ビュンビュンと、何かを振り回す音が聞こえる。
風の音とは違う、重い音。
廊下を右に折れると、そこは突き当たりだ。
目当ての人物は間違いなくそこに居る。


「…何してんの。」

「自主鍛錬に決まってるだろ。」

「こんな夜中に?」

「うっせぇ。」


後ろから声をかけると、振り返りもせず答える。
さっきまで剣術の練習をしていたのだろう。
筋力トレーニングをしている横に、木刀が横たわっていた。

きっと、何時間も前から続く自主鍛錬。
他者を寄せ付けない雰囲気を身に纏って。
文次郎は、己のために汗を流していた。







〜香りが包む、傍に居られる喜び〜







「そんなんだからクマが酷くなんのよ。」

「…なら、勲章とでも、言うべき、じゃないか?」

「…身体壊したら元も子もないじゃない。」


溜息を付きながら廊下に腰を下ろした。


冬の真夜中。


日が昇るどころか星影もない暗がり。


気温だって低いのだから、身体を壊しかねないというのに。





どれほど、忍者馬鹿なのだろうか。





幾ら心配してもやめないことは分かっている。
だからこそ。
私も、心を休めることが出来ないのだ。










遠くで揺れる文次郎の身体。

疲れを知らないわけではないのに。
文次郎は己の身体を酷使し続ける。

たまには、休んで欲しいものだ。















「何だ、心配してんのか。」

「どうでしょうね。」


雲に隠されていた月が現れる。
サアッと漏れた光に、文次郎が照らされた。



…はずだった。



私の目線の先には、文次郎は居なかった。
否、確かにそこに文次郎は居た。

文次郎は、鍛錬の手を休めて。
私の目の前でニヤリと笑っていた。


「心配してるんだろ、。」


訳知り顔の文次郎は、楽しそうに隣に腰を据える。
額から頬に伝った汗を、少々乱暴に拭う。





汗を取り払った文次郎の顔は、凄く生き生きとしていた。











「…無茶する馬鹿が居るからね。心配もするわ。」

「…ンだと?誰が馬鹿だ、誰が!」

「さぁ?」

「……喧嘩売ってンな?」

「あら、文次郎が自分で認めたんでしょ?」

「あぁ!?」

「私、誰も文次郎が馬鹿なんて言ってないでしょ?」

「………可愛くねぇな。」


ヒクヒクと顔を引きつらせる文次郎を見て、私は笑う。
怒りが頂点に達したのか、文次郎は私に軽くデコピンをしてきた。
打たれたところが、ジンジンと熱い。

それでも懲りることなく笑う私に、文次郎は首を傾げた。



鍛錬中とは違う。
素の文次郎を見せてくれることが嬉しい。

何より、鍛錬の邪魔だと言うのに。
私を追い払うことなく、傍に置いてくれているのが嬉しかった。

…なんて、調子に乗るから絶対に言ってやらないけど。











「文次郎。」

「今度は何だ。」


まだイライラしていたのか、顔を背けて文次郎は答える。
答えないなんてことは今まで1度たりともなかった。

どれだけ怒っていても。
私の言葉を余すことなく受け入れてくれる。





嬉しくて、嬉しくて。





「お疲れ様。」

「お、ちょっと!」





思わず抱きついた。





必死に、と言うか単に慌てて文次郎は私を引き離しに掛かる。
少しだけ離れた体勢は、顔が確認できる距離。
月に照らされてなお、赤い文次郎の顔を見ることが出来る距離。
頬を摺り寄せると、顔を背けられた。


「なぁに〜?」

「お、俺、今汗臭いから寄るなよ…。」

「べっつに。」

「気にしろよ、ちょっとは!」





もう我慢ならん!と、文次郎は私を少々荒々しく引き離す。

眉間には深く皺が刻まれていたし。

声だって荒げられた。

けれど、嫌がっていたわけではないことが良く見て取れた。





開いた距離を、もう一度無理やり詰める。
今度こそしっかりと文次郎に抱きつくと、一言付け足した。



いいの、と。

だってね?










「私の一番好きな文次郎だもの。」










制服越しに響く、文次郎の鼓動。

耳を付けると、少し速度が速まる。










「汗の香りも、全部含めてね。」















文次郎の広い胸の中で呟くと。

不意に顎をとられて、身体を離された。

強引な口付け。

時折香る、文次郎の汗の香り。





組み敷かれる体制になってなお。

私は文次郎の口付けを欲した。










心を満たす、文次郎の香り。

汗の香りが包む、傍に居られる喜び。



きっと、文次郎の汗の香りがするたび。

私は、心満たされて微笑むだろう。

愛する、文次郎の腕の中で。










。」

「何?」

「愛してる。」

「知ってるわ。」





私は、心満たされて微笑むだろう。







***あとがきという名の1人反省会***
文次郎が大好きです。(キッパリ
でも何故か伊作ばかりを書いていたのです。
ネタ的には伊作と少し被ってますが、
シチュエーションが違うから良いかなってことで。

汗臭いのだって何だって男の勲章ですよ。
っていうか相手が文次郎ならそれd…(殴

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました(吐血

2006.01.06 水上 空