高いところから、低いところへ、流れ込む。

きみから、俺へ。

絡めた指先から、つないだ手のひらから。

きみが、流れ込んでくる。







〜とけていく〜







「さぁ、じゃぁ今日も瞑想、始めようか!」

「はいっ!」



西浦高校野球部の朝練の前には、チーム全員で瞑想の時間がある。

選手も、マネジも、監督も、もちろん先生も一緒に、
みんなで円になって、近くにいた人と、手を繋いでの5分の瞑想だ。


鳥の囀り、朝の済んだ空気、隣の人の手の温度。

条件付けをすることができた、リラックスのアイテム。

でも、


「あ、今日は西広くんが隣だね」

「え、あ、…。うん、…そだね」

「初めてだね、隣になるの」

「…うん、えっと、…あー…よろしく?」

「あは、よろしくね?」


正直言って今日は、リラックスできるか微妙だ。


そっと差し出された白い手に、一瞬躊躇ってから、自分の手を重ねる。
小さくて、柔らかな女の子の手。

はしっかりとその小さな手で、俺の手を握ってくれるんだけれど、
俺はその手を握り返すことができないでいる。

小さな手は、ほんの少し、俺が力を入れただけでも壊れてしまいそうで。
それに、と手を繋いでいる、この状況に緊張してしまって。
とてもリラックス、なんてできそうもないな、と改めて思う。


「西広君って、」

「ん、な、なに?」

「手ぇ冷たいほう?かな?」

「わかんないけど、そう、かもね」


みんなが円になったところで、瞑想のために腰を下ろす。
が腰を下ろしたのに引っ張られる形で、俺も腰を下ろした。
俺の答えには、そっかーと間延びした答えを返した。
座った体勢だからだろうか。いつも以上にその笑顔が近い。


「あたしもあんまり体温高くない…けど、」

「うん?」

「あたしので良ければ、遠慮なく貰っちゃってね、体温」


小声でそう言うと同時に、は俺の手をきゅっと、少し力を入れて握った。
えへへ、なんて、照れ笑いと一緒に。





「はい、じゃぁみんな目ぇ閉じてー!」





志賀先生の声に、慌てて目を閉じた結果。
俺が目を瞑る前に、最後に見たものは、の笑顔になってしまった。
うわ、どうしよう。
これはもう絶対、リラックスなんてできそうもないぞ。
手の温度は、逆にどんどん、下がっていってしまいそうだ。





(に、他意はないんだよ、だから)

(リラックス、しないといけないのに)





息を吸って、ちょっと溜めて…吐いて。
いつも通りの手順なのに、どこかぎこちない。
視界の暗がりの中、の笑顔が、浮かんでは消える。

俺の左手は、今、と繋がっていて。
初めて、と手を繋いでいて。

いつか、と手を繋ぎたい、と思ってはいたけど、これは想定外の出来事。
そのいつか、は、まだずっと先だと思っていたし、
まさか、こんなに早く、そのときが来るなんて思ってもいなかった。





目を閉じて、どれくらい経っただろう。
未だに俺の手は、冷たいまま。
リラックスなんて、リ、の字も見えてこない。
片思いの相手と手を繋ぐ、そんな状況でリラックスできる奴なんて居ないと思う。



(の手、ずいぶん、あったかくなってる)



小さなの手から、俺の手に、ぽかぽかと体温が伝わってくる。
冷たいままの俺の手が、が触れているところだけ、暖かで。
が、俺の手を温めようとしてくれているのがわかる。
の体温が、俺へと流れ込んでくるのが、わかる。


(あれ、ちょ、ちょっと、それってなんか、)


温度は、熱は。
高いところから低いところへ流れ込む。
混ざり合って、溶け込んで。
そして、同じ温度へと、移り変わっていく。


(の、体温が、俺に流れ込んで、それで、)


の、指先から、手のひらから、俺に。
の体温が、流れ込んで、満たして。



(俺の、中に、)



が溶け出して、溶け込んで、満たしてそれで。










(俺の、体温と、混ざり、あ、う…)










そんな戯言が頭に浮かんでしまって、瞑想の最中だなんて忘れたまま
慌てて頭を振ったけれど、一度考えてしまったら最後。
その戯言は消えてなんて、くれなくて。
俺の頭の中をぐるぐると回って。
閉じた視界の中、さっき見たの笑顔が、また鮮明に映し出される。


(やば、どうしよう…)


リラックスで得た熱とは、まるきり異なる熱が顔に集中する。
顔を隠してしまいたい衝動に駆られたけど、両手がふさがっている今、それもできない。
それがよりいっそう気恥ずかしいのに、顔に集中していた熱は、ついに全身へ駆け巡り始める。
俺には止める術もない。どうしようもない。恥ずかしい。

顔から、体、足、腕…順調に血は巡り、



と繋いだ手にも。



恥ずかしすぎる、こんなの。
が、変に思ったらどうしたらいいんだろう。
急に体温が上昇とか、絶対おかしいって。



は、知らない。
俺がこんなこと考えてるなんてこと。
というか、知られたくないけど…!



さっきまで暖かいと感じていた、の体温は、今はもう俺より低くて、
それに気づいてしまって、繋いだ手を少し緩めようとした。
けれど、俺のその行動はが許してくれなくて、
結局、繋いだ手は少しも緩むことなくそのまま、繋がれたままだ。

どうしたら、と考えを巡らせ始めたら、またさっきの戯言が脳を掠めた。





(高い、ところから、低いところへ…)





頭を掠めてしまった戯言は簡単に消せない。
消えてくれるわけがない。
きっと、そうなったらいいと、俺は望んでいるから。

今の俺の体温は、の体温より高くて、
温度の流れは、さっきと立場が逆転していて、
今度は、俺から、へと伝わっていく。

絡めた指先から、繋いだ手のひらから。

俺の体温が、に流れ込んでいく。


俺の体温が、の体温と混ざり合って、満たして、そして。





の中に、とけていく。





「はいっ!じゃぁ今日の瞑想、終わり!!」




志賀先生の声で、目を開ける。
今日の瞑想では、案の定リラックスなんてできなかった。

瞑想の時間は終わりだ。
…まぁ、俺にとっては迷走の時間だった訳だけども。

繋いだ手が解けて、みんなが立ち上がる。
今日も、練習、頑張らないとなぁ。なんて考えてみるけど、
と繋がっていた手が暖かいままで、
軽く握ったら、の手の感触が、まだそこに残っている気がした。


「…、あのさ」

「うん?なぁに、西広君」


みんなが三々五々、ばらばらにグラウンドに散っていく中、
を呼び止めると、はふわりと笑ってこっちを向いた。


「俺の手、最初冷たかったでしょ、体温、ありがと」

「ううん、最後の方はあたしが分けてもらってたし。こっちこそありがと」


そうして、また笑みを深くする。
ありがとう、なんて。
今の俺には言われる資格なんてないのに。


「今日も練習、頑張ろうね!」

「うん、頑張る。ありがと。もね」

「ありがと、西広君。あたしもマネジ業、頑張るね」



の笑顔につられて笑顔になる。
互いに励ましあって、じゃぁ、と別れた。
に背中を向けて、グラウンドに駆けていく。




(溶け合って、融けて)

(ひとつに、なってしまえたら、いいのに)



いくら望んでも、今の俺にはどうしようもないけど。
いつか、この気持ちを、に伝えられたらいい。







***あとがきという名の1人反省会***
水上は西広くんがとてもとても好きです。
らーぜの子たちは皆可愛いですけど、特に西広くんプッシュ。

西広くんはマネジのお仕事も良く手伝ってるイメージ。
そんでもって妹も居るから、とっても優しいと水上は思ってます。
なので、マネジと仲良くなるのも早いんじゃないかな、と。
ほのぼのした絵ヅラだなぁ、と思ってたら、こんな感じに。
照れてる西広くんも絶対可愛いと思います。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2011.12.29 水上 空