アイツは毎日追ってくる。
今日も今日とて繰り返される。

そう、それはロシアンルーレットのように。
一か八かの勝負さ。

運命を賭けてみよう。
自分を先で待っているのは。

alive...or...dead?







〜史上最悪鬼ごっこ、命がけ〜







とある平日の早朝。
1軒の家から、問題の少女…はこっそりと顔を覗かせた。
何かに怯えながら、きょろきょろとあたりを見回すその姿は爽やかな朝には到底似合わないものであった。



…つまり、現在の彼女は10人が10人とも怪しいと認めるような行動をとっているのである。



「…今日は居ないみたいね…よしこのままこっそり…。」


そうしては大げさにため息を吐き出すと、そろり、そろりと背後を気にしながら歩き出した。
家を出て、数分。
その間、こそこそと何かから隠れながら歩いていたは、曲がり角を曲がったところでようやく肩から力を抜く。
どうやら今まで恐怖の対象だったものからは逃れきったらしい。

その対象は…とある人物に他ならなかった。
そう、十二支高校野球部主将。金髪が風に靡くどころか、重力に逆らって存在している、某財閥御曹司。





牛尾御門のことであったのだ。








がマネージャーになった1年の当初から、牛尾は来る日も来る日もを追い掛け回している。どれだけが逃げようとも、確実に先回りをして捕獲しようとしてくるのだ。
…それも、ありったけの権力と財力を駆使して。
流石にそれが3年目に突入すれば、怯えるのはおろか、悪夢にうなされても当然である。


来る日も来る日も、鬼ごっこのように脱走劇は繰り広げられている。


結果は現在の全敗中。


しかも家から出てすぐに鬼…いや、牛尾に捕まることも多かった。
そして…入学してからおよそ2年1ヶ月…はこの朝ようやく、脱走劇に白星を飾ったのである。



記念すべき日を恵んでくれたことを、さり気に神に感謝しながら、ゆったりと学校へと足を向ける。
あぁ、今日はなんて素晴らしい日なんだろう!と陽気に鼻歌を歌いながら。
は、どうせなら、とお気に入りの登校ルートへ足を向けた。
その道は、緑のトンネルというのが相応しい並木道だった。
朝特有の、清々しい風が心地よい。
柔らかく髪を梳いていく風は、何処からか花の香りを連れてきて、それが一層の顔を綻ばせた。
露に濡れる新緑に、おしゃべりをする鳥の声。
いつもはのんびりと見れない景色を堪能する。







「おはよう、君!!今日も相変わらず可愛いよ♪」





並木道を抜けた直後。
交差点で足止めを食らっていたの前にキィッっと軽い音を立てて車が止まった。
ここ2年ほどで見慣れた、黒塗りの高級車。
そこから降りて来たのは、紛れもなく、牛尾御門であった。


君の笑顔はまるでビーナスの…って…。待ちたまえ、君〜!?」


前口上を笑顔で述べている牛尾を抛っておいて、は全速力で駆け出した。

捕まって、たまるか。

牛尾からは見えなかったが、の目が如実に物語っていた。










今日もこうして、2人の鬼ごっこは始まった。
果たして、今日の勝者は…?










「ま…撒いた…か…?」


校門にもたれ掛かりながら後ろを振り返ると、そこに牛尾の姿は見当たらなかった。
視界に入らない範囲に居ることに、多少冷静さを取り戻しながら、手で汗を拭う。
やはり今日も、神は私に平穏を与えてはくれなかった。
色々な思考が渦巻くが、乱れた息を整えることに全神経がいっているのか、頭が回らなかった。


「クスクス…朝っぱらからご苦労な奴なのだ。放って置けば良いものを…。」

「し…鹿目!?朝っぱらから脅かしてんじゃないわよ。三象君もおはよう。」

「があぁぁ。」


いつの間にかへたり込んでいた私に、影が落ちてくる。
同時に、可愛らしいが生意気な同級生の声も。
ふと上げた顔に映ったのはいつもの顔だったが、差し出された手に驚いて変な声が出てしまった。
鹿目は一瞬ムッとして顔をしかめたが、手を借りるとニヤリと笑った。


「それはそうと…お前等、毎朝毎朝無駄に体力使ってて尊敬するのだ、ある意味。」

「褒めてないっつーの。」

「毎日牛尾に構ってやってる所を見ると、やっぱりお前もまんざらでも無さそうなのだ。」

「ふざけんな。こっちだって朝から無駄に体力とテンション消費したくないのよ!」

「…クスクス…まぁ見てる分には楽しいから良いのだ。精々僕の娯楽のために頑張るのだ。」

「なっ…てめぇこのクスクスとっとこ野郎!!」


漫才のような、テンポの良い会話を私なりに楽しみながら、グラウンドに足並みそろえて歩いていく。
ちょっと鹿目の物言いが気に食わないが、この際それはどうでも良い。
実際、今は平穏そのものの時間に包まれているのだから。
鹿目と三象君との会話に(どうしようもなく牛尾の話題が含まれているとしても)、落ち着く。
牛尾に追いかけられるのよりは、幾分ましなのだから。





く〜ん!!やっと追いついたよ〜!!」


そこへ。
ドドドドド…というなんとも古典的な効果音と砂煙と共に、問題の鬼は登場した。
もっとパンチの効いたギャグでも引っさげてこればちょっとは歓迎するんだけどなぁ…。
平穏が音を立てて崩れるじゃないか、コンチクショウ。



せっかく人の家まで突っ切って、時には塀の上を駆け抜けてうまく撒いてきたというのに!!



「げっ!!もう追いつかれた!!」

「…クスクスクスクス…」


明らかに動揺する私を、鹿目は面白そうに見ている。
三象君は額から汗を流してオロオロとして…どうやら心配してくれていることは分かった。
…があぁとしか言わない彼の言葉を理解することは出来ないのだけれど。きっとこの先も理解できないけど!!
軽く鹿目を睨んで舌打ちをすると、即座にグラウンドとは反対方面へと駆け出した。
しかし、横を見ると鹿目と三象君も一緒に走っている。
何故だろうと考える暇もなく、牛尾を撒くに最適なルートを探しながら学校内を駆け抜けた。


君〜!!一緒にラブラブ登校しようじゃないかぁ〜vvvv」

「今時ラブラブとかほざくな!!それは既に死語なんだよ!!」

「良いじゃないか〜!!君と僕は赤い糸で結ばれたパートナーなんだよvvvv」

「薄ら寒いこと吐いてんじゃねぇよ!!一回死んで性根叩きなおしてこいやァ!!」

君と結ばれるまでは何度だって黄泉がえってみせるよ〜vvvv」


後ろから駆けてくる牛尾は、いつもの事ながら笑顔で、焦りなど微塵も感じていないようだった。
対する私といえば、…生きてきてこれだけ必死に走ったことはない!と言えるほどの全速力に息が切れそうだ。

…男と女の差って、結構厳しい。

……頑張っても、女の私は牛尾に並ぶことは出来ないのだ。

それでも、負けてなんてやらないけど。

このビハインドを背負って勝利を手にしてやる!!


「…クスクスクスクス…」










校舎の1階を縦横無尽に走り回った後、何とか牛尾を撒くことができた。

保健室の先生、いきなりドアを蹴破って、窓を叩き割った上で脱走してごめんなさい。
でもそれは後から来る牛尾にでも修理代を請求してください…。

そんなことを祈りながら植え込みに身を隠すと、隣でやっぱり着いてきていた鹿目が楽しそうに腹を抱えていた。
遅れて、三象君も到着したらしい。
性懲りもなく笑い続ける鹿目を止めようと試みながら、私にタオルを差し出した。
…変態ハンター牛尾や傲慢とっとこ鹿目とはえらい違いだ。
………なんか、かなり隣のとっとこ野郎がムカつく。
そう思った瞬間、私は行動に出た。


「黙らんかい、とっとこ!!ええ加減シバくぞこんがきゃぁ!!」

「ごッ…ゴメンなさいなのだ…。」


感情に任せて鹿目の学ランの詰襟を絞めると、そのまま揺さぶり罵声を吐く。
私の逆鱗に触れたことにやっと気がついたのか、首が絞まりすぎたのか…(多分後者)。
思いのほかあっさりと謝る鹿目に、私は心からの微笑みを零す。


「うん、許さんv(笑顔)…っつー訳で三象君!!こいつ借りるよっ!!」

「が…がぁ。(コクリ)」

「は…離せぇ!!ってお前も見捨てるんじゃないのだァ!!三象〜!!」

「があぁぁぁ。」

「ふっ、アンタが私の権力に勝てるわけ無いでしょ☆」

「ぎゃぁぁぁぁ〜〜!!誰か助けるのだああああぁぁぁぁ…!!」


鹿目の首根っこを掴んで(どす黒く)微笑むと、硬直した三象君の顔が縦に振られた。
三象君に今の精一杯の感謝だけを簡潔に述べると、そのまま目的の場所へと足を向ける。
鹿目の絶叫なんて気にしない(酷)。


私は、今日こそ私の身を守り抜いてみせる。

今日の平穏を獲得するために。

新しい防衛策の、成果を試すために。

…なんて、物語の主人公よろしく気取りながら、目的の場所…グラウンドを目指した。















「ふぅ…よし。これであとはアレを準備して…っと…。」

「くっ…!!いい加減に離すのだ!!」


風が止まった瞬間の、頬を伝う感触が気持ち悪い。
顎から喉へと汗が伝う前に手の甲で乱暴に拭い取る。
左手後方から叫ぶ声に視線を逸らすと、左手の先に先ほど捕まえたままの鹿目が苦しそうに呻いていた。
慌てて手を離すと、鹿目は軽く咳き込んだ。


「あ、ゴメン。鹿目には苦しかったわね、光速で駆け抜けるのは。」

「あまりの速さに燃えるかと思ったのだ…。それより朝練が始まるから僕は着替えてくるのだ。」

「早く着替えてこないと牛尾に本気で殺されるよv逃げずに戻ってきてね、ちゅちゅらんv」

「うぅ…覚えてろなのだあああぁぁぁっ!!」


去っていく後姿に脅し文句を付け足すと、鹿目はそれに押されたように部室へと駆け抜けていった。
キラリ、涙の粒が地面に吸い込まれた。


ゴメンね、鹿目。


でも。どうしても。

私は、牛尾に勝ちたいの。

鹿目がグラウンドを後にしたことを見送ってから、私は最終兵器の仕度にかかった。





一方。
野球部部室に滑り込んだ僕は、てきぱきと着替えを進行していたのだ。
多少風景がぼやけて見える…なっ…泣いてなんてないのだ!!(力説)
歪んで見える景色のせいで、着替えにいつもより時間がかかった。

牛尾が未だ追いついてこなかったことに安堵のため息を吐いて、部室を後にする。
ドアを開けて、一歩…進む事が出来なかった。
そこには、笑顔の牛尾が居たのだから…(暗黒よりもまだ黒い)笑顔の牛尾がッ!!


「鹿目君…」

「うわ!?ななな何なのだ、牛尾!!」

「僕を差し置いて君とラブラブ登校なんて良い度胸してるじゃないか…。」

「(め…目が笑ってないのだ!!こここ…このままじゃ命が危ないのだッ!!)僕は…僕は…悪くないのだあぁぁ!」

「待ちたまえ、鹿目君!!話はまだ終わっちゃいないよ!!」


牛尾の脇を駆け抜けて、僕はグラウンドへ向かう。
牛尾を止められるのは今は、だけだから。

!!お前の撒いた種なのだ!

どうして僕がこんな貧乏くじ引かなきゃならないのだ!!

思うだけじゃ足りなくて、弱音も悪態も口から吐き出す。

命のためならプライドだって捨ててやる。





「怖いのだ、寄るななのだ、ボーっとしてないでさっさと助けに来いなのだぁ!!」

「あら?口の利き方がなってないわよ、ちゅ・ちゅ・らん?」

「お願いするから牛尾を仕留めて欲しいのだ!!!」

「はぁーいvじゃ、こっちにいらっしゃいvあ、兎丸君もおいで、後でお菓子あげるから。」


泣きじゃくりながら駆けてきた鹿目を背中に庇う。
あらら…そんなに牛尾が怖かったんだ。
がくがくと震える鹿目の振動が、背中から流れてくる。
出来るだけそれを気にしないように、兎丸君に声を掛けた。


ちゃん先輩、呼んだ〜?」

「うんうん、ちょっとこの中入っててねv…鹿目も助けて欲しければ入れ。」

「分かったのだ…。殺されるよりはましなのだ、多分。」


すぐに笑顔で掛けてきた兎丸君を、筒状の物体に押し込みながら笑うと、鹿目も青ざめた顔でそれに習った。


ちゃん先輩、僕トンガレコーンのバーベキュー味が良い〜。」

「良いよ、買ってあげる。だから大人しくしててね〜。」


目線を筒に入った兎丸君に合わせて、出来るだけ優しく微笑む。
頭を撫でると兎丸君は、照れたような、嬉しそうな顔で微笑んだ。
和やかな雰囲気もつかの間。



視界の端に砂煙。



「…来る…。」



真っ向から砂煙に対峙すると、1つ、深く深呼吸をした。
ここから先は、ちょっとした演技力が必要だから。





君!!やっと見つけたよ!鹿目君を追ってこれば見つかると踏んで正解だったよvv」

「あ、牛尾vやっと追いついてくれたのね、ね、牛尾が来るのずっと待ってたのv」


自分でやってても気持ち悪くなるような、甘ぁい声で牛尾に囁く。
飛び切りの笑顔に言葉を乗せて、牛尾に届ける。
昔、これで牛尾も引くだろうと思ってやってみて、逆効果だったことは既に承知済み。
ほら…案の定、牛尾は頬を感激に紅潮させて、目を潤ませている。


「ほ…本当かい?あぁ…そんな素直な君は初めてだよ…やっと僕の愛を受け入れてくれたんだね…。」

「そうよ。だからぁ、早くこっちに来てv」

「あぁ、すぐに行くよ!!そして君を二度と放さないよ〜!!」


歓喜のあまり、手を大きく広げて駆け出してきた牛尾。
その無防備な瞬間を、私は見逃さなかった。
手に持っていたリモコンのスイッチを押す。





「ふっ…かかったなキショ牛!かッ飛んでけ〜!!」





ドオオォォォン!


「「ぎゃあぁぁァ!!」」


瞬間、筒から飛び出した兎丸君が、牛尾のみぞおちに深く突き刺さった。
隣の筒に入った鹿目は、何が起きたか理解できていないようだ。


そう、これは…人間大砲スペシャル!

…そこっ!ネーミングセンスが悪いとか言わない!

強力なバネをこつこつ巻いただけあって、最大15mも飛ぶんだから!





「うっしゃ、もういっちょ!!」

「くっ…それならこれでどうだい?」


牛尾たちの叫びにガッツポーズをしながら、第二段のスイッチを躊躇うことなく連打する(ぇ
ふらりと立ち上がった牛尾に、鹿目が向かう。
牛尾は、不敵に笑った。





カキイィィィィン!!

「うぎゃあぁぁぁぁァ!!」





聞こえた悲鳴は1つ。鹿目のものだけ。
鹿目は綺麗な放物線を描いてグラウンドの隅の木に刺さった。


「ちっ…やるわね、牛尾…。こんな時にもバットは常備してるなんて…。」

「ははっ、お褒めに預かり光栄だよ、君。野球ラブは野球部主将としては当然だよ。」



ここにきて、形勢逆転。
私にとってはこの上なく危ないこの状況。



「くっ…!!(ココは一旦引くか…。3・2・1で逃げよう…。3・2・1…)」


カウントゼロと共に、踵を返し、一目散に走り出す。
誰か助けてください!!
…そのささやかな願いが届いたのか、私は人にぶつかった。
助けを求めて、顔を上げると、そこには…。


「2・3・4・5…v捕まえたよ、君v」


牛尾が居たあああああぁぁぁぁaaaa!!


「げっ…いつの間に!!つーか勝手に人の心を読むな!カウント増やすな、この阿呆!!」

「良いじゃないか。さぁ、行こうかv」


両肩をがっちりと押さえ込まれて、それでもなお必死にもがき続ける。
その努力の甲斐なく、私はお姫様抱っこをされたままその場を後にした。







「嫌だぁ!!降ろせ変態―――ィ!!」







私の悲痛な叫び声だけが、グラウンドに木霊した。
その場で失神していた兎丸君と、(ボールでなく自分が)打たれた鹿目を部員が見つけたのは、それから暫くしてからだったとか。



その頃の私はというと…。
牛尾宅に強制連行されて、紅茶のご相伴に預かっていたのだった…。
そうして作りに作った笑顔の裏で、また明日からの作戦を練っていた。















鬼ごっこ、これまでの戦績 → 、全敗記録更新中…。







***あとがきという名の1人反省会***
はいっ、我等がキャプテン、牛尾さんでした!
最初の部分は布袋さんの「ロシアンルーレット」です。
今回のテーマは、ズバリ!人間大砲で…(殴)ゲフゲフン…間違えました、鬼ごっこです。
壊れキャプテン全・開☆です!
ついでに鹿目サンがやられキャラ。
もう…メチャメチャ楽しかったですって!!(力説)

書いてる最中に、どうやって牛尾に一撃入れようか…と考えていたら。
先生が、人間大砲の話をしてくれました。
実際、アメリカなんかで使われているものは、作中で登場したみたいな強力バネを使っているそうです。
角度を45度にして飛ばすと、本当に15mは飛ぶそうです。
…大砲同様に火薬を使って人間大砲をすると、下半身がぶっ飛びますので、やらないで下さいね☆(誰もしないって
…で、その話を真剣に聞いていた私に向かって先生が一言。

「○○さん(水上 空の本名)、…作るんですか?(イイ笑顔)」

…先生、私を何だと思ってるんですか!?
まぁ、やるかもしれないけど(爆

では、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.6.26 水上 空