあたしから、無涯の顔はうかがえない。
それでも呆れてるんだろうなって事はやっと分かるようになってきた。

確か今日で…付き合いだして1ヶ月?
友達の座を捨てて、何も捨てるものなどないって意気込んで。
告白してから、丁度1ヶ月。

自転車の2人乗りにもようやく慣れてきて。
付き合えるんだ、って舞い上がって、ギクシャクしていた頃とは違う。
ようやく、相手のことが深く見えるようになった頃。







〜お金で買えない価値がある〜







「だってさー…こうも仕事続きじゃねー…。」

「それも鍛錬の1つだ。」

「…無涯が勝手にあたしのも申し込んだんでしょ。」





私たちは、学校帰り以外のデートも済まさぬままに。





「…嫌だったか。」

「…ちょっとね。」

「すまない。」

「良いよ。」










同じ郵便局でのアルバイトをしている。










一緒に通える、と嬉しかったんだけれど。
あまりの忙しさに通勤時間しか一緒に居られない。
…要は、いつもと一緒って事。


理由は単純。


あたしは局内勤務のアルバイトさん。
主に戸別に年賀状を組むのがお仕事。

それに対して、無涯は配達中心の外勤アルバイト。
故に局内に居ることなんてほとんどない。





帰りは、幾ら無涯が早く終わっていても待っていてくれる。
それでも、あたしは不服を感じていた。
折角、無涯と一緒に居られるって思ったのにって。





「あー…無涯も順立なら良かったのに。」


深い溜息を付きながら、腕に少し力を入れる。
少しでも近づいていたくて、頬を摺り寄せる。


「………。」

「そうしたら、ちょっとは一緒に居れたのに、ね?」


無理やり無涯を覗き込もうと首を伸ばす。
バランスが崩れたらしい、自転車は少しだけ揺らいだ。
怒られるんじゃないかと思って身を竦める。
罵声かと思ったのに、降ってきたのは拍子抜けするくらい優しい声だった。





「嬉しい事を言ってくれるな。」





伺うように顔を上げると、無涯は微笑んでいた。
珍しく、邪気のない笑み。
勝気でもなく、ただただ、優しい笑みだった。


「あたしは悲しんでるんだってば。」

「そうか。」


小さく無涯の笑い声が聞こえてくる。
背中が軽く揺れてる。
あたしも、笑みを深くした。





…のは、つかの間。

信号を越えれば郵便局だ。

また、退屈な時間が始まる。





少しでも傍に居たくて。
出来る限りの力で、無涯にしがみ付いた。















「おはようございまーす!」

「あぁ、ちゃん。おはよう。」

「昨日の続きからで良いんですか?」

「うん、今日もお願いするね。」

「はーい。」


また、退屈な時間が始まる。
無涯が居ない。

愛想良く笑っていられるのが、嘘のよう。
心にはぽっかり、穴が開いている感じ。





「…無涯も、順立なら、良かったのに…。」





ぽつり、呟く声を受け取る人は今はここには居ない。

無涯の事ばかり考えている。

それでも、手は単純動作を繰り返していく。

案外、冷静なもんだ、人間って。

カタカタと年賀状の仕分けの音だけが耳に残る。





無涯、どうしてるかな。

今どの辺りで配達しているのかな。

事故なんて起こしていないよね。

思っても、傍には居られないのに。

そればかりが頭に浮かんでは消える。



早くバイトが終われば良いのに。





ちゃん、次はこっち頼んでも良い?」

「あ、はい!今行きます!」


弾かれたように顔を上げれば、局員さんが手招きしていた。
急いで駆け寄ると、新たに年賀状を手渡された。
手渡された年賀状は、結構量がある。
局員さんの意地悪。










あーあ。

早く、バイトが終われば良いのに。



愛想笑いの下で、あたしは溜まった溜息を吐き出した。










「あ、無涯。お疲れさま。」


休憩中に無涯は丁度帰ってきた。
椅子の背もたれに背を預けて、背の高い無涯を見上げる。
私服の上に緑色のジャンパーを羽織って居る無涯というのは面白い。
逆さまの無涯は、あたしの頭を撫でた。
隣に椅子を持ってきて腰掛ける。


「真面目に働いてたか?」

「…何よ、その言い方。サボってたみたいじゃない。」

「じゃぁ褒美だ。受け取れ。」


優しく笑う無涯につられて手を差し出す。
と、そこに置かれたのは、ずっしりと、重量感のある…。


「って、あたし休憩中なんだけど。」

「局員さんが渡しておいてくれと言っていたものでな。」

「…分かったよ、休憩終わったらちゃんとやる。」





年賀状だった。





しかも今にも落としそうな量。
取り合えず膝の上に降ろすと、腕が明らかに軽くなった。


「それからな、。」

「…まだ仕事増えるの〜?」

「これは俺からだ。」


ひょい、とこれまた年賀状を投げてよこした。





「駐輪場で待っている。真面目に働いて来い。」


頭を、もう一撫で。
極上の笑みを残して、無涯は去っていった。





一枚の年賀状。
ゆっくりと宛名を確認する。
無涯の几帳面な文字で書かれた、あたしの名前。

嬉しさを極力抑えて、内容を確認する。















「無涯!」

「来たか。」


30分後。
残業してくれないかと頼まれたが、あたしはそのまま帰る事にした。
一刻も早く、無涯に会いたかった。




いつも以上に。





飛びついたあたしを、しっかりと無涯は抱きとめてくれた。
すぐに離れずに、そのまま抱きつく。
頭を撫でてくれる無涯の手が心地よかった。


「真面目に働いてきたか?」

「すっごい頑張ってきたよ。」

「そうか。」


無涯につられて、あたしも笑う。
自転車の後ろにいつも通りに飛び乗って。
いつも以上に無涯にくっついていた。


景色が流れていく。
火照った頬に、風が気持ち良い。










「あけましておめでとう。」

「あぁ。」



自転車に乗りながら2人。



「これからも、…傍に居ろ。」

「……………ッ!」



少しだけ頬を赤くして帰り路を急ぐ。



「俺が必ず……」

「やめろ、読むんじゃない!」







耳に痛い、罵声と急ブレーキ。







顔を真っ赤にした無涯が、あたしに向かって怒鳴る。
あたしは、手の中のものを渡すまいと抱きしめた。


「良いじゃない、嬉しかったのよ。」

「良いわけあるか!」





自転車を降りて、街を駆ける。
数瞬遅れて自転車に乗った無涯が追いかけてくる。

ヒラヒラと路地裏ばかり選んで駆けるあたしを、無涯が捕まえるのは。
きっと、あと少し先の筈。










―――俺が必ず、幸せにしてやる。―――










年賀状に書かれた、無涯の本音。


お金で買えない価値がある。


あたしだけの宝物。







***あとがきという名の1人反省会***
無涯さーん!!アンタ難しすぎだよ!(叫
…取り合えず、新年明けましておめでとうございますv
年賀夢でも書こうかねぇ…と意気込んでいたものの、
書くのが遅くなってついには3日…!!
ギリ正月三が日に間に合いました(汗
正月と言うと、何か家に居たい引きこもりタイプの私は
正月の思い出は「親戚巡り」と「バイト」だけ…。
と言うことで、バイトネタなら…と書きました。

一応7日まではフリーです。持ち帰りはご自由にどうぞv
あ、執筆者表記だけはしてくださいね!

それでは、読んでいただき有難う御座いました!
皆さんにとって良い年になりますようにv

2006.01.03 水上 空