街に着くまでの旅路は殆どの場合、徒歩だ。
当然1日で次の街に到着できる日ばかりではなく、野宿になることの方が多い。
キャンプをするときには水場が近くにある所を選ぶとはいえ、
当然ながらゆっくりとお風呂に入るなんてことも出来ない。
自分の好きなメニューが毎食選べるわけでもない。

好きでしていることとはいえ、制約の中で生きる生活。

だから、街に着くと、みんな一様に歓喜の声を上げるのだ。



新しい街に着いて、が決まってすることといえば、たったひとつだ。
いや、たったひとつ、というのには少々語弊があるけれど。

にとっては、食事も、寝る場所も、お風呂も。

もっと言ってしまえば、ジム戦も、ミュージカルでさえも。

そのすべてをあわせても、そのたったひとつの"したいこと"には敵わない。



それだけ、にとってその行為が、大切だってこと。

たったひとつのその行為を、それだけ心待ちにしているってこと。





「さぁ!早く行こうぜ!」


前を行くサトシが「コロッケ!コロッケ食いたい!」と、元気よく駆け出す。

その後ろを、文句を言いつつ、軽やかな足取りでアイリスが追う。



そして、

僕と、が並んで。



きらきらと揺れるの髪が、嬉しそうに色付く桜色の頬を彩る。

あぁ、なんてスウィートな表情なのだろうか。

お願いだから、僕以外の前でそんな顔しないで、なんて。

この甘酸っぱく爽やかな時間を、僕だけのテイストにしたいと思ったなんて。

そんな、贅沢なことなんて、僕が望んでいいはずがないのに、ね。







〜I REALLY REALLY...!〜







が、そのしたいことをするときは、決まって夜が更けてから。
いくら楽しみな時間だとはいえ、それをする前には手順があるのを僕は知っている。

ご飯を食べて、お風呂に入るのは勿論のこと、
いつもよりも念入りに髪を梳り、唇には色つきリップを。
鏡の前で笑顔の練習も抜かりなく。

それから、ポケモンセンターのロビーの隅へと向かうのだ。



彼、と。話をするために。



それを初めて見てしまった時。

の想いに気づいてしまったとき。

僕の胸の内に、どれほどの暗雲が広がったか、は知らない。










「もしもし、タケシ?」

「あぁ。次の街に着いたのか?」

「そ。今ね、ポケモンセンターだよ」

「そうか。みんな元気か?」

「…うん、みんな、元気だよ。タケシは?」

「あぁ、俺も変わりないよ。こっちもみんな元気にしてる」

「そっか、良かった」

「そういえば…」





は、彼と話しているとき、よく笑う。

僕たちには見せない表情で。


それはとても魅力的で、僕のハートを深く捉えて離さない。

髪からのぞく耳が、頬と同じく桜色に染まって、

熟れた果実のような瞳が、モニターに一身に注がれている。

甘く柔らかそうな唇から紡ぐ彼の名前は、今にもとろけてしまいそうだ。





何度思っただろう。

その視線が、僕に向いてくれたら。

その声音で、僕の名前だけを、呼んでくれたら。





大きめのため息が漏れたことで、はっとする。
自分のため息に驚くなんて、どれだけ意識を飛ばしていたのだろう。

ロビーの隅からは、彼の「そろそろ寝ないと駄目だぞ」という穏やかな声が聞こえる。
もう、電話も終盤のようだ。


このまま、ここにいてはいとも容易く見つかってしまうだろう。
どこか冷静にそう思う。
と僕の間に遮蔽物はない。
こんなところに立ち尽くしていては、不審に思われること間違いない。



は、僕の想いなんて、当然知らない。

極力、何事もなかったかのように振舞わなくては。

夜風に当たれば、この想いも少し位は沈静化してくれるだろう。

この場から離れる理由としても、それは正当だと思えたし、
電話を終えたに会ってしまったとしても、正当な理由に思えた。

そうと決まれば、と視線を外に向け、歩を進めた瞬間。


「デント?」

「!…やぁ、。電話してたの?」



あぁ、もっと早く僕が決断してここを離れていれば良かったのに。



「あ、もしかしてデントもコーンとポッドに電話?」

「ううん、そういうわけじゃないんだ」

「そなの?」


何の疑いもなく僕を見上げる視線。
まっすぐな視線を受け止めるのが、後ろめたくて堪らない。
ごめんね、ホントは電話してるの知ってたんだ。

後ろめたさも合わさって、つい、出口へと視線を逸らすと、
少し遅れての視線がついてくる。


「うん、ちょっと散歩」

「そっか、あたしも一緒に行っても良い?」

「…もちろん。さえ良ければ」


ホントは、1人で夜風に当たるつもりだったのだけれど、

…そうしなければいけないだろうと知っていたけれど。

僕のハートは降って沸いたこの2人での散歩に、喜びを感じてしまっていて、
僕自身ですら、そのハートの高鳴りをとめることが出来ない。

まして、今日のは、いつにも増してきらきらと輝いているから、
常日頃だってそうなのに、そんなにきらきら輝いたを目の前にして、
からの申し出を断るなんてこと、できっこない。

行こうか、と声をかけて扉を開けば、冷たい夜風が頬を撫でていく。



お願いだ、頬の熱よ。一刻も早く夜風に連れ去られてくれ。










それから暫く、いろんなことを話しながら歩いた。
旅のこと、料理のこと、故郷のこと。
は僕の問いかけに淀みなく答えを返し、僕は時折相槌を打ちながら。

ゆっくりとの歩調に合わせて歩く。

僕の隣で屈託なく笑うを見ていると、胸が締め付けられて仕方がない。



だって、電話のときの顔とは、明らかに違うじゃないか。

声音は至って冷静で、彼を呼ぶときのような声を紡いではくれないじゃないか。

あぁ、なんて僕は醜いのだろう。

は悪くない、悪くないのに。





そんなことを考えていたら、つい。


はよく電話するよね、…家族に?」


口が、滑った。

途端、が驚いた表情を作る。
さっきまではすんなりと返答してくれていたのに、
この質問に対しては、物凄く返答しづらそうだ。目が泳いでる。


「…ううん、前に一緒に旅をしてた、…その、…友達、に」

「…そう。その人と、仲が良いんだね」

「どうかな、面倒見の良い人だからなぁ」


さっきまで、隣を歩いていたは、僕の斜め前を歩いている。
伏し目がちになり、ぽつりぽつり、彼のことを話してくれる。





面倒見の良い、お母さんみたいな人。

大人のお姉さんが大好きで、星の数ほど恋をしていること。

ポケモンドクターを目指して、一生懸命なこと。

ポケモンと接するとき、それはそれは優しい瞳をすること。

とサトシのことを子供扱いしては、頭を撫でる癖。





際限なく。は彼のことを教えてくれた。
僕は笑顔を貼り付けたまま、頷く事しか出来ないというのに。





髪からのぞく耳が、頬と同じく桜色に染まって、

熟れた果実のような瞳は、彼の面影を空に見ているのだろう。

甘く柔らかそうな唇から紡ぐ彼の情報は、大切な、大切な宝物。





あぁ、もう。

やっぱり、もう我慢が。





、」


そっと、の手首を引いた。
その力に逆らうことなく、は振り返る。

の手首は、顔と同じく桜色に染まって、熱を帯びていた。

たまらず距離をつめる僕に、は困惑気味だ。


「?どうしたの、デント?」

「…流石に、そんなキュートな顔で話されちゃうとさ、嫉妬しちゃうよ」

「…嫉妬?」

「今、の傍に居るのは僕なのに」



ごめんね、

心の中で謝っても伝わらないけれど、喉が擦れて声が出ないんだ。

ハートはどくどく、せわしなく鳴り響いて、僕の衝動を後押しする。



「デン、」

「でもね、」


初めて、を抱きしめた。

優しくなんて、出来ない。

が抵抗しないことをいいことに、僕は、

求めるまま、想いの強さの分だけ強く抱きしめた。

腕の中で香るの香りが、僕のハートを、満たしていく。



もう、後戻りは出来ない、なぁ。



ひとつ深呼吸をしてから、意を決して腕を緩める。
の顔は、月明かりでも分かるくらいに真っ赤だった。
怒りで、ではなさそうだと、ちょっと安心した。



この表情は僕がさせたんだ、そう思うと、嫉妬心はあっさりと収まってくれた。



背中に回していた手を、今度は肩と、それから頬へと移すと、
は緊張で、より一層肩を強張らせてしまう。



ねぇ、どうしてそんなにかわいい反応をしてくれるの?

本当に、本当に困ってしまうよ。

君のことが、好きになり過ぎてしまって。どうしようもないよ。



の瞳を覗き込むように距離を縮め、僕は続ける。


「そうやって、好きな人の事を話す君も全部含めて、僕は」



もう我慢なんて出来ない。

花に吸い寄せられる蝶のように、僕はに吸い寄せられ、







が、大好きなんだ」







ありったけの想いを乗せて、りんごのようなの頬に、


キスをした。







〜I REALLY REALLY LOVE YOU !!〜







僕の好きな笑顔を作ることが出来るのは、僕じゃないけれど。

片思いをしている、恋してる、君ごと大好きなんだ。








***あとがきという名の1人反省会***
長らく更新をサボってました。水上です。ごめんなさい。
しかも再開に当たって書いていたのがポケモン、しかもBWって…
私は何をしでかしてるのでしょうね…ほんと…
水上はタケシ君が大好きです。デント君も、割と好きです。
映画を見に行って、「タケシがいない、でもデントもちょっと良い奴」とか
思ってたらネタ神が久々に光臨してしまい、こんな結果に。
テーマは切ない片思い、でも片思いしてる君ごと君が好き、です。
ちょっとでも共感していただけたらいいな、と思ってます。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました!!

2011.09.14 水上空