私と彼との間には、目には見えない、

だけれども誰から見たってはっきりと分かる、隔たりがある。



その隔たりを、あたかも劣等感のように強く意識してしまっているのは
私だけなのだ、と言うことも、しっかりと分かっている。

それでも、そう思ってしまうのは仕方ない事なのだ。

心に酷く焼きつく感情と言うものは、そういうものなのだから。



こんなにも近くに居るのに、手を伸ばせば触れることの出来る範囲に居るのに。
その隔たりは一向に縮まることは無くて。



いつも思う。



十余年の歳の差が、こんなにも痛い。







〜ジョウチョフアンテイ〜







馴染みのバーに顔を出してくる。
そう肩越しに告げて、今夜も次元さんはアジトのリビングを出て行こうとする。
リビングから廊下に出る前に一度、私に向けて意地悪く笑うのもいつもの事。

そんな次元さんを、私はクッションを抱えて恨みがましく見ることしか出来ない。


「なぁ」

「…なに?」

も、一緒に来るか?」

「意地悪。私が絶対行けないの、次元さん知ってるくせに!」

「は、まぁそう怒ンなよ。冗談だ」


力の限りで投げつけたクッションを、次元さんはいとも容易く受け止めて、
さっきまでの意地悪そうな笑みを今度は至極楽しそうなものに変えて、
私の方へ、クッションをふわり、投げ返してきた。

ぽすん、と軽い音を立てて、私の元へクッションが届いた。
柔らかいクッションは、私の腕の中でゆっくりと形を変え、
私の顔を半分覆い隠す。
私はただ次元さんが傍に居てほしくて、そのまま口を開いた。



クッションに遮られて、篭る声。

遠くまで響くはずがない。





「はやく帰ってきてね?」

「直ぐだ。がベッドで目ぇ閉じて、次に開けたら傍に居てやるさ」

「瞬きだけして起きてやる…」

「ばぁか。ちゃんとゆっくり寝とけ」


もう一度リビングに足を踏み入れた次元さんは、私の隣に腰を下ろして、
未だに不満を全面に押し出した顔をしている私の頭を、
少々乱暴に、ぐしゃぐしゃとかき混ぜる。



わざと声を篭らせて、優しい次元さんをこっちに来させた、

そう気付いてるのか、気付いてないのか。

次元さんは、楽しそうに笑っていた。










「大人しく待っとけよ」


暫くすると、それだけ言い残してまた立ち上がろうとする次元さん。

今度こそは逃がすまい。

その一身で、私は次元さんの身体を力の限り抱きしめた。



格好は、不恰好で、どちらかというと抱きつく、といった方がいいのだろうけれど、
今主導権を握っているのは紛れも無く私であって次元さんではない。

その証拠に、次元さんの体は私の腕の中で身じろぎもしなければ、
そっと腕を外そう、などともしてはいない。

ただただ、私の腕の中で静止している。

私の次の言葉を待っているのか、なんなのか。



これだから大人という奴は理解が出来ない。





「今日は、此処で飲めばいいじゃん。お酌くらいできるよ、私」

「………あぁ、……そうだな、それもいいかもしんねぇな」


その言葉にはじける様に顔を上げれば、少々いつもより高潮した頬の横顔が見えて。
そのまま次元さんは、私が回した腕すら解くこともせずに、
ただ顔だけはしっかりと私のほうを向いて、言った。





「あと少し、か。…がバーに行けるようになるまで、待っててやるよ」





次元さんの、ただただひたすらに優しい笑顔が見えたのは、ほんの一瞬で、
真っ暗な視界の先、次元さんのコロンの香りがはじけた。

暗闇を作り出したのは次元さんの帽子とジャケットの色。
力強く腕が背中に回されたと思ったら、もう主導権は私にはなくて、
私はそのまま、次元さんにされるがままに口付けられて蕩けそうになる。



酸欠になりかけて真っ白になった頭も、

次元さんが時折呟く私の名前も、

首元に走った、軽く甘い痛みも、

その一つ一つが私の感情一つ一つを塗り替えていく。



さっきまで、不安でいっぱいでドキドキしていた事さえ忘れて、

今は自分の前に次元さんが居てくれることにドキドキして。







下らないわがままを、次元さんが聞いてくれる。

溜息一つつかずに、傍に居てくれる。



十余年の歳の差が、今、こんなにも嬉しい。



だから私は、いつも

次元さんが絡んだ時は、いつも







ジョウチョフアン







(じ、げんさん?)
(…どうした?)
(お酒、取ってくるよ。だから、一回離し…)
(いらねぇさ。お前が居ンなら、そんでいいんだよ)








***あとがきという名の1人反省会***
ひっさびさにお題を意識して書きました。
次元さんです。誰がなんと言おうと次元さんなんです。
次元さん夢は歳の差カップルっぽいのが好きです。
恋の駆け引き仕掛けたつもりのヒロインちゃんが
実はしっかり次元さんの戦略に嵌ってれば良いと思います。
それで心を引っ掻き回されて次元さんしか
見ることが出来なくなるといい。と思います。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2009.04.18 水上 空