「こんにちは、さん。」

「あぁ、大石君。いらっしゃい。」


慣れ親しんだ理髪店。
戸を開けてすぐ迎えてくれる笑顔は、小学校の頃から変わらない。
俺の、淡い初恋の君。
そして、今も。







〜初恋とタマゴヘッド〜







「そっかぁ、あれから2週間は経ってたっけ。」

「この前が、今月の初旬でしたから………。」

「そっかそっか。そういえば結構伸びてきてるもんねー。」


2週間おき。
この髪形を維持するため、という名目を盾に。
さんに会うため、俺は此処に通っていると言う訳だ。

カレンダーと俺の髪を交互に見やっては、フンフンと頷く。
勧めてくれた椅子に腰掛けると、カットの準備は手際よく進んでいく。
ほんの少し、卵型から伸びた髪の毛をつんつんと引く手。
理髪店で働いているとは思えないほど柔らかい手に、心臓はいつも跳ね上がる。





出来るだけ平静を装ってみても、言葉の端が上ずってしまったり。
顔が赤くならないか、と気を配って、逆に赤くなってしまったり。

いつも必死なんだけれど、どうにもさんにはそれが伝わっていないらしい。
…いや、伝わっても困るんだけれど。
すっごいすっごい困るんだけど!





「…日付感覚なさ過ぎですよ?」

「うーん…日付なんてあんまり考えないのよね、この職業。」

「そうなんですか?」


何気なく言われた一言が重い。
俺の想いが伝わっていない事をきっちりと認められているような気がして。
奥歯を噛み締めて、出掛かった言葉を飲み込む。

俺は、さんに会えないことが辛いのに。
さんはそうは感じていないんだ、なんて。

ただ、貴女を困らせるだけだと知っているから。


「そうそう。ほとんど毎日人の髪触ってるから。」

「へぇ………。」


耳の横で、はさみが軽快なリズムを刻む。
手際よく進んでいく散髪の音に、より惨めな感覚を味わうのは気のせいか。

いつの間にか俯いてしまっていた顔は、彼女によってもう1度前を向かせられる。
細く長い、さんの指が触れている部分だけが熱を持ったように熱かった。



きつく目を閉じる。
何とか、熱を逃がしたくて。
これ以上、貴女の事を好きにならないように。





それが無理だと知ったのは、今思えばきっとこのときだったんだと思う。





「それにね、大石君はなんか違うからさぁ。」

「…何が、ですか?」


さんの声をしっかりと拾って。
それにしっかりと応対している自分に気付いた。

楽しそうに踊る指先や、ふわり、揺れる長い髪。
鏡越しにさんの働く様を見つめて。



目が合えば、自分でも驚くほどに眉の下がった笑い顔を返す自分。



「敬語は要らないよって言ってるのに直らないし。」

「年上の人ですからね、敬語じゃないと。」

「あと…なんかね。」



本当は、敬語じゃなくて、もっと親しく呼びたいのに。
さん、じゃなくて、って。
呼んでしまって、自分が止まらなくなるのが怖くて。
自分にブレーキをかけて、今までやってきたのに。





「大石君に似合いそうな髪形考えてるとね。会ってる様な気がするの。」





たった、この一言だけで。
今すぐ貴女の名前を呼んで、この腕に抱きしめられたらなんて。
想いを伝えても、良いんじゃないかなんて。

これ以上、貴女の事を好きにならないように。
今さっきの行動なんて、全部忘れてしまって赤くなる。







「大石君は…髪型はずっとこのまま?」


カットが終わって前掛けが外されれば、鏡に映るのはいつものたまごヘッド。
違う事は、鏡越しの会話が続いている事だけ。
ニコリ、微笑むさんが愛しい。


「…部活に参加している間は。」

「じゃぁ、その後には思い切って変えてみよう?」


無邪気に微笑むさんが、俺のことを考えてくれている。
例えそれが、今だけだとしても。


「………無理のない程度にしてくださいね?」

「大丈夫だよ、私を信じなさいって。」

さんに任せるのはかなり心配です。」

「何それ!」







俺にとっては、それだけがただ嬉しくて。







***あとがきという名の1人反省会***
拍手夢より持ってきました、大石夢です☆
…なんてーか、まずはテニプリ更新久々だって話よ。
大石君は純情そうな感じに書きたいらしく
(だって良く考えたら中学生だもの)
書いてみたら物凄く純情で、ちょっとドキドキしました。
…良いね!青い春万歳!
皆さんも青い春を楽しんでくださいねー!

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

加筆修正 2006.05.29 水上 空