傷ついたときは真っ先に頼って欲しい。



戦闘の最前線で君は。
華麗に咲き誇る、一輪の花。
花の中でも気高く美しい…薔薇のよう。


長く蒼い髪。
深く蒼い瞳。


周りの景色さえも霞ませる。
見る者を魅了する容貌を携えた。


並外れた身体能力。
身の丈以上の両刃鎌。


どんな敵にも劣らない。
戦闘能力と言う名の棘を携えた。





君は、薔薇のよう。





折れないように、刃から護ることはできないけれど。

切り裂かれたのなら、手当てをする事はできるから。

散らないように、嵐から護ることはできないけれど。

波が強くなったなら、精一杯に君の援護をするから。







「ねぇ、オレを頼って…?」







〜花ビラ〜







今日の天気は快晴、のち血の雨。



久し振りの陸地で待っていたのは戦乱の嵐。
敵海賊団に四方を囲まれ、逃げ道は無くなった。
そう、久し振りの陸地は戦い無くしては通れない道だった。


戦いの火蓋は、無情にも切って落とされるのだった。





待つのは、生か、死か…?










「大丈夫か?」


戦場を駆け抜けながら、はただひたすらに敵を倒していく。

…オレをそのか細い背に庇いながら。

途中で会ったのはゾロだった。
どれほどの敵に遭遇したのか、ゾロの四肢は血で濡れていた。
ゾロは自分のことは気に留めず、の様を見て顔を顰める。
それを見て、はニヤリと笑った。


「これ返り血だから。それより自分の心配したら?未来の大剣豪が傷だらけなんてカッコ悪ぅ…。」


自分に付いた血と、ゾロに付いた血を交互に指しながら、楽しそうに笑った。
途端にゾロはそっぽを向く。
どうやら、居心地が悪いらしい。


「るせぇな…。ほら、次来んだろ。」

「はいはいっと。楽勝でしょ。」


オレを挟んで背中合わせになった2人は、新たに現れた敵に躊躇いも無く刃を振るった。
戦闘能力の無いオレは、護られるだけだ。
声を出すことも出来ないまま。
援護することもできないまま。
ただ呆然と立ち尽くすだけ。
か細い背中越しに見えるの顔。





瞳はただ冷酷に空を貫き、風すらも切り裂く。





戦いを前にしたときの真剣な瞳だ。
そこにはいつもの柔らかな表情など微塵も無い。
いつもと違う表情に、知らず知らずに恐れを抱く自分が情けなかった。



オレは、守られたいんじゃないんだ。



本当は、…本当は…。
でも…。





「チョッパーは大丈夫?怪我、してない?」


不意にかけられた声に、チョッパーは現実へと意識を引き戻された。
驚いて顔を上げた先では、いつものようにが微笑んでいた。
気遣わしげに、優しく笑う
いつもと変わらない。



…ただ、からは濃い血の匂いがした。



それが一層チョッパーの表情を濁らせる。


「全然!…が護ってくれてるから。」

「そっか。良かった。」







チョッパーはこのとき気付かなかった。
濃い血の匂いに埋もれた景色に包まれていたせいで。
が、深手を負っていたことに、気付かなかった…。







「…でもっ…。」


反論をするチョッパーを、は視線だけで黙らせた。
チョッパーが続きを言わない事を確認すると、また優しく微笑む。


「でもじゃないよ。チョッパーが無事なのが一番だよ。」

「…。」


何も言い返せず、チョッパーが言葉を捜していると。
は哀しそうに笑った。
泣きそうな顔をしたチョッパーに気付いたからだ。
ポン、と汚れてないほうの手で頭を撫でると、また現れた敵の方へゆっくり歩いていった。
振り返ることも無く、ただ片手を挙げてヒラヒラと軽く振る。
チョッパーをその場に残し、言葉を続けた。


「手当ては、よろしくね。あと援護もできれば。」

「あ…うん、分かった!!」





信頼している、背後は任せた。
そう、直接言われた訳ではなかったが。
チョッパーはそれだけで嬉しかった。
の背中が。声音が。
そう、元気付けてくれていることに気付いたから。





その後も、チョッパーは援護をする必要が無かった。
一瞬にして敵を滅する蒼く冷たい両刃鎌が、ただひたすらに。
敵を切り裂いた。



………紅く、染めた。










今日の天気は快晴、のち、血の雨…。





景色を、視界を染める血飛沫。
目を庇いながら見た真っ赤な景色。
そこで倒れた人影は、1つではなかった。


咄嗟に目を疑う。


ゆっくりとその人影は力をなくした。
蒼い髪を靡かせて、ゆっくりと振り返ったその顔は、こちらに微笑んだように見えた。
そのまま、手に携えた両刃鎌を落とすと、ふわり、音も無く倒れた。
見開かれた目に映るそれは…。


!!」


短く叫んで、チョッパーはまでの距離を急いで詰めていく。





あぁ、濃い血の匂い。
気が付かなかった。
これは、のものでもあったのか。





かろうじて表情には出さなかったが、チョッパーは1人悔いた。







「大丈夫か!?気付かなくてゴメン、今すぐ手当てするから!!」

「あー…ちょっとドジった。ゾロの方が傷深そうだから先にやってきてよ。」


軽く抱き起こすと、は少し顔を顰めた。
次の瞬間は明るく笑っただったが、今度はチョッパーは騙されなかった。



脾臓の辺りにぬるりとした感触。



服の上からでも感じるそれを、多少強引に拭ってみる。
チョッパーの手に付着した血は、想像よりも多かった。
気まずそうに、はチョッパーの手から視線を外す。
そのまましばし宙を彷徨ったそれは、チョッパーから遠く離された所で止まった。


…ねぇ、手当てさせて…?」

「良いから早く行って。私平気だから。ゾロあっちね。」


チョッパーからかけられた言葉をは冷たく突き放した。
ゾロのほうへと、チョッパーを力の限り押しやる。
その力の無さに、チョッパーは再度手当てを申し出る。
が、口を開きかけた瞬間、と目が合った。





有無を言わさない瞳。
生と死の境に居るであろう、そんな状況で。
は己の意思を曲げようとはしなかった。


「…できるだけ早く戻る、動かないで、ここに居て。」

「分かった。」


負けたのは、チョッパーだった。
負けた、というか押し問答する時間を省きたかったからなのだが。
結果的にチョッパーはの意見を尊重した。

トランスをして、ゾロの方へと駆けていく。
一刻も早く、の手当てが出来るように。



ゾロには悪いが、今はただ…それだけを考えて…。







チョッパーがの視界の端から消えた。
遠くでナミの悲鳴が聞こえたのは。
それとほぼ同時だった。



「クソ…ッ。ほんと間が悪い敵さんねぇ…?」



重くなった服を引き摺りながら。
は両刃鎌に手をかけると、鎌に寄りかかりながら、それでも確実に声のほうへと歩を進めた。
ふらつく頭で、歩いていった。







点々と、の血は地に吸い込まれる。

真っ赤な血溜まりは、急速にその領土を広げていく。







ナミを助けた後、今度こそ本当には意識を失った。















広く、綺麗な世界。
綺麗な花が咲き乱れ、静かに風が吹く世界。


は今、川岸からそこを眺めていた。
風はいつしか追い風になり、歩を進めるたび、強いものへと変わる。
キラキラ輝く世界に足を踏み入れようとした瞬間。


は、左手に暖かな感触を自覚した。
しかし、そちらに視線を移しても、そこには何も無かった。





それでも、暖かな感触を信じて後ろを振り返る。
そこには、今にも消えそうにか細く光る道があった。
戻らなければ、いけない気がした。
そう、が自覚した瞬間、光はぼやけ始めた。



どんどんと淡くなる光を目指して、は、必死に走った。
まとわり付く地面を振り切って。
呼吸もままならない身体を引き摺って。
行く手を阻む強い、強い向かい風に。
負けるものかと、逆らいながらしっかりと大地を踏みしめた。







…こうしては、再び光を得た。















!!どうして動いたんだ!!」


目を開けると同時に、チョッパーに怒鳴られた。
心配してくれていたらしい。
こんな私の傍に居てくれたらしい。
目が少し赤いから、泣いてくれたのかもしれない。
心配かけてごめん、そう言いたかった。


「そんなに怒んないでよ、ナミが困ってたから助けただけよ。」


謝りたかったから開いた口から漏れたのは、可愛げのない言葉だった。
いつも、こう。
素直になりきれない。
そのせいで私はずっと独りだった。


「自分だって大怪我してるんだぞ!!」

「ナミは戦闘能力に長けているわけじゃないのよ。見殺しにしろっていうの?」

「それは…違うけど。でも!!」


暗く笑いながら、それでも何とか真実に近いことを紡ぐ。
反論は返ってこないと思っていたから、でも、の言葉に驚いた。
その続きを知りたくて、チョッパーの目を見つめる。
目が合った、そう思った瞬間、チョッパーは俯いた。



そして、一言。



が居なくなったら、みんな悲しむだろ…!!」


大きな声で叫んだ。
表情は分からない。
怒らせたのか…そう思ってチョッパーから目を逸らす。


すると、不意に左手に暖かな感触。
夢で感じたのと、全く同じそれ。
今度はちゃんと、感触の正体が在った。







チョッパーの、手。
闇の中から、私を救ってくれたのは、それだった。







その上に、ぽたり。

透明な雫。

見上げるとチョッパーは、泣いていた。


「オレだって…悲しい…だろ…。」


一言だけ言い切ると黙ってしまう。
空いている片方の手で涙を懸命に拭いながら。
その、小さな身体が愛おしくて、切なくて。
はチョッパーを抱きしめる。
瞬間、チョッパーは身を強張らせたが、すぐに緊張を解いた。










とくん、とくん、とくん…。










少し速めの心臓の音。
それが一層切なくて。
もまた泣いた。





「…ごめん。ごめん、チョッパー…。」





やっと言えた謝罪の言葉。
にも関わらず、チョッパーは首を横に振る。
考えるまでも無く…答えはすぐに見つかった。
腕に抱いたチョッパーを開放する。





「…ありがとう…。」





涙目ではあるが、笑顔で伝える。
チョッパーは今まで見た事が無いくらい、嬉しそうに笑ってた。















数日後。
は長くて綺麗だった髪を、ばっさりと切った。


「髪、切っちゃったのか?綺麗だったのに。」

「うん。」

「もったいないな…。」

「いまさら言っても遅いでしょ。」


前方に広がる海を見る、綺麗な瞳。
髪が短くなっただけなのに、別人のような
表情すらも違うように感じるのは、気のせいだろうか?


ー…。」

「ん?」

「何で、切ったんだ?」

「…今までみたいに無茶しないように、願掛け?」


そうして、はまた笑う。
視線を真っ直ぐ、オレに向けながら。
真っ直ぐな瞳に、心臓が騒ぎだす。





を、変えれたのは、オレなの?
助けられたのは、オレなの?

聞きたいことは山ほど在った。
ゆっくり、ひとつひとつ聞いていこう。
きっと、君は答えてくれるから。





惹きつけられたままの目線を細めながら、チョッパーもそれに倣った。


気まぐれな海上の風がの髪を掬っていく。
優しく揺れる髪を掻き揚げながらはただ青い海を見る。







あぁ、何て不思議な光景だろう。







空の青。海の青。

「青」の中に佇む「蒼」の

時には、「青」に溶け込んで。

時には、「青」を侵食して。










そ の 姿 を 何 と 表 現 し た ら 良 い ?










…そうだ、華麗に咲き誇る、一輪の花。


花の中でも気高く美しい…薔薇のよう。


短くなった蒼い髪も。
深く優しい蒼い瞳も。


周りの景色さえも霞ませる。
見る者を魅了する容貌を携えた。


並外れた身体能力。
身の丈以上の両刃鎌。


戦闘能力と言う名の棘を携えた。
そう君は、オレの心に咲き乱れた、薔薇のよう。





穏やかに微笑む2人を、暖かな日射しが包み込む。





チョッパーは、これから1ヶ月ほど、自室に篭ることになる。
今の光景を、カタチにするために。




















、これあげる。」


ニコニコと見張り台に上ってきたチョッパーは、スッとそれを差し出した。
反射的には手を伸ばす。
そうして渡されたそれに目を疑った。


「蒼い、薔薇?」

「うん、オレが品種改良して作ったんだ。」


チョッパーは、平然と言ってのけた。
…ここまでするのにどれだけ掛かったのだろう。
この世には生まれないだろうと言われていた色合いの薔薇。
でも、今の手の中に在るのは、確かにそれだったのだ。


「へぇ…。綺麗だね、チョッパー凄い。名前とか付けたの?」

。」

「ん?」


名前を呼ばれて顔を上げると、チョッパーは口の端を持ち上げて笑う。
とっても誇らしそうに。
少し、照れながら。


「だから、・ローズブルー。それ、の花だよ。」


そうして微笑んだオレに。

君はまた柔らかく微笑んだんだ。

風を、「蒼」く染め上げて。

オレを、「紅」く染め上げて。










あの日オレの心に咲いたのは、君という薔薇だから。
君に、この薔薇を贈ろう。







***あとがきという名の1人反省会***
チョッパー2作目です。
何か無駄に長いのは気のせいですとも(ということにしてやってください
何でこう…チョッパーを書こうとすると主人公が危険な目に…。
しかも今回少々グロいですしね、表現が。
血の雨って…(笑
あぁ、よっぽど心が荒んでたんでしょうね、私。(納得するな

で、気付いたのが遅かったんですが。
前作「道端に咲く花」…今回…「花ビラ」…
花ばっかじゃん!!
想像力が乏しくてすみません…お詫びいたします。

あと、いつもワンピドリ書くときは、大体主人公さんの設定は楽士さんです。
今回、戦闘能力に長けた主人公さんってことで新鮮で楽しかったり。
強い人の弱い一面、弱い人の強い一面。
助け合って成長していくことの大切さ。
そんなものをこの作品で感じていただけると幸いです。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.2.10 水上 空