何処に居てもどんな時でも。
そこに貴方の温もりがあるから、強く居られるんだよ。
記憶の片隅から、告げる声がある。





此処はいったい何処?

瞬間、広がる景色に思考回路が止まった。

見慣れた風景なんて欠片も無い。







〜夢でありますように〜







広がる大地には建物なんてひとつも無い。
ただ、真っ暗な闇が包んでいるだけの景色。

しっかりと踏みしめているはずの大地は、どこか不安定だった。
少し目が慣れてきたころには、遠くの空が紅く染まった。
激しい光を見つめると、数瞬遅れて吐き気が込み上げそうな臭いが届く。



知ってる。この臭い。
実習中に、何度か嗅いだ事がある。
人が、焼ける臭いだ。





あれ、そもそも実習って何だっけ。

どうやって此処まで来たんだっけ。





「逃げる。走れ。」

「長次?」

「構うな。早く行け。」

「長次。此処どこ?」


後ろを振り返ると、ぼんやりと長次の顔が浮かんだ。
眉間に皺をいつも以上に刻んでる。
あぁ、場所はともかく、今は逃げないといけないんだね。



長次が私を押した。

否。

長次が、私に向かって倒れてきた。



「どうしたの?」

「……………行け。」

「一緒に行こう?」

「………逃………げ、ろ。………。」


長次の体は冷たかった。
口からは、生暖かいものが漏れていた。
背中に回した手には、ぬるぬるしたものがついた。







「長、次?」







長次は、動かない。

口付けても、頬を赤らめたりしない。

鉄の味だけが私の舌を埋める。

寄り添っても。

鼓動が聞こえない。



ひんやり、冷たい、死の温度。



そんなの、そんなのってないよ。







「長次……っ!」















目を見開いた時、視界を埋めていたのは長次の死ではなかった。
忍術学園の、くのいち長屋の天井。
そこはもう、戦場なんかじゃなかった。


「夢…?」


起き上がって夜着を着ている事を確認する。
あれが夢であるという、確かな証拠が欲しかった。
心臓は、早鐘を打っている。
相当うなされていたのか、夜着はびっしょりと汗に濡れていた。



夢だ。

そう、思いたい。
それでもどこかで思う。
此処は、そういうことがいつ起きても不思議じゃない場所だと。

長次が、今もここにいるとは限らない。



夜着から忍装束に着替える時間が惜しくて、私はそのまま部屋を出る。







どうか、夢でありますように。







後ろを振り返ることもせず、気配を消す事もせず。
忍たま長屋の一室まで一目散に駆けた。















「長次…!」


ゆらり、薄明かりの漏れる部屋の襖を思い切り開いた。
そこには寝ている小平太と、机に向かう長次が居た。
ちゃんと、長次は居た。

何事かと、本から顔を上げた長次は、一瞬目を見開いて。
部屋に飛び込んだ私を、いつも通りの無表情で受け入れた。
あまりにいつもと変わらない長次に、安心したのか。
私の足も、心臓も、凄く穏やかに進む。



「……………。」

「長次………。」


長次は、何も言わずいつも通りに私を受け入れて。
夜中に尋ねた事も、汗びっしょりで抱きついている事も、怒りもせず。
私の回した腕はそのままに、優しく、やさしく髪を梳いた。
長次から回してくれた腕は、私の不安も埋めてくれる。



夢でよかった。
頬を、雫が伝う。



暖かい長次の胸の中は、広くて、居心地が良い。
無くしたくない、私の、大切な。





「長次………此処にいるよね、どこにも行かないよね………。」

「………あぁ。」





無くすのが怖くて、夢にまで恐怖を映すほど。
長次が、すきで。

頬を摺り寄せれば、汗とも涙とも分からないものが長次にも付くのに。
長次は、ただ私の問いかけに一言答えるだけ。

短くて、愛おしい言葉。
小さくて、重低音の安定した声。





「置いていかないでね、逃げる時は一緒に逃げてね。」

「………………?」

「長次、大好きだから………離れていかないでね………?」

「……………分かった。」



何があったのか、聞かずとも受け入れてくれる優しさ。



何処に居てもどんな時でも。
そこに長次の温もりがあるから、強く居られる。
記憶の片隅から、告げる声がある。

忍として生きる事を選んだはずなのに。
どうしても、譲る事のできない事。
長次を好きだと思ったときに、感じた想い。



の傍に居る。」



きっと、長次無しではもう私は駄目なんだろう。
鉄の味のしない長次の唇は、少し硬くて暖かかった。
目を見開いた長次が頬を赤くしたのを見て、私はもう一度眠りについた。










今度は、もう悪夢なんて見なかった。
目を覚ましたのはくのいち長屋だったけれど。
朝一番に長次からの消えそうに小さなおはようを貰って。
私は、今日も笑う。



此処から先、私が長次と共に過ごす日々は。
夢ではありませんように。



隣に並んだ長次を見上げれば。
昨日の仕返しだと、頬に長次の唇が触れた。







***あとがきという名の1人反省会***
…ほんとさ、どうして救いがない始まりを…orz
ごめんなさい、一応長次って言う事で…!
心のどこかで想ってる不安は夢に一番出やすいそうです。
ぐっすり寝る事が出来る方が身体にも良いので
皆さんも悪夢にうなされない様に息抜きしてくださいね!

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

2006.09.10 水上 空