久しぶりに横になったベッドには。
いつも求めているものがあるから好きだった。
愛する貴女の温もりを、一番近くに感じられるから。
愛する貴女の微笑みを、一番近くで楽しめるから。

いつからか、そうして安らかな眠りに付くのが習慣になった。
眠るという事に、意味を覚えたのも、この時からだったのかもしれない。

それなのに。どうして?
目に映る、貴女の顔は。
どうして、奇妙に歪んでいるの?
何が…あったのですか?







〜神様、もう一度だけ。〜







頭に不意に張り付いた嫌な感覚に、Lははっきりと覚醒した。
暗闇の中に微かに衣擦れの音を響かせながら、ゆっくりと身体を起こす。
部屋の静けさと反比例して、未だに騒ぎ続けている胸にそっと手を当てた。
必死に宥めようとするのだが、どういうわけだか一向に鼓動は大人しくなってはくれなかった。


「夢…でも、見たんでしょうかね…?」


身体が周りの気温に慣れると、不快感が一層強くなってきた。
何だろうと、Lが視線を移した先では、寝巻き代わりに着ているシャツが冷たく滲んでいる。
寝汗でもかいたのだろう。
見ていた夢があるとするならば、きっと悪い夢だ。





…だけど、どんな?





Lは思い出そうと試みたが、首を傾げるきりであった。



記憶は水のように掴もうとすればするほど零れて、地に吸い込まれていく。
そんなもどかしい思いを振り払うように、Lは乱暴にシャツを脱ぎ捨てた。



着替えを済ませて、何故だか時計を見上げて…まだ丑三つ時であることに気付く。


「どうせなら…昼まで惰眠でも貪りましょうかね。」


と、Lは再びベッドに潜り込んだ。
…その顔がとても嬉しそうだったことはここに特記しておきたいと思う。
そして、いつものように愛しい恋人の顔を見ようとして。


「え……?」





やっとで気がついた。
気持ちよさそうに眠っている恋人の顔が、そこにない事に。
あるのは、真っ赤な顔をした、苦しそうに息をする恋人の顔だという事に。


…?…熱…ッ!!」


額に手を当ててみると、は想像以上の温度を返してきた。
あまりの高熱に反射的に手を離すと、どういうわけだかはゆっくりと目を開けた。


「え…る…?どうしたの…?」


最初の言葉で、は自分の異変を感じたというより、Lの異変を感じたらしいことが分かる。
つくづく気の優しい子だと、Lは深くため息をつく。
その優しさをどうして自分に使えないのかは未だに謎だ。
は潤んだ瞳でLを見つめると、苦しげに息を吐き出す。


「どうしたのじゃありません…。苦しくないですか?」


言いながら、Lは起き上がろうとするを支える。
はぼーっとする頭で考えた後に、ゆっくりと首を横に振った。


「ちょっとだるいけど…何で?」

「熱出てるんですよ。今日は大人しく寝ていましょうね?」


首を傾げるの肩に毛布をかけると、Lはゆっくりとの髪を撫でながら優しく話した。



触れると、やはりの熱い体温が伝わってくる。
暫くの間髪を弄んでいたが、Lの手はやがて額へと落ち着いた。
ひんやりとした手の温度が気持ち良いのか、はそっと目を伏せる。
が、それはがLの首に腕を回したことで終わりを告げた。



どうしたのだろうと、戸惑いながらもLが優しく背中を撫でる。
それに安心したのか、は切れ切れに呟いた。


「…分かったけど…1人じゃ淋しいよ…。」

「…傍に居てあげますから。それならゆっくり寝てくださいますよね?」

「うん…。」


耳元で、聞こえてきたか細い声。
Lがそれに答えると、はにこりと微笑んだ。
それを確認して、Lはを腕の中からベッドへと移す。


「手、繋いでてあげますから。安心しておやすみなさい、。」

「ありがと…。おやすみ、L…。」


そうしてベッド脇に腰掛けると、少し汗ばんだの手をそっと握る。
力なく握り返すとはゆっくりと微笑を返した。
熱があるとは思えないほど、綺麗に。
Lが額に口付けると、はそのまますとんと眠りについた。







Lはそのままの姿勢で、優しく髪を梳いていた。
サラサラと指から流れ落ちる髪を指に絡めては、その感触を味わって。
が眠ってから暫くの間。
そうしてLはの傍に居た。







先ほどよりもいくらかの寝息が落ち着いたのを確認して微笑みを溢す。
汗で額に張り付いた髪を元の位置に戻すと、Lはゆっくりと腰を上げた。
そのままそっと部屋を抜け出ようとする。


…が、その瞬間。
Lはバランスを崩し、転びそうになった。


辺りを見回すと、がLの服の裾をいつの間にか掴んでいた姿が見つかった。
それを見て、Lはまたに向き直る。
その顔に、満面の微笑みを湛えながら。


「ちょっと、大人しくしていてくださいね?」


Lは、まるで壊れ物に触れるかのようにそっとの指に触れると、優しく服の裾を取り払う。
そのまま、指先にふわりとキスを落とすと、ゆっくりと部屋を後にした。
…うちのお姫様は本当に可愛らしい…などと幸せそうに考えながら。










その日の朝、Lを最初に見つけたのは松田だった。



目覚まし代わりにコーヒーでも…とキッチンに向かうと、そこにLが居たのである。
普段は何から何までワタリに任せているようなLがここに居ることはそうそうない。
珍しいものを見た…と数瞬固まっていたが、それでもいつも通りに声を掛けようと近づいていく。
声を掛けても厭味を言われることが多いが、掛けなければ掛けないで問題が生じる。
それならば、と仕事のスケジュールを聞こうとしていたのだ。


「竜崎?おはようございます。あの、今日の捜査の…」

「………ません…。」

「え?」


背中越しに話されたLの声は換気扇の音で上手く聞き取れない。
松田が聞き返すのも当然ではあったが、この場合、それがLをより苛立たせた。
振り返ると眉間に深く刻まれた皺を隠そうともせず、もう一度同じ言葉を繰り返す。
それでも松田に視線を向けたのはほんの一瞬で、またてきぱきと動き出した。


「今日は捜査には関わりません、と言ったんです。」

「でも…」


松田が恐る恐る聞き返すと、Lは殺気のこもった目で松田を射抜いた。
いつも怒られている松田であっても、未だにこの威圧には慣れないらしい。
言おうとしていた言葉を、すんでで飲み込む。
松田が怯んでいるのをいいことに、また作業をしながら冷たく続きを言い放つ。


「さっきから五月蝿いですよ…。が風邪です。これ以上引き止めたら…」

「!…すみませんでした!!」


最後まで言い切る前に、松田はサッと隣室に駆けていった。
普段怒られ慣れていると、逃げ所というものは察知できるようになるらしい。



…当然、後から厭味付きで大量の仕事に追われることになったのは明白だが。



松田は何とかこれ以上にLの反感を買うことはなかった。



Lは足音だけでそれを確認すると、両手にたくさんの荷物を持って足早に自室へと戻っていった。







?起きてますか?ご飯作ってきましたよ。」

「…L…。ありがと。食べる。」


静かにドアを開くと、朝日ですっかり明るくなった部屋では既には目を覚ましていた。
ドアを開けた途端のが素早くこちらを振り返ったので、起きてからLを探していたことが分かる。
目を覚ます前には戻ろう、そう決めていただけに、Lの心には申し訳ない気持ちがどんどん領土を広げていく。

テーブルに荷物を全て置くと、Lは何も言わずにを優しく抱きしめた。
取り分けてあげますね、と耳元で囁くと、の頭がLの胸で1度、小さく揺れた。



「美味しいですか?」

「…おかゆなのに甘いよ…?砂糖…入れた?」

「いえ、ホワイトチョコレートを少々…。」

「げっ…。」

「…冗談です。」







いつものように楽しく会話をしながら。
Lは作ったおかゆをの口に運ぶ。
のペースに合わせて、ゆっくり、ゆっくりと。

いつもは仕事で時間が不規則で、傍に居る時間が少ないから。
の感じている、淋しい思いが、少しでも癒せるように。


ゆっくり、ゆっくり。


時間の流れを少しでも遅く出来るように。
の傍に、少しでも永く居られるように。
Lは、のペースに合わせて、おかゆを運んだ。







。薬飲みますよ。」

「やだっ!!それ苦いの知ってるもん!!」


ご飯に使った食器を片付けてきた(正確には流しに放り込んできた)Lは、に薬方を差し出した。
は素直に受け取ったのだが、包みを見て表情を変える。
水を汲んできたLに向かって包みを投げ返すと、プイッとそっぽを向いてしまう。


「薬飲まないと良くなりませんよ…。子供みたいな我侭言わないで下さい。」

「いーやーだー!!」

「……私を怒らせたいんですか…?」

「う…ご…ごめ…んん!?」


の我侭具合に呆れたLがとった行動。
それは突如低くなった声のトーンに、が謝罪を述べようとしたときに実行された。
が背けていた顔を向けた際、Lは器用に顎を捉えると唇を寄せた。
固まっていたの喉が、流し込まれた液体を飲み込んだのを確認して、Lは満足げに唇を離す。


「風邪…うつっちゃうよ…?」

「かまいません。むしろそれなら本望です。」


風邪薬の苦さを忘れて真っ赤になったがLの手を握ると、Lは残ったわずかな距離を自分から埋めた。















「L〜…だるいよう…。」

…大丈夫ですか?」

「Lが傍に居てくれたら平気…。」

「…おねだり上手になりましたね、は。」





それから数ヵ月後。
はいつしか恒例になったおねだりを続けていた。
Lはいつも嫌な顔をすることなくそれを受け止める。
笑っての頬に口付けると、松田を脅して休息をとる事を許可させた。















あの日、久しぶりにLと横になったベッドには。
予想もしていなかったものを見ることが出来て、大好きになった。
Lの優しさを、一番近くに感じられたから。
Lの微笑みを、一番近くで楽しめたから。

Lの全てを自分が、所有しているみたいに感じられたから。
Lと出会って、好きになって。
今までで一番、長い時間をすごせた日。



大好きになった、淡い夢。



でも…、これが夢じゃないならば、どうか。

どうか、神様、もう一度だけ。

我侭を許してくれますか?

神様、もう一度だけ。

Lの時間を、私に下さい。

そして、Lが嫌でないのなら、次の我侭のときにも。





…神様、もう一度だけ…







***あとがきという名の1人反省会***
何書きたいんでしょう、私は…。
内容や設定を考えていた時、私は風邪で頭がやられていました。
どうしてこんなに甘くなったのか…むしろ誰ですかこれって感じですが。
風邪って怖いですね。
自分の制御がきかないままに書きなぐってしまいました。

多分テーマは風邪引いてるときって人恋しくなるから好きな人に傍に居てほしい…ってとこなんだと思います。

ホワイトチョコレートのくだりは、昔読んだク●ヨンし○ちゃんから膨らんできました。
実際の漫画では、鍋にチョコを入れてました。
おかゆを食べさせて欲しかったので、ホワイトにしましたが。
あれは実際は入ってません(分かっとるわ
良い子は真似しないで下さい。
恐ろしく不味い上にこの上ないほど怒られます(違う料理で経験済み

最後になりましたが、この作品はクレハ嬢に頑張れ!謙譲物って事で書いたんですが…。
本当にまとまりのない文章でごめんなさい。
気に入っていただけたら幸いです。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.5.19 水上 空