揉め事の起こる場所は、常に会計委員会室なんです。



「団蔵!………お前まぁた間違えやがったなー!」

「うわあぁぁん!ごめんなさーい!」

「言い訳は聞かん!そこに居直れ!」



僕が書いた報告書の決算が合わなくて。
毎回、潮江先輩を怒らせることになっちゃって。
いつものこととは言っても、潮江先輩が怒ると、やっぱり怖くて。
すぐに涙が浮かんじゃうのは悪いことだと思う。



だって、僕が泣くから。





「潮江先輩!いい加減にしてください!!」





大好きな先輩を揉め事に巻き込んじゃうんだ。







〜2つ、繋げてみると〜







「団蔵ちゃんのこと、泣かさないで!」

「五月蝿い!は黙ってろ!」

「ヤです!大体先輩はいっつも団蔵ちゃんを泣かしすぎです!」

「元はと言えば団蔵の書く漢字が読めんからだろうが!」

「私は読めます!先輩達の気合が足りないんです!」

「気合でこんなもん読めるかーっ!」







ドガシャーン!!







潮江先輩は、手近にあった机をちゃぶ台返し。
委員会室での揉め事は既に口論の域を超えたみたい。
最高学年で委員長の潮江先輩に、果敢にも先輩は噛み付いてる。



先輩は、僕の大好きな先輩。
会計委員会に入って、2つ上の先輩が大好きになった。

ただ、顔が綺麗だから好き、とか。
そんな簡単な理由で好きになったわけじゃない。
(そりゃぁ先輩は綺麗だけど!すっごく!)





「あ、あの…先輩………潮江先輩………?」





やっとで泣き止んで先輩達の下へ近づこうとするんだけれど。
そこはすでに、上級生の戦場の地と化しているから。
オロオロとすることしか、僕には出来ない。


「漢字の練習させるのが何が悪い!」

「だから!そのギンギンに怖い顔を何とかしてください!」

「な・ん・だ・とー?」

「怯えさせて学ばせるなんて間違ってます!」





先輩は、いつもこうして僕が泣いた時に庇ってくれて。
時に居残りを命じられた時も、文句も言わずに残っていてくれたり。
僕が分からないことをいっぱい教えてくれたりして。

にこって笑った顔が、とっても可愛い先輩で。

だから、大好きになりました。





なんて、今はそんな説明をしてる場合じゃ…!
早く先輩達を止めないと…あぁ、でもどうしたら良いんだろう!?

と、僕が1人で百面相をしていると、頭の上から潮江先輩の舌打ちが。
咄嗟に上を向けば、口論に負けたらしい苦虫を噛み潰したような潮江先輩が映る。


「……………じゃぁ、。てめぇが教えて来い。」

「良いですよ!…行こう、団蔵ちゃん。」


何だか知らないうちに勝手に話は纏まっていて。
僕はいつの間にか先輩に腕を掴まれていた。

あんまり潮江先輩が睨みつけるもんだから、僕はちょっと動けなくて。
先輩に引っ張られるようにして会計委員会室を後にした。





先輩が大きな音を立てて襖を閉めた後になって。
僕は先輩と2人っきりの勉強会に気付いて。
頑張ろうねって、先輩が掛けてくれた言葉に笑顔で返事を出来た。



例え、苦手な漢字の勉強でも。

先輩となら楽しく勉強できるかなって。





そんな気が、したんだ。





「…頑張ります、僕。」

「ほんと?偉いね、団蔵ちゃん。」


数歩先を行く先輩は、振り向いて僕の言葉を受け止めてくれた。
真っ向から、僕を受け止めてくれる先輩。
僕はその先輩の信用を壊したくない。


先輩に、迷惑掛けたくないから。」

「気にしなくて良いのに。」










隣に並んで告げると、先輩はコロコロと笑った。

つられて、僕も。















「う〜………上手く書けない………。」


筆を持ったまま、机に突っ伏す。
半紙には、並んだ字、字、字。
頑張っているつもりでも、僕はやっぱり文字を書くのが苦手みたい。


「団蔵ちゃん、『五』だよね、これ。」

「そうですー………。」


隣でずっと励ましてくれていた先輩が、半紙を覗き込んでくれている。
他の事で時間を潰していてくれて良いのに。
ご丁寧に先輩は、ずぅっと僕に付きっ切り。

こうして僕がやる気を無くすたび、落ち込むたびに。
打開策とか、字の書き方とか。
文字通り。手取り足取り教えてくれたりして。



先輩に触れられることは嬉しいんだけど。

何ていうか、………時間を無駄に過ごさせている気がしてならない。





「んー…。『千』と『十』に見えるね。」

「ごめんなさい………。」

「謝ることないよ、団蔵ちゃん。」

「だって彼是半刻も進んでないし…。」


一向に上達する気配のない僕の漢字。
見事に分離した文字を見て、僕は落ち込んでいるのに。
先輩は、凄く優しく微笑んでくれる。



ごめんなさい、と繰り返すしかない僕に。

頭をなでて、飛び切りの笑顔で。

付きっ切りで教えてくれる。

優しい、先輩。



そんな、先輩の期待に答えることが出来ない。
さっき、潮江先輩に怒鳴られた時とは違う。
情けなくて、涙が零れそうだ。





ぐっと堪えて、俯く。










「団蔵ちゃん。」

「え?」


急に名前を呼ばれて、反射的に顔を上げる。
間の抜けた返事と同時に、堪えていた涙が一筋頬を伝った。
やばい、頬を自分で拭く前に、先輩の手が、僕の頬をなぞる。



触れられた頬が、熱っぽい。



頭は既に混乱状態。
どうしようどうしようと、ちっちゃな僕が頭の中を駆け巡る。
対処に困る僕の顔は、次第に火照っていくだけだ。

取りあえず、用件だけきっちり聞いておかないと。
先輩の指が指すのは、さっき僕が書いた漢字なんだから。


「ここんとこ。繋げたらさ?ちゃんと『五』に見えるよ。」


指を退けて、先輩は『千』と『十』を繋げた。
墨汁が半紙に浸み込んで、漢字は1つに繋がった。
…ちょっと、不恰好だけれど。


「ちょっと下に突き抜けてるけどね。」

「ほんとだ…。」





それは、さっきよりしっかり『五』に見えた。

ほんの一本。

たったそれだけ、付け足しただけなのに。





「こうやって、2つ一緒にすると、ちゃんと読めるでしょ?」





先輩は笑う。

だから、大丈夫なんだよ、と。





「一緒に書いてあげようって思えば、ちゃんと書いてあげられるよ。」





分離したら、離れたら、繋げてあげようね。

そういって、教えてくれた。





「団蔵ちゃんは優しいから、一緒に書いてあげられるよね?」

「はい!」


勢いよく返事をして、もう一度筆を取る。
先輩の教えてくれたことを、頭に刻み込んで。
深呼吸を1つして、筆にたっぷりの墨汁を浸み込ませる。







「2つ、一緒に…繋げて、繋げて………。」







2つ。
分離しないように、離れないように。
漢字だって、2つ離れたら淋しいもんね。

少なくとも、僕は。



………先輩と離れるなんて嫌だもん!!










一生懸命に筆を動かした結果。


「うん!上手に書けてるよ、団蔵ちゃん!」


僕の半紙には、ちゃんとした漢字の『五』が浮かんでる。
やっぱり不恰好だけれど、随分ましになったのは誰の目にも明らか。
分離した文字じゃなくて、ちゃんと1つに纏まった文字。


「う…わぁ………書けた。先輩!僕『五』って書けた!」

「凄いよ、団蔵ちゃん!」


嬉しくて、勢いあまって先輩に抱きついて。
自分でも何やってるんだろうとか顔が火照ってきたのに。
先輩が、ちゃんと抱きとめてくれたのが嬉しかった。
頭を撫でてくれたのが、凄く凄く嬉しかった。





もうちょっとだけ抱きついて居たかったけれど。
これ以上顔が火照ると、今日から先輩を見れなくなりそうだったから。
大げさに感謝の意を述べて、離れた。















次の日。


会計委員会室に行こうとしたら、先輩が迎えに来てくれた。
大急ぎで掃除を済ませて駆け寄ると、待たせてしまったのに先輩は笑ってた。

いつも通りで、変わらない関係。

先輩は僕の大好きな先輩で。
僕は多分、先輩のお気に入りの後輩で。
微笑みかけてくれる先輩に、僕も笑顔で元気に返事。





ただ、1つだけ関係を増やすとしたら?



僕は、先輩に並んで言う。





先輩、………これからも漢字の練習、付き合ってくれますか?」

「良いけど…?」


少し驚いた顔の先輩に。


「僕、先輩と漢字の練習したいです。」


苦手な漢字の、先生になってほしいんです、と。


「そっか。」

「これからも色んな漢字、書けるようになりたいです。」

「じゃぁ私も色んな漢字覚えないといけないなぁ。」





きっと。
先輩が教えてくれるなら、漢字も好きになれると思うから。
分離したままじゃ、読めないけれど。
先輩と一緒にやれば、きっと漢字も上手く書ける。



漢字は、2つ組み合わせると、全然違うものになったりするけれど。



僕は、2つで1つになるのなら。
どうせだから、先輩とが良い。

学ぶのだって、何だって。
これから先、ずーっと、先輩とが良い。





キュッと軽く手を握ったら。
先輩は、僕の手を握り返してくれた。
好き、と先輩に伝えるのは。
漢字が上手く書けたときにしよう。
先輩に、心を込めて、手紙を書こう。















それから、それから。


「…本当に読めるようになってるじゃねぇか。」

「当たり前です。団蔵ちゃんは勉強熱心な良い子なんですよ。」


昨日、終えられなかった分の報告書を提出。
他の委員の人は、昨日のうちに全部済んだみたいで、誰も居なかった。
驚く潮江先輩に、先輩がニッコリ笑う。
僕もちょっと、嬉しくなった………途端。


「俺が教えた時はちっとも上達しなかったよなぁ?団蔵………。」

「ひいぃ!こここ怖いです!潮江先輩!」


がしっと頭を掴まれて。
何とか泣くのは我慢できたんだけれど。


「これは一体どういう了見だぁ!」

「うわあぁん!」

「だから、虐めないでって言ってるじゃないですかー!」







ドンガラガッシャーン!!







やっぱり今日も、先輩を揉め事に巻き込んじゃいました。







***あとがきという名の1人反省会***
07770ヒット有難うございまーす!!
龍姫さんに、水上より愛を込めてーv
と言う訳で、団蔵夢のお届けでございます。
お気に召しましたらお持ち帰り下さいー。
苦情返品随時受け付けてます、オス!

私的に大好きな団蔵君は可愛らしいんだけれど、
苦手にも果敢に挑戦してくれるはず!という思い込み
で書きました。漢字苦手でしたよね、確か。
文次郎が出張ってるのは…完全趣味です(笑
どうも甘くなくてすみません(一回死んどけ水上よォ

今後とも僕色曜日。及び水上 空をよろしくお願いいたします。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

2006.03.13 水上 空