放課後。 会計委員会の後片付けをしながら。 「ねぇ。」 「何だよ。」 あたしは、広い背中に問いかけた。 振り向くこともなく、黙々と手を動かす…文次郎に。 沈黙がイヤだった訳じゃない。 ただ、…本当に聞きたいことがあったから。 …そういうことにしておく。 「どうして、あたしを選んだ訳?」 「…は?」 広い背中が振り向いた。 怪訝に顔を顰めて、それでもようやくあたしと目を合わせる。 集めた帳簿を一旦机に置きなおしてから、どっかりと腰を下ろした。 座っていたあたしに、目線を合わせてくれたのだと思う。 で、と続きを促されて、あたしはまた話し出す。 その眼差しは、意外に優しいものだった。 「…他にも、イイ人いっぱい居たくせに。」 どうして、あたしを選んだの。 そうでなくとも学校1、忍者していると評判の文次郎が。 自ら、禁を犯すなんて。 どうしても、どう考えても。 昨日の告白は、信じがたかった。 〜飾り気のない言葉〜 「。」 後ろから掛けられた声に、ゆっくり振り向く。 「…ビックリした。文次郎か…。」 言葉で言うよりビックリはしていなかった。 確認をせずとも、それが誰なのかも知っていた。 完璧に近い気配の消し方。 息遣い。 声をかけるタイミング。 降り立った足音。 文次郎のものであると知っていた。 今まで傍で見てきたから。 知らず知らずに探しぬいて。 刻み込んだ、文次郎の癖。 誰よりも分かる自信があった。 「話がある。」 「何?」 短く言って、文次郎は隣に腰を降ろした。 触れるほど近い距離に一瞬体が強張る。 跳ねた肩に、程なく文次郎の手が回された。 「………お前が、好きだ。」 耳元で、囁く声。 甘い、とは程遠い、掠れるような。 痛いくらい真剣な声が私を射す。 顔は見えない。 しっかと抱きとめられている体勢。 首辺りに伝わる熱を信じるならば、確かにそれは。 熱かった。 「…冗談…でしょ?」 「お前の好きなように取れば良い。」 「ちょ、文次ろ…」 「それだけだ。」 溶ける前、あたしの頬を1撫でしていく。 男らしい、ゴツゴツした手。 そのまま、文次郎は闇に溶けていった。 月に照らされたあたしの影が、回廊に伸びていく。 夜風に吹かれても、暫く熱は抜けなかった。 お前が、好きだと。 声は、確かに文次郎だった。 疑うこともなく、すんなりと受け入れてしまうくらい。 嬉しかった。 けれど。 「………そんな奴居ねぇよ。」 「下級生からだって、人気あるじゃない。」 「知らねぇよ、ンなこと。」 「知らなくても、理由くらい聞かせてよ。」 冗談なら、早くに言って欲しかった。 実は授業で、人を騙す課題が…。 ありがちなことだ。文次郎ならやりかねない。 あたしなら、引っ掛けやすそうだ、とか。 そんな下らない理由で。 女に、興味のなさそうな。 忍者の、文次郎が。 昨日までただの友達で。 一緒に馬鹿やってきたあたしを好きになるはずがない。 だから、もしそれが本当なら。 確かな言葉が、もう一度欲しかった。 あたしが、文次郎を好きなのと、同じくらい。 文次郎も、あたしを想っていてくれると。 信じられる言葉が。 「……………べっつに。」 「何よ。」 「理由なんてねぇよ。」 真正面からあたしを捕らえていた文次郎の目は、逸らされてしまった。 机に置いたままだった帳簿をもう一度持ち直して、立ち上がる。 そのまま部屋を出て行くだろうと思っていたのに。 あたしの上には、まだ、文次郎の影が残っていた。 差し出された手を取る。 「………文次郎の馬鹿。」 「うっせ。」 ぶっきら棒な言葉と裏腹に、あたしを起こす力は優しい。 文次郎の目は、泳いでいた。 顔は………多分あたしよりも数段赤い。 「…強いて言うなら。」 「何?」 「だから……かもな。」 モゴモゴと小さく呟かれた声を、あたしはしっかりと胸に焼き付けた。 小さく袖を握ったけれど、それはほどかれることはなかった。 飾り気のない言葉。 疑えるはずがない。 「文次郎。」 「今度は何だ。」 「あたしも、文次郎が好き。」 「ずっと、好きだったわ。」 口だけパクパクと動かす文次郎に、帳簿を押し付けて逃げた。 程なく、先回りされた廊下で、しっかりと捕まえられた。 …いや、抱きしめられたのは、言うまでもない。 ***あとがきという名の1人反省会*** 拍手用に書いた初夢です。 今回リニュを経て、載せてみました。 ついにジャンルに増えちゃったね、落第忍者乱太郎…もとい忍たま。 6年生を中心に書いていけたらなぁと思ってます。 今回は私的に大好きな文次郎をお届け。 彼はヘタレイメージが強い中、私の中では 格好良い6年生に美化して解釈されています。 誰よりも男!しているサブキャラ(此処重要)なので、 とても好みなんですよねぇ…(惚 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2006.01.02加筆修正 水上 空 |