校舎の影で、声を殺して泣いている幼馴染を見つけた。
…それは私にとっては、最高に幸運だったと思う。



顔を上げたに、手拭を差し出すと。
は、緊張の糸を解いたように。
大きな声で泣きはじめた。



…私の制服に、大きな染みを作りながら。





慰めるつもりで背中を叩いて、頭を撫でた。
でもそれは、逆効果だったようで。


小一時間ほど涙を流させてしまった。


私の腕の中で小刻みに震える
理由を聞いてやることも出来なかった。
幼馴染だと言うのに何も出来なくて。





…好きな人が苦しんでいるのに、何も出来なくて、自分が嫌になったのに。

制服を握り締めて離そうとしないが居たから。

あぁ、頼りにされているんだって。

にとっては、私が傍に居て良いんだって。

そう思えたから。だから。



不安な顔を見せることなく、私はそこに立って居れたんだと思う。







〜私の幸運〜







「伊作ってさー。」

「私?」


一頻り涙を出し切ったのだろう。
枯れた声で、は切り出した。
顔を伏せたまま、私とは目を合わせようとしない。
顔を覗き込むなんて無粋な真似はしたくなかった。

立ちっぱなした時間で痺れた身体。
を先に座らせて、私も後に続く。


「面倒見良いね。」

「…そう見える?」

「みんなのお兄さんって感じでさー…。」


はぁ、と大きな溜息が耳に届く。
大仰な溜息に、ついつい振り返ってしまう。
目を腫らしながらも困ったように笑うと目が合った。
勿論、すぐに目を逸らす。
泣き顔というものは誰しも他人に見られたくないものなのだから。



そこらへんに生えていた草を意味もなく千切る。

濃い緑の香りが広がる。

胸の動悸が激しい。



腫らした目を隠すことなく微笑むは、どうしようもなく。
強く、美しかった。










「すっごいお人好しだから、あたしもつい甘えちゃって…。」










肩に暖かい感触。
ビックリして、それでも表情だけは繕って振り返る。
私の肩の上には、案の定、の頭が乗っていた。


「……………?」





そういえば、昔も。
は私の肩を借りていた。

今日のように、どうしようもなく悲しかった時。
…理由を言わずに泣いていた時。



決まってそういう時に私はを見つけ出して。

…小さかったからか、今以上に何も出来なくて。

ただオロオロと理由を聞くばかりで。

終いには一緒になって長い間泣いていた記憶がある。

泣き止んで、と言うか泣き疲れて。

は決まって私の肩を借りていた。



もう、何年も前のことなのに、鮮明に覚えている。





あの日。
今よりもっと無神経だった私。
泣いているを、護りたいと思った気持ちは。
今もどうしようもなく膨らんでいる。





の甘い香り。
首筋に当たる柔らかい髪。
昔とは全然違う。

徐々に高鳴る動悸に、身体が硬直していく。
隠し切れなかった顔の熱は、首筋にまで伝わっているのだろうか。





小さな笑い声の後、肩からが離れる。
は、笑っていた。…悲しそうに。
それでも長く息を吐き出すと。
決心したように言葉を紡ぐ。
何がくるのかと身構えた私を貫いたのは、意外な一言だった。










「伊作、迷惑かけてごめんね?」










申し訳なさそうに、は言う。
本当に、私がそう感じているとでも言うように。
………目を見開くと、月の光が入ってくる。
あぁ、もうそんな時間か。
道理で、身体が冷えるのが早いわけだ。





「…迷惑だなんて思ったことはないよ。」





の顔が見えない。
…逆光のせいだと良い。





「不運委員長が何言っても無駄よ。」

「私は…今までの頼みを、不運だと思ったことなんてないよ。」





の目に、私はそう、映っているのか。
に相談されることも、の傍に居ることも。
全てが不運なためであると。





私は、の傍に居られて幸せだというのに。





「自由な時間を潰されてまで、そんなお人好し発言しなくて良いよ。」

「本当だよ、。」





は少しずつ離れていく。
追う事が出来ないくらい、身体は冷えている。
やっとで手を伸ばすと、それすらも避けては立ち上がった。

追って私も立ち上がる。
隣で伸びをするから、目が逸らせない。
…言葉も出てこない。










…言わなければならない事は山ほどあるのに。










「嘘であってもらわないと困るの。」

「…どうして…?」

「じゃないと、これからも頼っちゃうでしょう?」

「…。」

「今日はありがとうね。次から気をつけるから。」



…いつの間にか私を頼らなくても良いほど強くなった
私の前で泣いてくれたことで、昔を思い出したのはきっと私だけだ。
ゆっくりと土を払うと、笑顔で立ち去っていく。















ただ、離れていくを見送れるほど私は出来てはいなかった。















「………どうしたの………?」


気がついたら、私はの腕を掴んでいた。
控えめに尋ねるを、私は真正面から捉える。


…月は私の後ろにある。


それなのに、の瞳に映っている私は、酷く情けない顔だった。





「…が頼ってくれたのが、私で良かったと思っているよ。」

「伊作?」

「私は、が頼れると思える人間なんだろう?」

「……………そうよ?」

「頼りたいと…思える人間なんだろう?」

「そう…よ?」





が不思議がりながらも私の手を振りほどかないことを良いことに。





「それなら。」





私は、距離を詰め…を抱きすくめた。
情けない顔を見せたくなかった、というのもある。
恥ずかしかったというのも、確かにある。





「私を、ずっと頼ってはくれないかな。」

「………い、さく?」





でも一番は。





「私の傍に居てはくれないかな。」





誤解を、解くほどに。
気持ちを伝える行動を、私が知らなかったせいだ。

溢れる涙を、抑えるほどに。
私が、大人ではなかったせいだ。



私より、一回りも二回りも小さいのほうが。
私より、一回りも二回りも大人なようだった。

後先なんて考えずに行動したはいいものの。
どうして良いか分からず固まった私。
硬直したままの私を、最初に現実に戻してくれたのは。





の、細く、小さな腕だった。
それは私の背中に、優しく回される。
恐々と。しっかりと。

涙だけ隠して、を見る。
隠して良かったと思った。















「……………い…いの?」

「勿論。」





2人とも泣いていたら、誰も慰めることなんて出来ない。





「厄介事、増えるかもしれないのよ?」

「厄介なんて思わないよ。」





私は、笑う。





「毎日、五月蝿くなるのよ?」

「楽しそうだと思うけど。」





ゆっくりとの頭を撫でて。





「…それから、それから…。」

「何?」





涙を掬って、口に含んだ。
しょっぱいと感じる前に、暖かいと感じた。

キッと睨むように私を見る
意を決したように一言言い切る。










「別れてなんてあげないから。」

「………と、一緒に居たいんだよ?」



優しく、告げる。
目線を合わせるために少し腰をかがめた私。
は熱くなった顔を肩に乗せる。










「好きだよ、。」










抱きしめるより早く、髪に口付ける。
月の薄明かりに、の耳が染まったら。



私は、今日の幸運を神に感謝するのだろう。





あぁ、今年の運は使い切ったかな。

一瞬そんな思いが頭を掠めたけれど。

が居てくれるだけで幸運なのだと思う。







私の幸運は、いつもの傍にある。

君が居てくれるだけで、私はこんなに幸せなのだから。







***あとがきという名の1人反省会***
伊作君です、不運委員長ですよ!
ねぇ、キャラ掴みきれてないような気がしますが…。
コレあってますか?誰か教えてください(ぇ
今回はネタ的にお互いに支えあって生きてくとか、
相手の迷惑にはなりたくない、とか。
頼ってくれると嬉しい、とか。
普段あまりいえない事を書いてみました。
分かってくださった方がいると良いなぁ…(遠い目
あ、そういえば1か所「月」と「ツキ」をかけました(笑

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.01.05 水上 空