「竜崎。」


ワタリさんにタオルだけ借りて、部屋に入った。
連絡はしっかり伝わっていたんだろう。
部屋に入ってすぐに竜崎とぶつかりそうになった。


「どうしたんです。連絡もしないで…。」

「ごめん。」

「傘も差さずに来たんですか?」


大きめのバスタオルを竜崎は手に持っていて。
髪だけを拭いていた私の肩にそれを掛ける。
ほんのり暖かいと感じたのは、きっと竜崎の体温が移っていたからだと思う。
心配して私の顔を覗き込んだ竜崎の瞳は、物凄く暖かいものだったから。

すがるように抱きつく。
竜崎の服が濡れるのはこの際気にしない事に決めた。





「あたし、家出してきたから。」

「は?」

「今日から此処において。」





馬鹿なことを言ってるって事はあたしだって知ってる。
それでも、あたしは此処を選んだの。
竜崎の邪魔をするって知っていても。
逃げたいと思える場所は、………逃げる場所は。





竜崎の隣と決めていたから。







〜もう少し、先のお話〜







「………。何があったんです?」


程なくワタリさんが温かい飲み物を持ってきてくれた。
竜崎の手から渡されたそれに、有難く口をつける。
一口飲み込むと、身体に熱が伝わっていく。



ほんのりと優しい暖かさに、思わず溜息が漏れた時を狙って、竜崎は尋ねた。



「何もない。竜崎と一緒に居たいだけ。」

「それだけが家出の理由ですか?」

「そう。」


竜崎と一緒に居たいだけ。
確かにそれも理由のひとつだから、あたしは嘘はついてない。
それでも、それは1番の理由ではない。
ただ、言えなかっただけだ。
特に、竜崎には。

それ以上語る事はないだろう。
そう竜崎は判断したのか、溜息1つを残して立ち上がる。
勿論、私を肩から起こして、一緒に手を引いて。


「すぐに送りますから。帰りましょう。」

「嫌。」

「困らせないで下さい。」

「竜崎は、あたしと一緒に居るのが嫌なの?」





竜崎の力に反発して座り続けたまま、あたしは竜崎を見上げる。
あたしが居る事が、そんなに嫌なのかと。

真剣に竜崎を見つめて訪ねた。

けれど、竜崎の表情は変わらない。
漆黒の瞳に、動揺の色どころか、感情の変化すら見受けられない。
竜崎も、真剣な表情であたしを見やる。










「嬉しいですが、嬉しくありませんね。」










軽い溜息と共に、そんな言葉を返して。





言葉の矛盾に気付くより先。

あたしの心に、亀裂が入る。

声も出ない。

動く事すらも。

痛い、ただ、それだけ。















「大方、得体の知れない男とは縁を切れとでも言われたんでしょう?」


竜崎があたしの隣に座りなおした事だけは、辛うじて解った。
核心をつく言葉と共に、ソファーが軽く軋む。



声に抑揚はない。



「そんな事で、こちらに来られては困るんですよ。」

「…竜崎の馬鹿。」

「馬鹿で結構です。」

「竜崎は、あたしのことなんてどうでも良いんでしょ?」





得体の知れない男とは縁を切れ。

大体、ろくでもない奴に決まってる。



これほど、あたしが言われたくない事なんてないのに。
親は、決まってあたしの将来を考えてる、とか。
そんな言葉で、あたしの気持ちを無視して、竜崎を貶して。

…会った事もないのに、竜崎の良さも解らないのに。

竜崎を傷つける言葉を言わないで。
あたしの幸せを願うなら、今のあたしの気持ちを無視しないで。





そう、思って家を出た。
そんなにあたしの気持ちを無視するのなら、いらない。
親なんて、要らない。
竜崎さえ居てくれたら。
そう、思って家を出たのに。





気付くより前に、涙が頬を伝っていた。

竜崎は、あたしの事なんて、どうでも良いんだ。

そう思ったら、どうしようもなく、涙が溢れて。

竜崎に背を向けて、泣き顔だけは隠して縮こまる。







すると、それすらお見通しだというように。







。」


あたしの頭に、柔らかく落とされる掌。
あたしを緩く抱きとめる腕。

聞こえる声すらも、さっきまでとは比べ物にもならないくらい。
優しくて、暖かい。

諭すように、あやす様に。
耳元で響く、竜崎の声。





「もう少し、将来の事を考えてください。」















「私は、ずっとと共に居たいんですよ。」


一言。
ただそれだけなんだけど。
それも、背中から聞こえた声だけなんだけど。


「送りますから。帰りましょう?」


逆らう事なんて出来ないくらい。
嬉しくなったのも、確かだし。
こんなにさらりと、将来の事を持ち出すなんて思ってもみなかったし。


「うん…。」





親のきつい言葉も、気にならなくなっちゃうくらい。
あれほど持っていた反発心も、なくなるくらい。





「今度は随分聞き分けが良いですね、?」

「竜崎と一緒に居たいもの。」



竜崎が、好きだから。
これからも、竜崎の傍に居られるように。
あたし、もう家出なんて馬鹿なことしない。



「そうですか。」





そう言って笑った竜崎は、本当に嬉しそうだった。

繋いだ手は、家に付くその瞬間まで解かれる事はなかった。







竜崎との、もう少し先の未来。
それを守れるなら、あたし、二度と家出なんてしない。

竜崎の傍で、あたしが笑う未来。
それが叶うのは、きっとそう遠くないはずなんだから。







***あとがきという名の1人反省会***
お友達記念に書かせていただきましたL夢ですー!
…って言うか遅くなって申し訳ないです(汗
何やらシリアスチックですね…orz
アレ?甘め?何ですかそ…あ、ごめ、ごめんなさい!
モロヘイヤを投げるのは勘弁して下さい、アレルギーなんで!

…こんなもので良ければお持ち帰り下さい。

それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。

2006.05.14 水上 空