「じゃぁ、行ってくるね。」


それだけ言って、は笑った。


僕はただ、何て声をかけて良いのか。
相応しい言葉が見つからなくて、ただ黙って。
の手をギュッと、握り締めるだけで精一杯だった。

が大きなトビラに吸い込まれる直前までずっと。

無機質なトビラに、ランプが、静かに灯る。







〜言葉を見つけられなかった〜







「私ね、手術する事が決まったんだ。」

「………い、つ?」

「明日だよ、昼から。」


殺風景で、ナースセンターに近い個室。
ベッドに腰掛けて、僕の剥いた梨をほおばりながら。
嬉しそうに、楽しそうに、は話した。

今日読んでいた本が面白かった、とか。
看護士さんとこんな話をした、とか。

そんな極当たり前の日常を語るときと同じくらい、自然で。
するりと出た言葉に、僕は未だに動揺している。


「これでやっと、同じ高校に通えるねぇ。」



ねぇ、分かってるの?この部屋の意味。

そんな笑顔で、笑わないで。

もともと、は体が弱くて、入退院を繰り返していた。

次に入院した時には、危ないかもしれないと、何度も聞いた。

実際、の部屋はどんどんとナースセンターに近づいていた。




「葵君の、試合も見たいなぁ。」


ショートだっけ?頑張ってるんでしょ?
目を輝かせて笑う、の方がずっと、僕なんかより頑張って生きてる。
軽く咳き込んだ背中が小さい。


「やりたい事いっぱいあるんだよ。」


まだ見ぬ光景に思いを馳せる
指折り数えて、指が足らないと笑う。

いつからそんなに強くなったんだろう。

だけど、これ以上がベッドに起きていて。

壊れてしまわないか、僕は心配で。

本当は応援したいんだけれど、頑張ってって言いたいんだけれど。

どうしてもその言葉が言えない。






日焼けをしないの手。
外に出ていないのだから、仕方がないことだけれど。
その白さがまた、僕の目には白すぎて映るから。
余計に、壊れるんじゃないか、と不安なのかもしれない。

指を絡ませれば、と目が合った。

はとても優しく笑う。
でも、僕は。


「ちゃんと、葵君のところに戻ってくるよ。」


乾いた、と表現するのが正しいのか。
すれて言葉尻が捉えられない。

頷く事も出来なかった。
励ます事も、勇気付ける事も。
咳き込んだ背中を、摩る事も。



君の手に、涙を落とす事しか出来なかった。



ごめん。










「…約束、だよ。」


ただ、手術室の前にいることしか出来ないけれど。
が好きだと言った、明るいポップスを聴いて。
が作ってくれた、お揃いのビーズのブレスレットをつけて。
あの笑顔が、最後になんてならないように祈るから。





きっと僕の元へ帰ってきて。





一緒に笑おう、学校に通おう。

僕の良いところ、たくさん見て欲しい。

強くなったよ、友達も出来たよ。

がもっと、好きになってくれるように。



僕はもっと、強くなる。
だから、僕に言わせて。
もう言う事は決まってるんだ。



「お帰り」

「頑張ったね」

「強くなったね」



麻酔が覚めたら、伝えるって、決めたんだ。
それに紛れる形で、もう1つ。


。…………。」


音楽が止む。
ランプが消える。





無機質なトビラが開いた。

怖い。

でも。





先生の、笑い顔が見えた、気がした。

涙で、半分見えなかったけれど。

成功したよ、という言葉は嘘じゃない。










未だ麻酔で眠るに、僕は言う。

が、好きだ。大好きだ、と。

声は、嗚咽でぼやけてしまったかもしれないけれど。

僕は、それで満足だった。





の好きなポップス。

リピートが掛かって、また、僕の耳に届いた。







***あとがきという名の1人反省会***
元は拍手に置いてあった司馬君夢です。
司馬君じゃないとこの話はかけなかった気がする。
大好きな人が、手術っていうのは、応援したいんだけど
病状を見ていると胸が詰まって何もいえない、ってのは
よくあることだと思います。(私もありました、昔)

皆さんは、ちゃんと頑張れって応援してあげてくださいね。
信じるだけじゃなくて、ちゃんと。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

加筆修正 2007.11.17 水上 空