「…おー…奇跡的に夕飯前じゃねーか。さすが俺。」 算盤を弾き終えて、首を捻ると関節が大きな音をたてた。 小平太を会計委員会室に残し、自室に戻って無心に仕事。 飯の時間に間に合ったのは良いが、これから学園長室に行かねばならん。 小言が続けば夕飯に間に合わんくなるかも知れんな。 …と、まぁそれは置いておいて。 (どうせ非常食に鉄粉おにぎりもあることだ) (飯の心配など忍者には不要だ、特にこの俺には) 飯の事などどうでも良い。 「………には………報告しねーとうるせーだろうな。うん。」 部屋を出て、学園長室に向かう。 早足で。 座りっぱなしの足には、少しだるさが残っている。 だが、知るか、そんなこと。 へ、報告しないといけない。 終わった、あの量を夕飯前だ、凄いだろうと。 あいつの顔、頭に浮かぶのは笑顔だけ。 あぁ、それだけで頑張った甲斐も…………… 「私が何ですかー?」 「うおっ!?脅かすなよ、!」 「や、呼ばれたし気づいてると思って。」 後ろから声をかけたは少し驚いた顔して。 それから、ふんわりと楽しそうに笑った。 (あぁ、この顔が見たかったんだ) 〜戦場の最強忍者―第8X回:文次郎、心の反省会―〜 「それ、ちゃんと終わったみたいですね?」 横に並んで歩き出したは両手に抱えた書類に気付く。 持ちますよ、と手を差し出した。 手が触れる寸前に書類をもう片方の手に持ち替えた。 こんな重いもん、お前に持たす訳ないだろうが。 「当たり前だろ。俺に不可能はない。」 「ほんと、そのようですね。さすが文次郎先輩。」 「だろう。でなきゃ会計委員長は務まらん。未来の学園長もまた然りだ。」 「えーと、日々精進あるのみ!って事ですか?」 「そうだ。」 俺の事を良く分かっている。 完結に俺の言葉を理解し、纏める。 頭巾の上から頭を撫でれば、嬉しそうに目を細め。 そんなを見て、次第に俺の歩調も、表情も緩む。 「は、今まで何をしていた?」 気が緩んだら、口が緩んだ。 どうして此処にが居るのか、単純に知りたくなった。 「へ?」 「あのまま、保健室か?」 「はい。新野先生がお見えでなかったので。団蔵君の手当てを。」 「ふぅん…。」 団蔵と出て行ったのは知っていた。 人の良い、後輩思いのが、保健室に行くだろう事も。 けれど、手当てまでしていたとは。 どうにも面白くない。 「それが、何か?」 「いや、相変わらず人が良いやつだ、と思ってな。」 「でも怪我してる人を放っておく訳にもいきませんし。」 「万人にそうするやつは稀だ。それに放っておいた方が良い場合もある。」 「…放っておいた方が良い場合って、どういう………?」 どうして、こんなに。 普段は物分りがずば抜けて良いくせに。 「自分が同等、若しくはそれ以上に手傷を負っている場合。」 俺が言いたい事は、残らず汲み取るくせに。 「そして、もうひとつ。…人がそれを望んでいないときだ。」 こんなに。 こんなに俺の心をかき乱すんだ。 俺の気持ちをもっと分かれ。 「でも…団蔵君、喜んでたから。」 「それは、」 団蔵が、お前を好きだからっていうだけで。 好きな奴に、優しくされたら喜ぶのが当然で。 「え?」 俺は、素直に喜べる、お前に甘えられる。 団蔵が羨ましい。 「いや。先戻ってろ。俺はこれを提出せねばならん。」 「あ、せんぱ…」 チッ。 舌打ちだけ残して、俺はもう一度歩幅を広げる。 学園長室まで、道のりは半分くらいだ。 規則的に足を動かせばすぐだ。 そうすれば、忘れられる。 心に残る、憤りと、の訝しげな顔。 言いかけた言葉と、の悲しげな声。 息を吸い込み、背筋を伸ばし。 失礼しますと声をかけて、俺は学園長室へ足を踏み入れた。 「長かったですねぇ、お説教ー。」 夕暮れ、というか、もうその時間も後残り僅かか。 暗がりの廊下に、は居た。 学園長室の前に陣取って、座っていた。 「な、んで…此処に居るんだ、。」 「話が続きだったから、待ってました。先輩のこと。」 「戻ってろって言ったろ。どうせ長くなるんだからよ。」 「私が決めたんですから。先輩のこと待ってるって。」 「このお人好しが。」 動こうとしないは、振り返ることもしない。 明るい声はくぐもっていて、隣に座った俺を確認する事もない。 俺の好きな笑顔で笑う訳ではない、ただ。 膝を抱えて、小さく消えそうで。 「わぁ、褒め言葉ありがとうございます。」 「棒読みで答えんな。」 「これも、余計でしたか?」 今にも泣きそうな声は、物凄く小さくて。 (どうしよう、どうしよう、酷くを傷つけた) 「は?」 「先輩は、私が居たこと、迷惑ですか。」 (どこにだろう、どの言葉にだろう) (傷つけた言葉と思しきものが多すぎてもう分からない) 「………何が言いたいんだ?」 「いえ。ただ、さっきの話と、先輩の眉間の皺に、不安になっただけです。」 今更、そんなことを思っても遅い。 傷つけたことには代わりがない。 眉間の皺はいつもの事かもしれない、の事で悩む時は。 真剣に考えているから、眉間に皺が寄るのだ。 でも、それはは知らない。 「………待て、。」 伝えなければ、肝心な事は伝わらない。 を、傷つけて傷つけて、気付いたのなら。 これからは同じ過ちは繰り返さぬよう。 いつも思う。 素直に、なろう。 歩き出したの手を掴んで止める。 振り返ったの顔が、胸に痛みを残す。 「今から飯でも一緒に喰うか?」 「…でも。」 「俺が邪魔な奴を傍に置くと思ってんのか?」 けれど、今日はもう少し言葉を。 が、もう一度俺に笑いかけてくれるように。 許してくれるというなら、頭巾の上から頭を撫でて。 「、食堂行くぞ?」 「……………はいっ!」 夕食のメニューはなんだろうな、呟けば。 さばの味噌煮定食ですよ、楽しみですねと、の声が続く。 俺が笑えば、きっとも笑う。 本当は、の事で悩む事すら俺にとっては。 愛しい、ことなんだ。 (あぁ、やっぱりその笑顔が見たかった) ***あとがきという名の1人反省会*** どれだけの人が覚えていたでしょう…。 これ、短編夢の盛り合わせ系、文次郎も中心だってこと。 会話だけ出来ててもアップできませんよね(遠い目 遅くなりましたが文次郎編をお届けです。 今回若干書き方を変えてみました。 こんな書き方もたまには楽しいです、書きやすいし。 皆様が気に入ってくださると幸いです。 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2007.03.17 水上 空 |