勉強は、嫌いじゃない。 それでも、やりたいわけじゃない。 皆が通り抜けたことは、私も通らなきゃいけないなんて。 ダ レ ガ キ メ タ ノ ? そうだ、決めたわけじゃない。 誰もが持ってる、スリコミの。 陳腐な、強迫観念。 〜強迫観念、敗れたり〜 「、月曜までにコレやってきてね。」 担任の声に、これほどまでに苛立ったことはなかったのに。 どうやら、これは現実なようだ。 「うう〜…。」 「ちゃんとやってこないとほんとに留年しちゃうからな!?」 「はぁ〜いぃ…。」 私の眉間に刻まれた皺を見ながら、担任はすまなさそうに。 それでいて、ちょと強気に、私を突き放した。 嫌々ながらも返事を返すと、やはりニッコリと笑って私を送り出す。 職員室の扉を閉めるとき、もう一度振り返る。 担任は、もう私なんか忘れた様子で、隣の席の先生との話に夢中だった。 「…って言ってもなぁ…こんなに問題解ける訳ないんですけど…。」 ドアを多少乱暴に閉めた。 閉まりきる前に見えた先生の驚いた顔にすっきりした。 そのまま、昼休みの校舎を歩いていく。 手には、裕に20枚を越すプリントの束。 この間の中間テストをおたふく風邪ですっぽかした分の課題らしい。 これで免除してくれるという。 それは有難いとも思う。 高校3年、進路もほぼ決まったというのに、留年なんてしたくない。 それにしても。 …今日渡すにしても、もっと早くに言ってくれれば…。 そう思ったって、良いじゃないか。 パタパタとプリントで風を起こす。 「…時間ないけど…やるしかないよね〜…。」 私の呟きは、昼の喧騒に紛れて、紛れて。 飲み込まれていった。 キンコンカンコン。鐘の音。 感謝の言葉は、きちんと届いたのだろうか? 私はくるりと踵を返すと、すり込まれた強迫観念の中を駆けていった。 そうして、午後の授業も終えて、放課後。 部活動の顧問の了解を得て、プリントの山に手をつけ始める。 視界に映るクラスメイトからも頑張れの声が飛んでくる。 それはやっぱり一瞬のものだ。 最初の1枚をやり終えることには、教室は蛻の殻だった。 「部活行きたいよ〜…先生の意地悪〜…。」 部活大好き人間の私に、こんな拷問はない。 教室の中に、1人きり。 窓の外から、元気な声が響く。 苦し紛れに紡いだ言葉も、受け取ってくれる人はいない。 「あ〜…やってらんないよ〜…。」 「部活にも来ないで何グダグダ言ってるのだ?」 机に寝そべりながら、吐き出した言葉。 それを、受け止める声があった。 多少不機嫌な、男子にしては高めの声。 「…ちょっと、部活はどうしたのよ、鹿目。」 教室の後ろのドアにもたれた、鹿目が居た。 少し呆れた表情で、ため息を吐き出しながら。 「今日はもう終わったのだ。それより追試代わりに課題なんて全く阿呆な奴なのだ。」 紡がれた軽口も、無いよりは嬉しくて。 さっきまでの静寂を打ち消すように、言葉が溢れてくる。 「五月蝿いわね…風邪引いたんだから仕方ないでしょ?」 「冬でもないのに風邪なんて引くのは、体調管理が悪い阿呆だからなのだ。」 「…その言い方ムカツク…。」 ムカツク、でも、嬉しかったのも本当。 鹿目から視線を戻して、もう1度課題に向き直る。 ペンを取って、課題とにらめっこ。 うん、さっきよりも嫌じゃなくなった。 強迫観念も、今なら忘れてしまえそうだった。 いつの間にか鹿目は私の前の席に腰掛け、こちらを向いていた。 椅子の背もたれに肘を置き、何やら楽しげにこちらを見ている。 「…そんなの知ったことじゃないのだ。でも面白そうだから見てるのだ。」 「は?何が面白いのよ?」 問題を解く手を休めて、鹿目を視界に捉える。 目がしっかり合ってから、鹿目はにっこりと微笑んだ。 …ちょっと、鹿目が可愛く見えた。綺麗に見えた。 胸が、少し苦しいかもしれない。 「が問題に直面して解けなくて苦悩しているのを見るのが楽しいのだ。」 …前言撤回。 「…鬼畜かお前…」 「何か言ったのだ?」 「いえ、別に。」 呟いた一言にまで、きっちりと返答をされた。 しらばっくれて、課題を進めてみたけど、後からやっぱり怒られた。 でも、何だか楽しかった気がする。 罵倒も、鬼畜な発言も、言い合いも。 「まだ半分以上あるのだ。…こんなペースじゃ終わらないぞ?」 鹿目が来てから、問題を解くスピードは格段に上がった。 …が、スピードが上がったのと、提出に間に合うのとは必ずしもイコールではない。 鹿目の言うとおり、このままでは終わらない気がする。 するのだが…何というか。 さっきから鹿目は本当にただ眺めているだけで。 救ってくれそうな感じは無い。 ニヤリと笑う鹿目を睨みつける。 そんな事、無かったかの様に、鹿目は悠然と微笑んでいた。 「そう思ったら手伝ってくれたっていいじゃない。」 「…?何で僕がやらないといけないのだ?」 本音を口にしたら、鹿目は心底嫌そうな顔をした。 一応形だけ、疑問系で聞かれたが、その後ろにはもっと辛辣な言葉が並んでいることが分かった。 例えば、……何て言うか、色々。 まぁ、そんなことは置いといて。 さっきから、また沈黙の中で問題を解いていたせいか、この会話は嬉しかった。 普段のテンポで、話を始める。 当然、笑顔で。 「そこに居るから。」 「訳の分からん理屈を…。」 「良いじゃない。居るし。…暇でしょ?むしろ手伝いたいでしょ?」 ね?とニッコリ微笑むと、鹿目はそっぽを向いて答えた。 心なし、頬が赤く見えたのは、きっと夕日のせいだと思う。 それでも、照れてくれてるのなら、嬉しいとも思う。 …どうしてだか分からないけど、それに期待している自分も居るんだ。 「…まぁ…手伝ってやらんこともないのだ…。」 いつもの傲慢さ…って言うか、自信に満ちた声はそこには無かった。 照れた様な口調で語られたのは、優しい言葉だった。 見せるのだ、と声が続いて、課題のプリントを持っていく。 ぶつぶつ言いながらも、これまた机から取っていったペンでサラサラと答えを埋めていく。 頬杖をついた腕が、エースピッチャ−と威張るだけあって綺麗だと思った。 それが、2問目に差し掛かったときに、鹿目は目線を戻した。 私と目が合うと、首を傾げる。 「どうしたのだ?固まってないでさっさと終わらすのだ。」 声を掛けられてやっとで、自分が固まっていたことに気付いた。 「…え、本当に?人でなしの鹿目がやってくれるなんて思ってなかったのに。」 「僕を何だと思ってるのだ。」 さっき、考えてたこと…腕が綺麗…なんて言える訳が無い。 悟られないように咄嗟に言葉を繋げたが、如何せん、声が裏返ってしまった。 鹿目の眉間に1つ、皺が新たに刻まれる。 何とかいつもの口調を続けようと、努力してみる。 「…ぷにぷにほっぺが可愛らしい粘土マフラー女王?」 「手伝ってなんてやらんから、精々1人で苦しむと良いのだ。」 本日何度目かの辛辣過ぎる毒舌を吐いて、鹿目は立ち上がる。 スタスタと歩き出す鹿目の腕を掴んで、何とか食い下がった。 このままでは強迫観念に襲われたまま、助けの手を逃す。 それは、強迫観念が、恐怖に変わる瞬間。 どうしても、この手は離さないと、私は必死にしがみ付いた。 男女の力の差はこういう時に実感するもので、私が腕を掴んだくらいで鹿目は止まらなかった。 「わっ!ごめん、冗談!鹿目様、何でも言うこと聞くから許して!そして教えて!」 それだけ言い終わると、鹿目はピタリと歩みを止めた。 くるりと、顔だけ私のほうを向く。 そこには、いつもの傲慢な鹿目は居なかった。 瞳に深い優しさを称えた、鹿目が居ただけだった。 「本当だな?」 「うんうんうん!!」 「今の言葉、撤回はできないから覚悟しておくのだ…。」 「分かった。止まってくれてありがとう。」 ありがとう、と言葉にした。 涙が滲んだのは、何でだろう。 ポン、と私より少し背の高い鹿目から頭を撫でられた。 頬が染まったのは、何でだろう。 追われてた、強迫観念から抜け出られたからかな。 …違うといいな。 なんとなく。なんとなく、だけどね…。 「で、これがさっきの公式に代入するから…」 「こうね?」 「そうなのだ。後はやり方も一緒だから自分で解くのだ。」 その後、鹿目指導の下、只管に問題を解いていった。 私が問題を自力で解いている間にも、鹿目は他のプリントをやってくれていた。 …本当は、優しい奴なのかもしれない。 分からないところも丁寧に教えてくれた。 問題が解けたら、褒めてくれた。 「うん、分かった!ありがとう、鹿目。」 「どういたしまして、なのだ。」 私も、素直にお礼が言えるようになった。 帰り支度をしながら、ニコニコと微笑みながら。 鹿目も、同じように、ニコニコと微笑みながら。 「ホント鹿目さまさまだよ〜…お礼何がいい?」 私は、ロッカーの荷物を取って、机に向かおうと振り返った。 …それ以上は、進めなかった。 目の前に、鹿目が居た。 「…。ちょっと来るのだ。」 「ほえ?な…」 私の言葉が終わる前に、鹿目は私を引っ張る。 抱きしめられる体勢に自然になって、身体はどんどん硬直していく。 心音なんて普段感じることは少ないのに、今はとてつもなく大きく身体に響いている。 身体中が心臓になったような感じ。 身体中の血が、沸騰していく感じ。 周りの音なんて、もう聞こえてこない。 そう、思ったのに、振ってきた鹿目の声は、凄く近くから響いた。 私をすんなり侵略する声。 「…暫く、こうしてるのだ。あと、明日から一緒に帰るのだ。」 それは、傲慢で照れ屋な鹿目からの、鹿目なりの、プロポーズ。 鹿目の顔は見れないけれど。 鹿目の心音は、心臓が壊れそうなくらい大きかった。 遠回りな言葉と、アンバランスな心音が面白くて、少し笑った。 鹿目を、可愛いと思った。 …格好良いとも思った。 抱きしめられた体勢を、抱き合う、に変えて。 私も、私なりに答えた。 「考えとく…よ。」 それは、いつもの景色が変わった日。 君への理解が増えた日。 勉強で学んだことよりもそれはもっと大切だった。 景色に色をつけていったんだから。 強迫観念、敗れたり。 もう、君のことで頭はいっぱいだから。 強迫観念なんて、入り込めないくらいに。 追いつかない思考が、パンクしそうなくらいに。 月曜日、なんて言うかなんて、決まってるでしょ。 たった二文字伝えよう。 すき。 ***あとがきという名の1人反省会*** え〜と…ごめんなさいです。 何がって…もう、ねぇ?(泣 駄文、だぶん、ダブン、D・A・B・U・N!!(しつこいよ 何が書きたかったんだ!?チクショウ、覚えてません! 確か最初は居残り勉強で、鹿目が来て、ちょこっと牛尾も登場してて…。 なおかつ鹿目が暗いの駄目だから、もっと早く帰るつもりで、 次の日主人公の家に言ってるはずがッ!! 大誤算。大誤算と言うかもう結構違う話。 …もう、気にしないで下さいね。 一応、強迫観念は、 「打ち消しても打ち消しても浮かんでくる不快、不安な考え(新明解国語辞典より抜粋)」 です。 主人公は課題に追われて留年、留年…の強迫観念に追われています。 …それはきっと、留年が悪いこと、とすり込まれた強迫観念が生み出した、強迫観念です。 強迫観念は誰もが持っているものだけど、 それでも、一時的にしろそれを打ち負かしてくれる人って、 やっぱり大好きな人の存在が大きいと思ったので、この話は出来たりしたかもしれません。 この偏った理屈が、まともに聞こえたら幸いです。(ぇ それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!(光速逃亡 2005.8.2 水上 空 |