例えば、この言葉を言う人が貴方じゃなかったら。
きっとこんな気持ちは、持たなかったと思う。



ふわふわとした高揚感。

ふとした仕草に色づく頬。

ドキドキと逸る心拍。



それでいて、やっぱりかなり暖かな。





貴方を好きな気持ち。







〜認識記号〜







例えば、私がちょっと落ち込んでるとき。



?どうかしたのだ?」



簡単に私の気持ちが落ち込んだのを見抜いてしまう。
他の人が気づかないぐらい些細なことでも。

エスパー?

何度もそう思ったほど、簡単に。
私の気持ちを浮上させて、高揚させて。







その人が口にする魔法の言葉は。
ふわふわの高揚感を連れてくる、認識記号として存在する。










例えば、私がちょっとした荷物を抱えてるとき。



、おいらも一緒に行くのだ。」



どこからか駆けつけて、ひょいっと荷物を持ち上げる。
誰がみたって、些細な荷物なのに。

ジェントルマン。

何度もそう思わされるほど、さり気無く。
私の気持ちを暖めて、優しく包んで。







その人が口にする魔法の言葉は。
ふとした仕草に私の頬を染めるための、認識記号として存在する。



































暖かな声に呼ばれるたび、ドキドキと逸る心拍。
どうしようもないほど嬉しい言葉。

優しい声に、そう囁かれるたび。
柔らかい瞳に、微笑まれるたび。
悩みも、苛立ちも、全部が溶け出していくのが分かる。

不安なんて感じている暇がないくらいに。
頭は貴方の事で、埋め尽くされていく。



丹精に整った顔立ちから、紡がれる認識記号。



それは。



名前、と言う名の私個人を表す記号。



呼んでくれることが嬉しい。
他の誰でもなく、私を、呼んでくれるのが嬉しい。
優しい言葉で、私だけのために。
笑顔を向けてくれる貴方が居ることが確認できるから。





認識記号の効果は絶大だ。










…会いたかったのだ。」


貴方は、私がこの言葉に弱いことを知っていると思う。
だから、必要以上に甘く優しく囁くのだろう。
頬を朱色に染めて、嬉しそうに微笑みながら。

私が、そうされたら抗えないのを知っていて。
………貴方から、離れられなくなるのを知っていて。



必要以上に甘く優しく囁くのだろう。















?」


今日も井宿は、少し離れた位置から私の名前を呼ぶ。
首を傾げながら、疑問系で。

普段、人と接するときに付けている、偽りの笑顔のお面は付けていない。
井宿はいつも…本当の顔で、私に対峙する。
隻眼の瞳が、私を真っ直ぐに見つめている。



見惚れてしまって、言葉を紡ぐのが遅れてしまった。


「……なぁに?」

「こっちに来てほしいのだ。」


ただ、それだけ。井宿は口にする。

手招きで私を促すでもない。
手を広げるでもない。

ただ口にするだけ。



私の、認識記号を。

私の、名前を。



そこにリアクションというものは皆無だ。
あるとすれば、…笑顔というだけ。


「…うん。」


けど。
断ることなんて出来ない。

井宿は、それを知っているからこそ。
何もせず、良く言えば、本来の自分だけを見せて。
そこで私を呼んでいるんだと思う。



言われるままに、吸い寄せられるように。
私は何の迷いもなく、井宿の傍に近づく。
すると決まって井宿は私を優しく包み込む。

…私が、それを望んでいるのを知っているように。





「大好きなのだ、。」

「うん。」





好き、と甘く囁く時も。





は、おいらの事はどう思ってるのだ?」

「…どうだと思う?」





私の心の内を知ろうとするときも。





に嫌われたら、物凄く悲しいのだ。」

「…そうなんだ?」





井宿は決まって、私の名前を呼ぶ。



嫌じゃない。
むしろ嬉しいと思う。

顔が熱く火照って。
鼓動が早鐘を打つ。


もっと、名前を呼んで欲しい。
きっと、井宿も気づいてる。





は、悲しくない…のだ…?」


「悲しい。」

「…じゃぁ、おいらの事は、どう思ってるのだ?」

「嫌われたら、悲しいと思ってる。」

「…それだけなのだ?」

「………違う。」

「分かりやすく言って欲しいのだ。」





頭の上から響く声が、私の名前を告げる声が切なく耳に残る。
何度も何度も繰り返し、井宿の口から紡がれる私の名前。



それは。










私を、他と区別するために付けられた認識記号だった。

でも、今は違う。

私が、井宿を好きだと何度も自覚する認識記号だ。

私が、井宿の傍に居るための認識記号だ。










そう、気づいた。





「………井宿が、ね…?………好き…だよ。」


今まで口に出来なかった言葉を無理やり押し出す。
顔は上げることは出来なかった。
それでも、井宿は怒りはしなかった。

ただ、私を抱く手に力が少しこもった。


「…両想いなのだ?」

「…そうだね。」





そっけない肯定に。

井宿ははっきり安堵の溜息を吐く。

悪いことをしたかと、反射的に上を向くと。










、大好きなのだ………。」










頬を少しだけ桜色に染めて、微笑んでいる井宿から。

認識記号と共に、もう1度。

愛の言葉を、貰った。















例えば、この言葉を言う人が貴方じゃなかったら。
きっとこんな気持ちは、持たなかったと思う。

私だけの認識記号を、こんなに愛しく思ったのは初めてだ。


愛しく思う気持ちと同じだけ。





貴方が好き。







***あとがきという名の1人反省会***
アンケートで朱雀&青龍に票が入っていたので書いてみました。
ついでに久々のお題夢でもあります。
…何で井宿を書こうと思ったのかは、未だに不明です(ぇ
翼宿とか書こうとしたんですが…うん。このネタでは無理かなと。

個人的には結構井宿が朱雀の中でポイント高し!です。
いや、1番は翼宿だし、柳宿も好きですけど。
なので、夢が書けて概ね満足してます。
機会があればまた書きたいです、井宿。
今度はもう少しまともなネタで長めのを(…今回短いですよね…

それでは、ここまで読んでいただき有難うございましたなのだ。

2005.10.26 水上 空