人生という名の長いレールの上。


バランスをとるのは大変なことで。
風に吹かれて、ゆらゆらと揺れる私たちはとても不安定で。
それでも何とか、必死に。
その上を進んでいく。


行く先々の駅で、本当にたくさんのものを。
失い、満たし、別れ、出会いながら。
私たちは、進んでいく。
答えなんて見つからなくても。



流れに、任せて。







〜想い、かける、想い、イコール。〜







「おはようございます、犬飼君。今日もグレイトな朝ですね。」

「辰か…とりあえずおはよう。」


朝練のある日の野球部の朝は早い。
早朝とも呼べる時間帯に仲良く並んで歩く影が2つ。
十二支高校のバッテリーの一翼、辰羅川と犬飼だ。


「肩の具合はいかがですか?昨日のように無茶な投球はあまりお勧めできませんからね。」

「…大丈夫だ、とりあえず次の球をマスターするのが先だ。」

「…あまり無茶はなさらないで下さいね、私も、心配しているんですから。」

「…わかった。」


辰羅川の気遣いに気づいて犬飼もしぶしぶではあるがそれを受け入れる。
今日も、2人の関係は変わらず、そこに在った。


そこに後ろから掛かる声。


「うぉら〜!そこのコゲ犬!!邪魔だ!!朝っぱらから俺の目の前に現れてんじゃねぇ!!」

「…お前は視界に入るだけで公害だけどな…プ…。」

「何だと!?もうあれだ、てめぇは消しゴムに例えるなら砂消しぐらい使えねぇ!!」

「(砂消し!?)」

「ほう…お前は野菜煮たときの灰汁くらい使えないけどな。捨てられるだけの運命だ…。」

「むっきゃ〜!!」

「あわわ…猿野君、その辺でやめるっすよ!!」

「お二人とも!!クリーンファイトでお願いしますよ!!できれば武道場で!!」

「えぇ!?辰羅川君もちゃんと止めてくださいっす!!」

「…テリブルな役回りは朝からしたくないんですがね…。」



いつも通り、子津と猿野が加わると、とたんその場が賑やかになる。
辰羅川は猿野とじゃれる犬飼に視線を移すと、ゆっくりとため息をついた。
そして、おもむろに鋭利に曲がった自慢のモミアゲに手を伸ばす。



「たたたた…大変っす!!モミアゲが武器になってるっすよ〜!!」



驚く子津を無視して、悪魔の笑いを浮かべると辰羅川はそれを実行に移した。



「モミアゲカッターっ!!」



辰羅川の手から放たれたモミアゲ…いやカッターは、一直線に猿野に向かう。
そして、命中。



「に"ゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



猿野がやられて騒動が終了、これもまたいつものことである。
そして、恐怖のあまり涙する子津が居ることも。





「おっはよー!みんなっ!!」

「…さん。おはようっす。」


後ろから掛かる、聞きなじんだ声。
それは野球部の1年マネージャーである、のものであった。


「おはよ、子津君。大丈夫?」

「…何とか…辰羅川君まで壊れてて大変っすけど…。」


顔が真っ青な子津に、声をかける。
はは、と笑いながら頭をかく子津は、この事態にどう収拾をつけていいか見当が付かないらしい。
それを見て、前の騒がしい集団を一瞥すると、は小さくため息をついた。


「あぁ…だろうね…。じゃぁ、何とかするかな。」

「大丈夫っすか?」

「まっかせて♪」


そう言っては前方の騒がしい集団の方へ近づいていった。



「辰君、犬君、おっはよー♪」

「はっ…おはようございます、さん。お騒がせしてすみません。」

「と……とりあえず……すまん。」


辰羅川と犬飼は声が掛かったことによって正気に戻ったようで。
謝罪の言葉を述べてくる。



…もっとも犬飼の顔は苦手な女が近くに居るため真っ赤なのだが。



そして、当然といえば当然だが、猿野から非難の声が上がる。


「うぉ!?!!何で俺は無視すんだよ!!」

「あはは♪忘れてないってば!!おはよう、猿野君♪」


は猿野に向き直り、とろける様な笑顔を見せると。







チュドーンッ!!







容赦なく、ロケットランチャーを発射した。


「ぎゃぁぁぁぁぁああああ〜!!気もちいぃ〜!!」

「よっしゃ、命中!!」


そして小さくガッツポーズ。


「あわわわ…!!さ…猿野君!!生きてるっすか!?」

「ワンダフルな腕前ですね、相変わらず。」

「とりあえず…ナイスだ。」


驚いているのは子津だけで、他の二人は賞賛を送っている。





…猿野の存在価値はこの2人にはどうでも良い事なのだろうか…。





「じゃぁ、行こう。辰君、犬君。」

「えぇ、参りましょうか。」


が辰羅川と犬飼の肩を押して先へ急ぐ。


「と…。…とりあえず触るな…。」


すると、案の定犬飼は、逃げた。


「ちょ…っちょっと!!猿野君はいいんすか!?」

「子津君、後任せ(るよ・ましたよ)。」

「(息ピッタリなのが余計に恐ろしいっすよ…)…わかったっす。」


子津の答えだけ聞くと、2人は急いで犬飼の後を追った。
そこには、やられキャラ猿野と、心配性なツッコミ子津がいつも通り残された。





答えなんて、見当たらないけど。
それで良かった。
はちゃめちゃだけれど。些細なものだけど。
居心地が良い、この場所を。
無くしたくなんてなかったから。







その日の夜。
辰羅川・犬飼両名は日課ともいえる自主練習をグラウンドに残って行っていた。

「犬飼君、今日はそれ以上はお止め下さい!!」

「うるせぇ、辰。黙って捕れ…。」

「嫌です、貴方が無茶するのを黙ってみているのは嫌です!!」

「次の球が必要だ…。俺の球は誰にも打たせねぇ…。」

「それならなおの事です!!無茶して身体を壊されては元も子もないのですよ!!」


立ち上がってマウンドに向かう辰羅川を、犬飼はぎろりと睨んで一言告げた。





「…捕る気が無いなら失せろ、辰。邪魔だ。」





その言葉に、辰羅川は一瞬、口を開いた。
…が、言葉が出る前にまた口は閉じられる。
そしてそのまま目を合わさないまま踵を返し、グラウンドを出て行く。


「…そうですね…そうさせて頂きます。くれぐれも無理は禁物ですよ、犬飼君。」


そっと一言、ため息と共に吐き出して。





着替えを早々に済ませ、いつもの帰り道を足早に通る。
目線は上に向けられることも無く、ひたすら大地に向かったまま。
考えるのは、先ほどの喧嘩のことばかり。
かっとして自分の気持ちだけをぶつけてしまった事に対する怒りが渦巻く。



いつも通る帰り道。



それは今の自分を責め立てるような暗黒に包まれていて。
暗闇に吸い込まれるように歩く自分は、後悔ばかりで胸がいっぱいで。
普段は無駄に良く働く頭脳も、大事なときに役には立たなかった。





「辰君?こんな遅くまで…犬君と特訓?」


コンビニ付近の多少明るくなった路地を抜けた直後。
辰羅川に、不意に掛けられた優しい声。
暗黒に、1点だけ射す光のような。
それは安心さえも覚える、の声だった。


「えぇ…まぁ…。口論になって出てきましたけど…。」


無理に笑って話す。
ちゃんと笑った表情が作れたかどうかは分からない。
…が、の表情からして、きっとうまく笑えてはいまい。


「…。公園…。」

「はい?」

「公園、寄ろう?」


暫く黙り込んでいたのいきなりの言葉に、言葉に詰まる。


「は…いや別に良いですが…。」

「よし、けってーぃ!!」


辰羅川が答えた直後、はにっこりと笑って。
手を繋いで、公園まで走った。



「ひゃーっ!!公園なんて来たの久しぶりだぁ♪」


公園に辰羅川を連れてきた当人は、着いてすぐにジャングルジムに登り始めた。


「あの…さん…?」

「辰君も、おいでよ〜!」


ジャングルジムのてっぺんに座って、笑う。
辰羅川の質問なんてまったくの無視だ。
どうやら、登っていかないと質問には答えてもらえないらしい。
それを察して辰羅川もジャングルジムを登り始める。


「何か、用事があったからここへ寄ったのではないのですか?」

「何のことぉ?寄りたかったから寄っただけだよ。」

「用事が無いなら、送りますから。帰りましょう?」

「用事はあるけど…こっち来てくれたら教えてあげるっ!!」


辰羅川が半分ほどジャングルジムを登ったあたりで、はひらりとてっぺんから地上へジャンプ。
着地すると、そのまま走り出した。





「え…あ…待ってください!!」





暫く公園内を走り回って、やっとのことで辰羅川はを捕まえることに成功した。


「ちぇ。捕まったか。さすが野球部。」


捕まった直後、はそう言って悪戯っぽく笑った。
息が切れていないところを見ると、追いつくように走っていたのは明白だったが。


「…公園をこんなに走り回ったのなんて久しぶりですよ…。」

「あぁ、公園なんてガキっぽいって近づかなさそうだもんね、辰君。」


の指摘に多少顔をしかめながらも、辰羅川は本題に入った。


「…ところで、用事は、何だったんですか?」

「…。」

「教えてください、さん。」


まっすぐに瞳を向けると、も今までの顔とは打って変わった真剣な瞳を返してきた。
そして、息を深く吸い込むと、決意したかのように口を開いた。





「喧嘩、した後って。1人で居たくないでしょう?」





「え…。あの…。」

「喧嘩のあとは、1人だと色々悪く考えちゃうでしょう?」

「それは…そうかもしれませんね…。」


ため息混じりに吐き出すと、弱気な言葉を打ち消すように風が吹く。





強い、風だった。





「さっきの辰君、泣きそうな顔してたよ。」

「…っ…!!」


辰羅川は言葉に詰まる。図星だったのだから仕方ないといえば仕方ない。
の真っ直ぐな瞳から逃れたくて視線を外す。
はそれが分かっていたのか、気にすることなく話を進める。





風はさらに勢いを増していく。
髪を弄び、木々にざわめきを起こす。





「弱音、吐いても良いんだよ?私で良いなら受け止めてあげられるし。」

…さん…。」

「それで、早く私の大好きないつもの辰君に戻ってよ。ね?」


は、優しく笑った。


笑顔を見た瞬間。
信じられないが、強かった風は嘘のように穏やかなものへと変わる。
冷たく肌を刺していた風は、今は肌に緑の匂いを優しく付けるものに過ぎない。


「…貴女には…敵いませんね…。」

「当たり前でしょ。どれだけ辰君と犬君と一緒に居ると思ってんの。」

「…入学してからですから、1ヶ月ですね。」

「…結構短いね。」

「えぇ…。」

「でも、辰君のことほんとに好きだよ。だから、よく分かってるつもりだし。」

「はい…。私も、です…。」





風は、…凪へと変わった。





「すみません、ちょっと…肩、お借りします…。」





久々に、泣いた。
人前で泣くのは初めてで。
堰を切ったように溢れる涙は、止まらなかった。
押し殺したいはずの声も、零れてしまった。
そっと撫でられる背中が、温かかった。
彼女の、優しさが、痛かった。
癒された。すがってしまった。
彼女に、恋に。







どれくらいそうしていたかは分からない。
辰羅川が肩を借りている間、はずっと辰羅川の頭を撫でていた。





「すみませんでした…もう、平気です。」

「うん。」


ようやく顔を上げた辰羅川が、笑う。
今度は先ほどとは違う、笑顔だ。


「私が泣いた事、出来れば誰にも…」

「聞いてないよ。」

「あの…?」

「聞いてない。」


の心遣いが良く分かって、嬉しかった。


「…ありがとうございます…さん。」

「何のこと?」

「…いえ。送ります、帰りましょう。」

「うん。」


そうして、再び家路へと向かう。
そこに並ぶ影はいつもとは異なったものだ。
…それでも、居心地が良かった。







「犬飼君!!」

「…辰。…昨日は…その…悪かった…。」


次の日。いつもの様に声をかければ、珍しく素直な犬飼の言葉。
彼も彼なりに考えたらしく、辰羅川は余計に顔を綻ばせた。

「いえ。私が悪かったのですよ。」

「でも…。」

「私は、もう平気ですから。」

「…とりあえず…さんきゅ…。」

「えぇ。」





並んで、歩くいつもの道。





「うぉら!!コゲ犬!!昨日といい今日といい邪魔なんだよ!!」

「…また五月蝿いのが来た…面白くないネタ引っさげて…。」

「あぁ!?クソ犬が!!」

「おはようっす、辰羅川君、犬飼君!!」

「おはようございます、子津君。…と猿野君。」

「おまけか!?俺はおまけなのか!?」

「…おまけだとしてもお菓子に付いたら返品されて焼却炉行きだな…プ…。」

「何だと!?」

「また始まったっすね…。」

「朝からよくやりますね、本当に…。」





朝の行事も変わらないようで。
昨日のことが嘘に思えるほど、楽しい時間が過ぎる。





「おはよー!!」





途中から加わる声も変わらない。


「おはようっす、さん。」

「今日も派手にやってるねー。」

「…今日は止めなくって良いんすか?」

「面倒だから良い。」

「(即答っす…。)じゃぁ、今日は僕が止めてくるっすよ…。」

「無理しないでね、敵は手強いよ。」

「わかったっす!!」


ため息をつく子津に励ましの言葉を掛けると、子津は大きく頷いて駆けていった。





「おはようございます、さん。」

「おはよ、辰君。」


しばしの沈黙。
どちらも次に紡ぐ言葉を考えているようだった。
…先に沈黙を破ったのは辰羅川だった。


「…。昨日は、ありがとうございました。」

「…私、何もしてないってば。」

「嬉しかったです。」

「だからなに…」


なにが、と続けようとしたの言葉を遮って、続ける。
その顔は、今まで見たことも無いような笑顔で彩られていた。


「傍に居てくれて。それと、…告白などされたのは初めてですよ。」

「…。どういたしましてで良いの?それ。」

「えぇ…ですが…。」

眼鏡の位置を直しながら、続ける。





「もう少し、このままで…接して頂けると嬉しいですね。」





「分かってるよ、私も、このままが良い。」





「勝手を言ってしまいすみません…。ですが…っ。」
「何?」


振り返るの腕をつかむと、辰羅川は自分のほうへと引き寄せる。
そして、耳打ち。
風にかき消されるような、小さな声で。
それでも、意思がはっきりと分かるような声で。







「…………から。……、………?」

「うん。」







が頷くのを確認して、そっとを開放した。





「っと、子津君が苦戦しているようなので参りましょうか。」

「うん、とりあえず猿野君に睡眠薬入り吹き矢でも撃っておこうか。」

「そうですね。それはグレイトな案ですね。」

「でしょ。そのために常備してるんだよね、吹き矢セット。」


そう言って、は鞄から本当に吹き矢セットを取り出した。
その時のの顔は、生き生きとした黒い笑顔であった。


「常備品なんですか!!」


パリンッ!!っと言う音を残して、辰羅川の眼鏡は割れた。







そうして、いつもの毎日。
はちゃめちゃだけれど。些細なものだけど。
居心地が良い、この場所を。
無くしたくなんてなかったから。





何が起きても変じゃないこの時代で。
喜びに触れたくて。
貴方と共に夢を追って。
貴女と共に笑いあって。
進むことを選んだ。
それなりの覚悟は出来てる。





貴方への想いと、貴女への想いは。
どちらか1つ選ぶことなんて出来なかった。
我が儘な私を許してください。
手にした安らげる時間を、もう少しこのままで。





栄光も成功も名誉も要りませんから。
もう少しこのまま。





そしていつか、時が満ちたら。
傲慢な私の心が落ち着いたら。







―私が貴女を好きなことは変わりませんから。もう少し、待っていて貰えますか?―



貴女を愛しても良いですか?
待っていて貰えますか?
私だけの貴女になって。傍に、居てくれますか?







想い、かける、想い、イコール。





パートナーへの思いやり、かける、貴女への恋愛感情、イコール。







いまはまだ、このままで。







***あとがきという名の1人反省会***
桜海若葉様に捧げました、ミスフル初夢!!辰羅川です!!(ォィ
…イレギュラーなことをやってみたくって、最初をたっつんにしました(笑
意表はつけたみたいで、周りの反応に笑いました。

今回は、ミスチルの[es]〜Theme of es〜をモチーフにして書いております。
機会がありましたら、一度聴いてみてください!!
名曲ですよ。
ただ、これと一緒に聴くと、曲のイメージが崩壊します。
充分ご注意ください。(マジで

単純に見える主人公さんは、実はメチャメチャ頭の回転が速く思いやりのある感じの人です。(長
たっつんに合うのはこのくらいの人かなって思って。
気配り上手さんに仕立ててみました。

あと、今回大量にギャグが書けて嬉しかったです。
さすがミスフル。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2004.12.2 水上 空