ゆらり、ゆらり。 漂う、というのが正しいのか。 探していた忍装束姿が規則的に揺れる。 「やっと見つけたぁ!…とべせんせー!」 「とぉっ!!」 後ろから声をかけたら、戸部先生は勢いよく飛んだ。 あぁ、また、このネタなんだね? うふふふふ… 「って、うふふと違うよ!しっかりしろあたし!」 「…どうかしたのか、君。」 「先生が、いきなり飛ぶからですよ!苗字紛らわしいからですよ!わぁん!」 「む…すまん…。」 早口にまくし立てると、先生はすまなそうに一言、謝ってくれた。 いや、謝ってほしいわけじゃないんですよ。 苗字だって、先生が決めたわけでもないし。 まったく、本当に、先生はいつも… 〜甘いんだからしょうがない〜 私が困ったのを察知したのか、先生は、ところで…と続けた。 いや困ってるのは先生のせいだって。 「今日は、どうしたんだ?まぁ…大体の予想はつくが…」 「剣術の稽古、つけてもらおうと思いまして。」 溜息混じりの先生に、用件だけ告げると、 さっきの私と同じように、先生も「またか…」みたいな視線をよこした。 「いつも言っているが…君はくノ一だ。剣術は必要なかろう?」 「だから。いつも言ってるでしょう。私は接近戦に強くなりたいんです。」 「女子の肌に、不注意で傷でも残ったら大変だろう?」 「私が、男なら、良いと?」 ぎろり、睨むと、先生は少し怯んだように半歩ほど下がる。 戸部先生は、女だからと、馬鹿にしているわけではない。 心配してくれての発言だからとはいえ、私には到底納得できるものではなかった。 剣術といえば、男のものだと、言われているわけでないことも知っている。 だけれど。 私は、戸部先生と同じものを見て歩きたいと思っていたし。 先生が一番大切に思っているであろう剣術を、もっと知りたいと思っていたから。 先生に向かって、失礼極まりない態度をとってしまっていることも、 全部、全部自覚して、それでもなお反抗的な態度をとっていた。 「い、いや、私は、女子は女子らしいのが一番だと…」 「だから、私には教えてくださらないのに、金吾君には教えるのですか!」 「いやだからそれは…」 「先生は…ひどい、です…」 すっかり困り果ててます、という感じの先生を前に。 なんだかよく分からない涙が一筋伝って。 それを見た先生は余計に困ってしまって。 「あー…もう!戸部先生の馬鹿ぁ!」 「あ…いや、すまん…。」 訳の分からない私の癇癪に、本当に申し訳なさそうに話す。 洟をすすって、涙を拭わないと顔を上げられないと思っていた矢先。 先生の忍装束が視界に広がったかと思うと、次の瞬間には目元から涙は消えていた。 もう一度聞こえた、すまん、の声と同時に。 先生の大きな手が、私の頭を撫ぜた。 「私は…女子は、女子らしくいて欲しいと…思う。」 まぁ、無理にとは言わんがな、と先生は笑う。 私も、釣られて、笑う。 少しだけ、顔が赤くなるけれど、それはきっと泣いたからだ。 先生が差し出した手を、遠慮なく借りることにして、 こちらから手をつないだ瞬間。 「は…」 「はい?」 「腹が減った…」 戸部先生はその場にへたり込んだ。 ムードって、何なんでしょうか、神様仏様戸部先生さま…! それでも。 あぁぁ、と情けない声で呻く先生。 天下の剣豪とは思えないその姿を見てなお。 先生が、可愛いとか。 先生と、同じものが見たい、とか。 先生、大好き、とか思っちゃう私は。 「戸部先生、…握り飯、ありますけど。」 「頂こう!」 「ちゃっかりしてますねぇ………」 どこまで、戸部先生に甘いんでしょうか。 先生は、きっと、私がこんなこと思っているなんて知りもしなくて。 私が如何して剣術を習いたいのかとか、きっと知る機会なんてこの先ないし。 私はきっと、死ぬまで先生の教え子で。 望みなんてないけど、それでも今があるから。 こんな、いつも。 握り飯を作って、先生を探して、剣術を習いにきてる。 先生の、笑った顔が、見たいから。 「馳走になった。しかし、いつも思うが。」 ご飯を口に詰め込んだ先生に、水を差し出すと、 先生はその水すらも一気に飲み下し、満足そうに笑った。 「何でしょう?」 「君の作った握り飯は、格別だな。」 「…握るだけですし、味に違いはないですよ?」 「将来は、嫁の引く手数多だろう。」 「だと、いいですけどねー。」 すっかり元気を取り戻した先生は、さっきと同じように、私に手を差し伸べてくれる。 その手をとって、倒れそうもないことを確認して。 私が立ち上がろうとしたとき。 「まぁ、…その、私としては残念な、訳だが。」 ここが静かでなければ、聞き流しそうなくらい小さな声で、先生は言った。 聞き間違えか、と混乱してる間に、先生は歩き出す。 戸部先生は振り返らない。 けれど、その背中越しに、先生の声。 「君、…稽古、始めるぞー。」 「あ、…あ、ありがとうございますっ!」 追いついた私の頭を、先生は、もう一度だけ撫ぜた。 私も、だけれど。 戸部先生は、いつも、…いつも、十二分に私に甘いなぁなんて。 ***あとがきという名の1人反省会*** 戸部先生…書いて、と言われたので書いてみました。 私はいったいどこに向かっているのでしょう…。 戸部先生ファンの方、申し訳ありませんでしたorz ただただ、剣術一筋、って感じの戸部先生に、 戸部先生なりに甘やかして欲しかっただけなのです。 わっかりにくい文章でもうホントすみません。 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。 2007.12.15 水上 空 |