夕暮れの中庭。
食事も済んでしまった今、此処を通る人は皆無だ。
訓練場からも遠い此処で、私は1人。


「私が何したって言うのよ………。」


縮こまって、丸まって。
誰の目からも消えてしまいたい、そう思いながら。
先程聞いてしまった陰口を、必死で頭から引き離そうとしていた。


「こんな顔………好きで生まれたんじゃない………ッ!」





―男遊び、激しそうよね。

―顔が良いからって、全てが手に入るわけじゃないのに。

―人の恋人にまで、手ぇ出してるって聞いたわよ。





生えていた草に八つ当たりをしても。
どれだけ耳を塞いでも、頭を振っても。
延々と繰り返される陰口。


私には、陰口に耐え切れるだけの心など………。


頬を、雫が伝うのも。
止めることすら出来ないのに。







〜真っ向からの褒め言葉〜







「誰。」


どうして、こういうときに限って。
普段人など寄り付きもしない此処を選んだというのに。
無様な姿を晒しているのに。


「おや。見つかるつもりは無かったのだがな。」

「………立花、仙蔵………。」

「知っていて貰えたとは光栄だ。。」



立花仙蔵は、私の傍に居るのだろう。



私は振り向くこともせず、ただ頬を濡らす雫を取り払う。
ずずっと鼻をすする音が、あいつにもきっと届いている。
それでも、あいつは何をする訳でもなく。
ただ、私から少し離れた位置で立っている。





「寒い台詞は他所でやって。」





パンパンと音を立てて制服を払うと、あいつを振り返ることなく歩を進めた。
これ以上の弱みを見せるわけにもいかず。
ありったけの自尊心をかき集めて声を絞り出す。

出来るだけ、早足で。
あいつに、心配をかけず。
早く此処から立ち去らなければ。










「少しは私の気遣いに気付いてくれると有難いんだがね。」



私のすぐ後ろ。
声からして、きっと手を伸ばせば触れるくらいの距離。



「なら今すぐ立ち去りなさいよ。」

「冷たいな。」



私の敵対心剥き出しの声音を受けても。
立花仙蔵は立ち去ろうとしない。

それどころか、コロコロと楽しそうに笑って。

先程。一番初めに声をかけたときと同じく。
私の後ろを一定距離を保ったままついてくる。










「邪魔なのよ。放っておいて。」


至極楽しそうな声に声を荒げる。
同時に振り返って、平手打ちでもしてやろうかと思っていたのに。
そこは流石にい組の忍者、いとも簡単に私の手は捕らえられてしまった。



ぞくり、背中が痺れるように疼く。



向かい合う形になった、立花仙蔵の顔。
さっきまでからかうように笑っていただろうに。
どうして、この男は。





「出来る訳が無いだろう。」

「何でよ。」





こんなに、真剣な瞳で私を見返すのだろう。

掴まれた手首から、心臓の音が伝わらなければいい。

今はまだ、余裕ぶっていたい。

だって、こんな奴相手に。





「私は女に優しい部類で通っているんでね。」

「………なら、余計立ち去るべきでしょう。」

「何を言ってる。」





魅せられているなんて。

私だって、忍びとして生きていく道を選んだはずなのに。





「それが、泣いていた人間の言うことか?」





こんなに簡単に。
感情を殺せなくなるなんて。















「綺麗な顔を歪めてまで、無理に踏ん張ろうとするな。」


そっと、立花仙蔵は私の頬に触れる。
あまりにも慣れた手つきだったからなのか。
私が無用心すぎるほどに心を見せてしまっていたからなのか。

気遣わしげに言われた言葉が心に響いて。
じわり、涙が浮かびそうになる。


「泣けば良い。愚痴くらいなら聞いてやれる。」

「あんたに…言うことなんて何も無いわよ。」


いつしか腕の拘束は解かれ、視界を奪われ。
私は、先程まで癇に障る言葉を発していた声に素直に従って。
立花仙蔵の腕の中。

ただ、壊れ物に触るように触れてくる手が。
どうしようもなく不安を取り除いてくれたのを知っていた。
同時に、………立花仙蔵への、先程までの嫌悪感が無くなっている事も。





「本当にそうか?」

「そうよ。あんたなんかに言うことなんて、なにひと…」


苦笑するような、ふっと零れたような。
そんな、柔らかい確認に。
少しだけ突っかかるようにして、顔を上げる。















ふわり、立花の香の匂いが強まった。















「そう突っかかるな、。」

「………呼び捨てて良いなんて言ってないわよ。」

「おお、怖い怖い。先程までのしおらしさはどこへ行ったのやら。」

「ちょっと!」


力いっぱい立花を突き飛ばすと、立花はようやく離れた。
私の怒りなど、風にでも吹かれてる程度にしか感じさせず。
軽く塀の上に飛び乗ると、もう一度こちらを振り返る。


「仙蔵だ。次からはそう呼べ、。」

「誰が、あんたなんかを………。」

「すぐに慣れるさ。」


今まで、見たことのないような。
真剣で、柔らかい眼差しで、私を射る。





「私に頼りたくなったら、呼べば良い。」





何もかも見透かしたように。
私の答えを、既に知っているように。





「美しいが呼ぶのを、私は待っているよ。」





意味ありげな笑みをもう一度投げてよこして。
音も立てずに消えていった。










残された私は、1人呟く。


「………何よ。お節介。」


押さえた額から香る、立花の香り。


今まで悩んでいたことが嘘のように消えていく。
陰口の事なんて、すっかり悩みとして数えられなくなって。
残ったのは、隠すことなど出来なかった私の感情と。


「居るんでしょう?………仙蔵。」

「呼んだか、。」





、私の名を呼ぶ仙蔵の声。

そして。

自分でさえもいらないと罵った顔への、真っ向からの褒め言葉。










額への感触が口へと移動した頃、やっと。

私は、仙蔵への感謝が口に出来たのだった。










有難う。







***あとがきという名の1人反省会***
私の持ってるイメージと、読んでみたいの声1つ。
ついでにネタがあったならー?
似非似非仙蔵の、できあがりぃ!!(ニャー●のパーティーで)

厭味っぽい言い回しと、自信たっぷり感だけを
追求してみたら…何でこんな事に。
つーかなまらキザだよ!どうしてー!?(訛るなよ
拍手でリクエストしてくださった方にはちょっと申し訳ないですが、
今回はこんな感じで…。
あぁ、真っ向からコンプレックスを褒められると嬉しいですよね、ってことが
書きたかったような作品です。今まで忘れてました(ォィ

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.03.24 水上 空