好きだ、なんていうのは、所詮自己満足なのかもしれない。



そう感じるようになったのは、いつの頃だったか。
この旅に出て過ごすようになってから、だというのは確かなのだけれど、
そこの所はいまいち、はっきりと思い出すことができない。



少なくとも、生まれ育った街に居た頃は、そんなこと考えもしなかった。



優しく、時に厳しく育ててくれた両親は、いつも愛情を注いでくれたし、

街の人々は、さりげなく気遣ってくれる、いい人達だった。

さほど大きくはない街だったけど、それなりに友達は多いほうだったし、

街の周りに暮らす野生ポケモンも、皆、穏やかな子達ばかりだった。

あの頃、あの街に居た頃のあたしは、それはもう純粋で、

自分が好きなものは、全力で大好きだと胸を張って言えたし、

自分を好いてくれるものを、無条件に愛することができた。





単純といわれれば、それまでだ。
あたしだって、今になってみれば自分自身のことだというのに、
ひどく滑稽な考えだ、と笑いたくなってしまうほど。



好きだ、という感情は。

想えば想うほど、相手に伝わるし、また、相手もそれを返してくれる。

そう、思って、いた。



あの頃は、それが真実だと信じて、疑うことすら―





だから、いつも思う。

きっと純粋な君には、こんなにどろどろした感情はないんだろうな、なんて。







〜MUDDY LOVE LETTER〜







「お、起きたか」

「………あー…ゆめ、か…」


頭がぼんやりする。
寝袋から体を起こせば、切り株に腰掛けて、
のんびりとお茶を飲んでるタケシの姿があった。


「どうした?まだ寝ぼけてるのか?」

「…ううん、大丈夫。…タケシ、おはよう」

「おはよう。…というか、今日のは寝坊、だな」

「え、嘘!?」


咄嗟に飛び起きてあたりを見回してみたけれど、
いつも五月蝿いくらい元気なサトシの姿はない。
辺りには野生のポケモンも少ないのか、驚くほど静かだ。

慌てるあたしの頭に、タケシの手が下りてきて、そのまま頭を撫でられる。
タケシの手は、不思議だ。
触れられるだけで、幸せで、穏やかな気持ちになってしまうから。


「ホーンート。もう皆朝飯終えて、そのあたり散策してるよ」

「あの、ご、ごめん…」

「いいや、気にするな。最近野宿多かったしな、疲れも溜まってたんだろう」

「ん…そうかな…」

「ほら、早く朝飯食べて、出発するぞ?」

「はぁい。じゃぁ、先に顔洗ってくるー」

「あぁ、それがいい」


手早く寝袋をたたんで、少し離れた川まで移動する。
川の水へ手をつけてみると、清らかな水はひんやりと冷たく、
寝起きで高い体温を冷ますには、丁度、いや、少し冷たいかもしれない。

視界の端で、トサキントが跳ねる。

ざぶざぶと遠慮なしに顔を洗って顔を拭くと、
夢見のせいでかいてしまった脂汗が流れたせいか、幾分気分も回復した。
川の水を今度は鏡代わりにして、髪形を整える。
朝の支度は、一応全部終わった。


「ご飯、食べなきゃなぁ」


やらなければいけないことを口に出して、立ち上がってみたけれど、
さっきまであたしが居た場所には、なんとなく戻り辛くて困ってしまった。

ご飯はそこにしかないし、ご飯を食べないことには出発もできない。
サトシは次の街のジムリーダーに早く挑戦したがっていたし、
あたしだってポケモンセンターでシャワーを借りたいのはやまやまだ。



でも。

夢見が、悪すぎたせいか。

タケシと顔を会わせ辛くて困る。





純粋なあたしで居られなかったことへの落胆。

純粋に愛を叫びまくるタケシへの羨望。

タケシへの、想い。

届かない想いを目の当たりにして。

そして、深い、深い、絶望。





夢の続きを見ていたら、きっとまたそこにたどり着くんだろう。
何度も見た夢は、もうそらで暗唱さえできてしまいそうだ。



いっそ、このまま、この森に留まってしまえば。

タケシの周りから、大人のお姉さんが消えてしまえば。

そんなことを思っては、何度頭を振ったことか。
そんなことはできないことだし、起こりえない事だというのに。
それでも、願いたかった。

だって、そうでもしなければ。
タケシの目に、あたしはいつまでも映ることはないまま、
旅の仲間として無遠慮に…あたしにとってはただ痛いだけの優しさをくれるから。
その優しさが、毒のようにあたしの中を駆け巡って、またあたしを蝕んでいくから。





タケシが、好き。

あたしは、タケシが。凄く好きだ。

でも。





きっとタケシの好き、は、こんなどろどろ、醜い感情じゃないんだろうな。

タケシがお姉さん達に向ける好意は、清清しくなるほどにまっすぐで、純粋で。

そして、見るたびに思う。



あたしなんかが、タケシを好きで居ちゃいけない…って。



昔のままの私だったら、きっと大丈夫だったかもしれないけれど、
今の私では、きっとタケシまで穢してしまうに違いない。



あぁ、私はなんてひどい人間なんだろう。

そこまで判っていてなお、一緒に旅を続けてる、なんて。

タケシの傍に居たいと思うなんて。










「随分のんびりだったなぁ。朝飯温めなおしておいたぞ?」

「あ、うん。ありがとう、タケシ」

「いやいや、礼を言われるような事じゃないし」


想像通り。タケシはこんな私にも優しくしてくれる。
鍋の中でコトコトと音を立てるシチューをお皿によそって、
テーブルへと持ってきてくれた。

いつも通りの、穏やかな微笑み。
その微笑みが好き。
タケシが、好き。

思わず漏れた溜息を拾ったタケシが、どうかしたのか、と首を傾げて、
焦ったあたしは、無理やり話題を変更する。


「ほんとさ、一家に一人タケシママ、って感じだよね」

「…誉め言葉と受け取っていいかどうか微妙だな…」


苦笑するタケシがテーブルにシチューを置く直前。


「タケシママー、いつもありがとぉー!」

「ぬぉ!?ちょ、!こぼれる、こぼれるから!!」

は今タケシママに絶賛感謝中ですのでー?」

「のでー?じゃない!シチュー熱いからやめなさい!」


タケシの体にタックルする勢いで、抱きついた。
急のことだったのに、タケシがよろけたのはほんの一瞬で、
しっかりとあたしのことを抱きとめてくれた。

その事が嬉しくて、調子に乗ってさらに擦り寄る私に、
困惑気味のタケシの怒声がもう1つ飛んでくる。







「俺に掛かるのは良いけど、に掛かったら大変だろ!!」







あぁ。

タケシは、こんな時にも優しい。

怒りはするものの、その怒りはあたしを心配してくれてのもの。

それがあたしの想いを加速させる原因なんだよ。

タケシの、鈍感。





「………お、おい…………?」


暫く抱きついたまま固まったあたしの頭の上から、
控えめに、タケシがあたしの名前を呼ぶ。

無理に引き剥がす訳じゃなく、頭を優しく撫でてくれる。



タケシ、あのね。





「タケシ…ママ、………優しくて、だい、すき…」




タケシのように、純粋で、清らかな想いじゃないかも知れないけれど。

どろっどろの、暗い、重たいだけの感情かもしれないけれど。

あたしね、

タケシが大好きだよ。


今は、こんな風に茶化してしか言えないけど、




いつか。







MUDDY LOVE LETTER



あたしがそう告げてから、ずっと頭を撫でてくれていた
タケシの手が止まっていた事なんて、あたしは全然気付いていなかった。








***あとがきという名の1人反省会***
タケシくんは紳士なので、無意識に女の子を
怪我から守ってくれそうなイメージです。
オトナのお姉さんに限らず、ですね。
純粋に愛を叫ぶタケシくんを見てると、嫉妬の感情とかが
汚れてる気がして困っちゃいます、っていうお話です。
真っ直ぐに、純粋に愛せるって、凄い事ですよね。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2011.09.15 水上 空