桜の木の枝が微かに揺れた。
見上げると視界を花びらが埋め尽くす。
探し出せた訳じゃない。
ただ、何となく。


「文次郎先輩。」

「来たのか、…。」


文次郎先輩がここに居る気がして。
返ってきた返事に、言葉を掛けた私のほうが驚いた。
覗く顔は、いつもより幾分穏やかだ。


「どうした、早く上がって来い。」

「手、貸してくれますか?」

「しゃーねぇな。」


桜の木の上から伸ばされた、ゴツゴツの掌。
力強く引っ張り上げられて、私は文次郎先輩の隣に並ぶ。







〜大事なものがあるだろう〜







ただ文次郎先輩に、会いたくて。
卒業式を終えた先輩達を待ち伏せていたら、そこに文次郎先輩は居なかった。
やっとで見つけて、隣に座ってみたものの。
隣に座る文次郎先輩は、学園の景色を見ていて。
その眼差しの先を追うばかりで、私は肝心なことを言うのも忘れていた。


「卒業、おめでとうございます。」

「シケた面して何言ってやがる。」

「何って………」


祝いの言葉を紡ぐことすらさせてもらえないのか。
ぐっと、下唇を噛んで俯く。


「俺の門出は祝い事じゃねぇのかよ?」

「祝い事です、もちろん。」

「なら、笑って送り出せよ。」


見上げた先、文次郎先輩が、真っ直ぐに私を見る。
少し切なげに笑っているのは、気のせいか。





「お前ももう、最高学年になるんだろ。…出来るな?」





本心を隠すのは、上手くなった方だと思っていた。


なのに。


文次郎先輩の大きな手が、私を撫でる。


ただ、それだけで。





「出来…ません。」

「おいコラ。」





どうして、私はこんな事を言ってしまっているんだろう。





「…卒業なんて、しないで下さい…。」

「聞き分けろ、。」





文次郎先輩の邪魔をする一言しか、言えないんだろう。
きっと、先輩、嫌な顔してる。
眉を寄せて、険しい顔。
今日が最後かも、今が最後かもしれないのに。










「私、もっと文次郎先輩の傍に居たい………ッ!」










もう顔は上げられない。
涙は上手く止められるのに、どうしてこんなに。
子供のように、首を振るばかりで。
好きな人の成功を祝うことすら出来ないんだろう。





「文次郎先輩が居なくなったら、私………ッ」

「うるせぇ。」


何度目かの掠れそうな声を上げた時。
力強い文次郎先輩の腕に引かれ、気付けば腕の中。
ぎこちなく宥める手が、頭を上下する。
軽く、背中を叩かれれば、涙が溢れる。















「ンなことより、大事なモンがあるだろう?」















広い背中に腕を回せば、声が降ってきて。
何かが、私の中で切れて。
文次郎先輩の忍び装束を大量に濡らしてしまった。





先輩は、怒らなかった。

ただ、私を宥めて。

額に軽く口付けられた事で跳ねた顎を捉えると。

強引に目元に口付けて…涙の後を消した。










「心は、…俺の心はと共に在る。」


視界の中、もう桜なんて見えない。
桜の花、降る光景が綺麗なんて、もう分からない。
一言、告げた先輩。
今の私には、それだけしか見えない。


「………せん、ぱい。」

「休暇に訪ねることも、道すがら寄ることも出来る。」

「でも…忘れたり、………」

「する訳ねーだろ。」





文次郎先輩の低い声が、私の頭を駆け抜けて回る。
まるで、呪文のように何度も。

私の不安をことごとく打ち消して。

ぼんやりとした視界の中。

文次郎先輩は、優しく笑ってた。



至るところに落とされる口付けが熱くて。

回らない頭に浮かぶのは、1つだけ。










「だから、今は笑って俺を送り出せ。」










文次郎先輩が、大好きだってことだけ。










「文次郎先輩………。」

「何だよ。」

「顔、赤いですね?」

「うっせ。」


ぱっと顔を背ける文次郎先輩に、もう一度擦り寄って。
私は、もう一度告げる。


「卒業、おめでとうございます。」

「…ありがとな。」





そうだった。
好きだから、応援するんだった。
好きだから、成功を願うんだ。

離れることばかりが目に付いて、忘れていた。
目に見えるものだけが全てじゃない。
大事なのは、目に見えない部分だ。



心が、繋がってる。
それだけあれば、大丈夫。



どこに居ても、何をしていても。
貴方を想うことが出来る。
貴方を目指して強くなれる。



大事なものは、きっとそこに在る。





ちょっと赤くなった目を擦って、文次郎先輩に笑う。
今日が最後じゃないと知っているのに、悲しむのは反則だ。
頭の近くで、安堵の溜息が漏れた。
ごめんなさい、付け足すと、気にするな阿呆といつも通りにお叱りが飛んだ。



変わらないのが心地良い。



きっと、文次郎先輩が卒業しても。

私達は、今まで通りだ。



そう、思えた時。


「そうだ、。」

「はい?」


文次郎先輩は、華麗に枝からジャンプ。
音も立てずに地面へ降りる。
突然の事で、対処が遅れた私を見上げて、ニヤリと笑う。


「迎えに来るまで、ソレ大事に持っとけ。」


指で示された部分を見ると、クナイが1つ。
見慣れたそれは、文次郎先輩の愛用の。


のは俺が勝手に持ってくからな。」


驚いてさっきの場所を見てみれば、そこにはもう先輩は居なくて。
少し先で、もうひとつのクナイを指で回している。










「待ちきれなくて取り返したくなったら、いつでもかかってこいよ。」










これまで見た中で、最上級の笑顔。
桜舞う中、文次郎先輩は微笑んでいた。





これは、貴方に会いに行く為の勝手な理由。
許してくれるなら、いつでも飛んでいくよ。

もう少し後、1人が耐え切れなくなった頃に。

ほんの少し、今より上手くなった忍術と。
貴方を想う、心だけをつれて。





もう一度文次郎先輩に追いつくと、指切りをして別れた。



大仰な別れはいらない。



望めば会えると、知っているから。







***あとがきという名の1人反省会***
ラブ文次郎!もうちょっと前に書きたかったよ…。
これ、卒業祝いに千鳥ちゃんが書いてくれたイラストを
元に作成した夢ですv(そのイラストは大正設定だったけど。
有難う!お陰でネタが浮かんだよ!

別れの季節なんだけど、それを悲しむより、
会う気さえあれば結構会えるんだから、
今を笑って過ごそうよって話です。
文次郎の気の利かせ方がまた…キザいですけどね(遠い目
まぁそこは目を瞑って、幸せ気分に浸ってください(苦笑

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.04.01 水上 空