今日もドッグ内は賑やかな音で溢れている。
目立って聞こえる金槌や、すぅっと流れるかんなの音。
少し遠くではのこを引く音。
見慣れた風景に、聞きなれた音だ。


ただ、顔を伝う汗の音…タラリ…と。
それさえ除ければ、気分も良いのにな、などとカクは苦笑した。





(帽子、被っとって助かったわい)





太陽が、容赦なく照る、とある夏の午後。







〜熱した鉄板〜







さて、たまっていた仕事はどうなっただろう。
新人の職人達への仕事の采配や指導はパウリーに押し付けてきたものの、
(酒と食事を奢る事で2つ返事で了承したのだ)
やはり自分が見てみない事には落ち着かない。


慌しく動く職人達の中から、取りあえずパウリーを探すか、と首を捻った瞬間。





「あー!査定お疲れ様です、カク職長!」





ドッグ内に響く、嬉しそうな声が。
この声を聞くと、急にドッグに帰ってきたという実感が沸く、声。


「おぉ。は今日も元気じゃのう。」

「取り柄はほぼそれだけなんで!」

「…威張って言うことではないと思うがの。」


今年新たに加わった新人職人。
カクが見下ろせば、目を輝かせながら「今回は査定早かったですね」と笑う。
船大工職人という男社会にただ1人飛び込んだ女のだった。

無邪気に笑う様はまるきり女であるのにも関わらず、
どこにそんな気力とパワーがあるのかと、皆が驚くほど。
は仕事も並以上にこなす。故に古株の職人達にも可愛がられていた。



勿論例に漏れず、カクにも、である。





「それはそうと。仕事はどうじゃ、順調に進んどるか?」


じわじわ照りつける太陽から逃れようと、日陰を目指して歩を進める。
遅れてそれにが続く。

暑さから早く逃れたかったからか、カクの歩幅は広く、
の足音が小走りなのに気付いて、慌てて後ろを振り返る。
悪い事をしたな、と思ったカクだが…ご機嫌そうなの表情が目に映り。



思わず、心がほわっと温かくなった。
夏の陽気すら忘れる、もう一度春が戻ってきたような感覚だった。


「順調ですよー。明日の予定分まで取り掛かれそうなくらい!」


思わず、の頭を1撫で。


「そうかそうか。えら…イィッ!?」







火傷しそうになった。
触ってすぐに離したから良かったものの、物凄い熱が伝わってきた。


ふわふわで、柔らかくて、誰もが撫でたくなる。
そんなの髪が、今は熱した鉄板のように。


これもこのクソ暑い太陽のせいかと、未だ痛む手を押さえながらを見る。
他人が触って火傷しかける熱さ。
なのに、どうしてこう…。





「えら、いい?別に私、えらのいい感じに張った顔はしてませんよ?」



当の本人は、キョトンとしているのだろう。



「………。お前さん……暑くは無いんかの?」

「何がですか?」

「頭…熱した鉄板のように熱くなっとるぞ。」


触ると熱いぞ、と静止した数秒後にはぺたりと自分の頭に両手をつける。
そしてはそのまま数秒間、何かを確かめるように停止した。



(こっちとしては火傷しとらんか、不安でたまらん…。)



なにせカクですら火傷しかけたのだ。
無言の時間が続き、取りあえずこれ以上の頭が熱くならないようにと、
頭を触ったまま動かないを引きずって、建物の作る影に場所を移動した。


「…ほんとだぁ、熱いっすねぇ。」


と、ようやくが呟いた頃には…。
カクは既に濡れタオルを用意した後であり、の頭にそれを置いた後だった。
溜息と共に、カクは言う。





「普通もうちょっと驚かんか?それ以前に気づくはずじゃろう?」

「ウワー、スゴクアツクナッテルヨー?」

「棒読みで疑問系にせんでも…。」

「んー…でもこれ以上バカにはならないと思うんですよ。だから平気。」

「…そういう問題じゃないわい。」


はぁぁ、と溜息を長々と吐いたカクを見て、のすみません、と有難うございます、の声が小さく続いた。



(ホントに、しょーもないのぉ。)



さっきまでの元気はどこへやら。
一転してしょんぼりと肩を落としたは、いつも以上に小さく見える。

大丈夫か?と問えば、もう大分冷えました、と続く。
おずおずと自分を見上げる目は、随分萎縮した印象を受ける。





いつも仕事に一生懸命に取り組む
だから、気付かなかったのだろう、自分の髪の宿した熱のこと。

頭に掛けられたタオルを退かし、の髪へ、指を差し入れる。
そこには先程までの熱はもうなく、いつもより湿った、それでも指触りの良い、の髪だけが存在していた。

ゆっくり髪を撫ですかし、時折指に絡めて。
の表情が徐々に柔らかくなったのを確認して、カクは手を離した。







えへへ、かくしょくちょう、やさしい。







ふわりと笑ったの顔を、直視することなく、カクは傍に寄る。

視界が、



「おぉ?」



翳る。



「かぶっとれ。幾分ましじゃ。」

「え、あ、あの…」







カクは、そのまま日向へと歩を進めた。
は、自分の頭に在る感触を確かめ、そのまま動けずに居た。

日に照らされて、明るい色のカクの髪が光る。





は、カクの帽子を目深に被ることで顔を隠した。
赤くなった顔は、心は、さっきとは比べ物にならないほど。

熱く、優しく。




「カク、職長…。」



熱した鉄板は、すぐに冷えてくれるけれど。
今度の熱は、そう簡単には冷えてくれないだろう。
カクも、も。そう思った。







***あとがきという名の1人反省会***
カク職長が好きです。もう大好きなんです。
カク職長の帽子を貸して欲しかったんです。

夏の暑い日を目指して書いてたはずが…え、11月?
無計画にもほどが在る…すみません;
く…苦情も感想もビシバシどうぞ!

ここまで読んでいただきありがとうございました!!(逃ッ!!

2007.11.17 水上 空