貴方と離れて、1年が経とうとしているよ。 会えなくなれば、気持ちは薄れると思っていたのに。 陸で暮らせば、自由になれると信じていたのに。 気持ちはあの頃と同じまま。 縛り付けられたまま、今も変わらずここに。 会いたい、愛してるから。 この想いが、貴方に届くことだけを願って。 〜譜面−The last song−〜 「…さん…さん。」 騒音と共に揺られる馬車の中、は意識を体の中に取り戻した。 適度な振動に、どうやら眠っていたらしい。 肩を揺すられて、呼んだ人物…マネージャーのリオへと視線を移す。 「え?…ごめんなさい、呼びました?」 窓の近くへ傾いでいた身体を起こす。 馬車での移動生活にも慣れた身体は、純粋に疲れを取ることに専念できていたようだ。 身体のうちに違和感のないことに喜びつつ、はリオの次の行動を待った。 「次の公演地に着きましたよ。…疲れましたか?」 「いえ…馬車が気持ちよくて、…ちょっと眠ってしまいました。…行きましょう?」 優しいマネージャーは、頬に伝ったらしい涙を拭ってくれた。 気遣わしげな視線を、軽くかわしてそのまま馬車を降りる。 スタスタと歩を進めるに、リオは小走りで追いつくと並んで歩き出した。 言葉を交わすでもなく、適度に開いた距離。 リオも、あえてそれを詰めようとはしない。 会話も交わさず、ただ寄り添う。 まるで、そこに開いた穴を埋めるかのように。 ただ、寄り添う。 夕日の街。二人の影は伸びて、伸びていく。 迫り来る夜の闇に吸い込まれるように。 その闇に、呑まれないように、伸びていく。 「もうすぐだぞ。」 「…わーってるよ。」 夜の帳が落ちて、数時間。 つまり、時刻はもう真夜中に迫ろうという頃。 海上を進む1隻の船には、今だランプが灯されていた。 …全室に、煌々と点いた明かりの下で、誰も彼もが起きている、と言う異質な状態。 それは、目の前に広がる、久方ぶりの大陸のせいであり。 そこから1番大切なお宝を奪還するための興奮に酔っているからであり。 日々の鍛錬以上に、精神集中をしているからであり。 完璧なる奪還の作戦を練っているからであり。 念のためにと、新しい武器を考えているからであり。 自ら舵を取り、最短距離で進んでいるからであり。 奪還の暁には、パーティーをしようと、内緒でたくらんでいるからである。 そして。 ………………料理の下ごしらえをしているからでも、ある。 「俺は約束守ったんだから、サンジも守れよ?」 「…おう。」 キッチンの扉にもたれ掛かるようにして、ルフィは下ごしらえに勤しむ背に声を掛けた。 振り向くこともなく発せられた返事は、ぶっきらぼうなものだった。 が、別段ルフィは気にも留めない。 むしろ、テキパキと動く背にルフィは苦笑する。 出来上がった料理は、既に山と積まれているのにも拘らず。 船のコックは、それでも休むことなく手を動かす。 積もり積もった想いを、ぶつけるが如く、手を動かし続ける。 「…夜食、そっちに除けてあるから、喰えよ。」 またも背中越しに掛けられた声に、ルフィは驚きつつも、返事を返した。 サンキュ、と一言だけ。 これ以上の邪魔をしないように、言われたとおりに夜食を持って、キッチンを出て行く。 …少々明るすぎる船内には、料理の音と、ルフィの足音だけが響いていた。 何かをすればするほど。いや、しなくてもきっと。 明日は、遠く、遠く感じる。 夜が長い。1日が、じれったい。 溢れた想いだけが空回りしていく。 「…では、明日はその段取りでお願いしますね。」 「はい。あ…あの。」 一方、同時刻。 舞台の関係者への挨拶を済ませた後の打ち合わせは、たった今終わろうとしていた。 おずおずと掛けられた言葉に、リオは事務的な話を打ち切り、笑顔を向ける。 「どうしました?…夜遅くなってしまったことは、本当に申し訳ないです。」 本来なら、もう少し打ち合わせは終了時刻が早かったはずだ。 問いかけつつ、深々と頭を下げる。 本当は、理由は分かっていたのだが。 顔を上げたリオに、は恒例となった言葉を今宵も繰り返した。 「いえ、あの。いつも通り、席、空けておいてくださいね?」 「えぇ。7席、確保させていただいてますよ。」 「…ありがとうございます。」 微笑みながら告げると、は嬉しそうに、強張らせていた肩を落とした。 明らかな安堵を告げるに、リオはお茶を差し出す。 …リラックスできるようにと、淹れられたハーブティーだった。 カップは温かかった。 1口飲めば、優しさが温かさと一緒に、身体全体を巡る。 差し出された優しさを、拒める強さも、持ち合わせていなくて。 利用しているだけかもしれない私を、笑顔で包んでくれて。 傍に居てくれる、リオに。何か、私は出来るのだろうか。 を寝室まで連れて行って、扉の向こうに消えるのを確認して。 リオは、街の灯台へと、出向いた。 遠くに煌く灯りを見つけ。 それがの待ち望んでいたものだと気付くのに時間は掛からなかった。 全ての心の色を映しこんだ、黒い空は。 ゆっくりと明けていく。 地平線を、光が彩っていく。 リオは、複雑な笑みで笑っていた。 春先の風が身体を冷やすのも構わず、じっと。 ゴーイングメリー号が、停泊するまでを見守っていた。 「お時間です。…本日は、どうかよろしくお願いいたします。」 「えぇ。」 聞きなれた声に後押しされて、は会場へと向かう。 いつもならそのまま袖まで付き添うリオが、用事があると抜けていく。 珍しいリオの行動に、は首を傾げたが、そのまま会場への足を速めた。 裏通りを歩いていただけで、周りを街の人々に囲まれたからだ。 会場入りを遅らせない程度に、人々に笑顔で答えていく。 嬉しいです、ありがとうございます、頑張ります。 在り来たりだが笑顔付きで言われたそれは、人々の足止めには充分すぎる効力を放った。 「申し訳ありませんが、本日で公演は終了とさせていただきます!」 表通りでは、宣伝舞台を黙らせたリオが、大声を張り上げている最中だった。 初日からの発言に納得の出来ない観客は、リオに石を投げつける。 それに耐えながら、リオは笑った。 必死に、地面を踏みつけて。 人だかりを悠々と進んでくる団体を見つけて、踵を返し、戸口まで走っていく。 「代わりに、本日は立見席をご用意させていただいております!!」 会場の、重々しい扉を開く。 数秒後、その横を団体が通り過ぎて、中へと歩を進める。 「どうぞ、歌姫の『最後の』歌声を、ご賞味ください…ッ!」 俯いて搾り出した声は、通りに響き渡る。 雫が1粒。落ちた。 刹那。 歌姫ことは、笑顔でステージに現れた。 暗い会場の中にスポットライトが当たる。 眩しさに目を細めつつ、深々と頭を垂れる。 ざわついた客席が静まり返る、この瞬間が好きだ。 ピン、と張り詰めた空気の中、ゆっくりと、流れるように話し出す。 「…皆様、本日は遠路遥々お越しくださってありがとうございます…。」 一息で告げると、顔を上げる。 「………ッ!?」 視界に、見慣れたはずの金髪が映った。 ステージに1番近い、最前列のど真ん中。 いつもは不自然に開けられた、7つの空席の位置に。 どうして居るの? 不安に揺れる瞳を、サンジはしっかりと受け止める。 不安定な心から、テレパシーは伝わっていく。 別れてからずっと、使わなかった能力に乗って。 心は繋がっていく。 サンジから伝わる返答は、が望んでいたものそのものだった。 簡潔に、真剣な瞳で。 ―迎えに来た、と。 涙で前が見えなくなる。ライトが歪む。 前奏が始まる。客席が静まり返る。 …それでも、私は、動けなかった。 唄に入る直前にやっとで気付く。 顔を上げて、胸を張って。 …涙で化粧は少し崩れたけれど、笑顔で。 唄い始める。 あの日2人で描いた地図は風に飛ばされて 行くあても逃げ道もどこにも見えなくなったね 青く染まった胸を冷やす風の匂いも ゆっくりと優しくて新しい心が生まれたわ 新曲は、サンジを想って書いたものだった。 私が詩を書いたのは、これが初めてで。 リオは、驚いた顔をしていたのが、心に残っている。 新たに大切だと思えたリオは、その後、優しく笑った。 いい唄ですね、そう言って、笑った。 どんな夢を見てるの? 笑ってるの?泣いてるの? 私も少しは強くなったかしら? 私の過ごした1年に、サンジの姿はなかった。 船のクルーは皆、優しくて、強くて。 特に、サンジは私にはないものを沢山持っていて。 強く輝くサンジの隣に居たかったから。 甘えてしまう前に、離れようと考えた。 結果彼を傷つけたのに、強くなろうとしたのに。 花が咲いたら迎えにきてね 同じ気持ちでここに居るから そっと瞳閉じれば笑ってる君が居る それでも、迎えに来てくれたことが嬉しくて。 やっぱり成長してないね、自覚して。 貴方に会いたいと、願ってしまうよ。 セミが鳴いたら海にいこうね 沈む夕日に紅く染まって 海の見える街ばかりで、公演を組んでた。 皆に会いたかったから。 サンジに、会いたかったから。 ちょっと位の我侭は大目に見てね その日の歌姫の公演は、大盛況に終わった。 開かれた扉から流れ出た声は、清らかで。 街中に響いたのではないか、そう感じさせる強さがあった。 人々はうっとりと目を細め、そして互いに微笑む。 暮れていく夕日の中、余韻は残って人々は陽気にうかれ、はしゃいだ。 船着場へ、はリオと共に足を踏み入れた。 最低限の挨拶だけを済ませると、強引にリオはを船の中へ追い込んだ。 振り返り、振り返り。は進んでいく。 リオは笑っていた。 船上へ、歌姫が消える瞬間まで。 「…お帰り、。」 「……………ただいま…サンジ。」 必要最低限の言葉を交わして、離れた恋人達は強く抱き合う。 会話も交わさず、ただ寄り添う。 空白の1年を埋めるように。 船は、出港した。 新たな別れを、悲しみながら。 確かな温もりを、感じながら。 歌姫は、歌い続ける。 リオのために。仲間のために。 自分のために。そして、サンジのために。 唄は、声は。風に乗って、いつまでもいつまでも響いていく。 ***あとがきという名の1人反省会*** ワンピサンジのお題De3部作!!(いつ決めたんだ?)完結編です! …って、…前の書いたの軽く1年前なんですけど!? …何て言うか…ゴメンナサイとしか…(ゴホゴホ 長く時間を書けたぶん、書きたいことは全て書けた感じがします。 それで大目に見てやってください(ビクビク で、今回も曲ドリ…ということで。 今回のは某アーケードゲームでお馴染みの(聞き飽きたわ)、 「ベイサイドベイビー」という曲が使われてます。 知ってる方、居るんだろうか…。 実は、この曲を使いたかったがために、3部作を始めました。 言わば原点ですね。(ちょっと違うと思う それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!! 2005.9.10 水上 空 |