「ッ!」 「遅刻ね、伊作。」 「ご、ごめん。どうしても抜けられない用事が…」 「…ったく…不運委員長め。」 約束の時間を2時間ほど遅れて。 やっとで伊作は待ち合わせの場所に姿を現した。 「待っていてくれてありがとう。」 額に光る汗を拭うのも忘れて、侘びを述べる伊作。 辛そうには見えないが、…申し訳なさそうな顔。 何度も頭を下げる仕草が、どうしようもなく愛しかった。 「あたしが待たなくて誰が待つのよ?」 珍しくあたしから距離を詰める。 いつもとは逆に伊作に手拭を差し出す。 伊作が頭を上げたのを見計らって。 受け取る間も与えさせず、額に手拭を滑らせた。 〜前から、ずっと〜 「あ、…ありがとう。」 柔らかく微笑む伊作に、あたしは苦笑する。 落ち着いてきたのか、汗は次第に引いていった。 顔を拭う手拭をそっと離して、再び距離と取る。 「無理に走ってこなくても良かったのに。」 「ううん、に早く会いたかったから。」 「ありがと。」 無防備な伊作の笑みには、未だ慣れていない。 ストレートな言葉にも、慣れることはない。 顔が火照るのが良く分かる。 悪い悪いと思いながら、今日もあたしは目を逸らす。 対する伊作は、別段気にした様子もなく。 微笑みを深めて、あたしの髪を梳いていった。 怒ってなくて、良かった。 安堵の表情から漏れた息が頬に掛かる。 あたしの無礼に怒ることのない優しい伊作。 吐息が掛かるたび。 伊作が微笑むたび。 手が触れるたび。 何度も、慣れることもなく…狂おしいほどドキドキした。 縮こまろうと身体を竦めた瞬間。 「それとね、これも。」 熱くなった頬を覆っていた手を優しく捕らえられた。 同時に伊作の手とは違うひんやりとしたものがあたしに触れる。 伊作の手が覆っていて、何かは分からない。 どうして良いのか分からずに、あたしから伊作を見上げる。 嬉しそうに微笑む伊作をしっかりとあたしの瞳が捉えると。 待っていたかのように、ゆっくりと手は外された。 「………これ。」 瑠璃色の簪があたしの手に乗っていた。 光を受けて、あたしの手の中でクルクルと色を変えている。 どこか見覚えのある、それでも見惚れてしまう色。 どこで見たのか…必死に記憶を辿る。 思い出せなくて首を傾げると、伊作がそっと助け舟を出した。 「前にと街に行ったとき、これを見てただろう?」 確かに、この前伊作と街に降りた。 あたしが簡単な任務を任されて。 ちゃんと任務をこなして帰ってきたら、一緒に祭に行こうと。 その約束が嬉しくて、予定より早く、きっちりと任務をこなした。 何より、あたしを信頼してくれる伊作が嬉しかったのを覚えている。 そうか、その時だ。 祭に出ていた屋台で、この簪を見つけた。 本当はただ綺麗で見ていただけだったけれど。 …伊作は、それを見ていてくれたのだ。 伊作に視線を戻す。 照れくさそうに笑う伊作は、あたしの頬を撫でる。 触れた感じがしなかったのは、きっと。 伊作の温度が、私のそれに限りなく近かったからだと思う。 「うん、やっぱりに似合う。」 簪をあたしの髪に付けて、伊作は満足げに笑った。 身体ごと引き寄せられて、伊作の腕の中。 あたしは初めて、伊作の心音の速さを知る。 あたしのとそう変わらない伊作の心音に。 溶けてしまいそうだと、錯覚した。 「大切にするね。」 「うん。」 「ありがとう。」 「気にしないで。…前からずっと渡せなかっただけだから。」 染まりすぎて上げられなくなった顔を伊作の胸に押し付け、あたしは言う。 心音の合間に、伊作の声がする。 回された腕の力強さも、布越しに伝わる温度も。 初めて知ったはずなのに、懐かしかった。 前からずっと、欲しかったものが、今。 手に入ったんだと思う。 否。 戻ってきたんだと思う。 瑠璃色の簪が、クルクルと色を変えながら揺れた。 ***あとがきという名の1人反省会*** プレゼントと言うものは、嬉しいものですね。 今回のネタは4分の1実体験でお送りしました。 不運委員長にしたのは、相手が余りに似ていたから。 うん、性格とか行動とかね。激似だったので…。 あ、ついでに簪(かんざし)ですが。 室町時代に合わせてみたものの…主人公さんに 喜んで貰えるものを考え付かなくて悩みました(苦笑 んんん、ついでに落忍は全部短いな(汗 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2006.01.09 水上 空 |