フワフワと漂う彼は、いつも定位置に留まることは無い。

自分の居場所を求めては、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

糸の切れた凧のように。



まるで彼は無重力少年。



「あ、もしもし?今どこ?」


部活が始まるまで後数分。
今日も弟、影州の姿はグラウンドには見つからなかった。
どこかで女の子達と遊んでいるのだろう。


「…あら、こっち来てるの?じゃぁ急いでくれないかしら。」


練習に参加させるための切り札に急いで電話を掛ける。
電話口でニコニコと了解の意を示す相手に少し罪悪感を感じながら。
それでも、背に腹は変えられないと紅印は思う。
掛け慣れた携帯番号が示す人物は。
極端な性格の中宮兄弟に懲りずに付き合ってくれている、幼馴染の女の子。





携帯を勢いに任せて閉じると、グラウンドいっぱいに響く声で紅印は叫んだ。


「…ったくもー…いつも手が掛かる子なんだからっ!」





アタシ、中宮紅印は知っている。

無重力少年に、重力を与える方法を。







〜無重力少年〜







「紅印、来たよー。」


キィ、独特の音を立ててグラウンドの柵が開いた。
そこには男子校に怖気づくどころか、慣れまで感じさせる少女が1人。
小さな身体に大きな鞄を引っさげて立っていた。
不機嫌過ぎて敬遠されている紅印に簡単に近づくと、ニッコリと笑ってみせる。


「待ってたわ!早速だけどお願いするわね!」

「でも毎回そう上手くはいかないと思うけど………。」

「大丈夫よ、なら。」


それに気付いた紅印は早速、と言うように弟の携帯に電話を掛ける。
心配そうに首を傾げるの頭を1撫ですると、安心して、と微笑みを返した。





携帯を鳴らすこと数十秒。
いきなり飛んできた罵声に動じることなく紅印は完結に言葉を紡ぐ。


「影州、今が来てるんだけど。」

『はぁ?嘘付け。この前兄貴に騙されたこ…』

「誰が兄貴だって?あ"ぁ?」

『い…いや…。まぁとにかく今度は騙されねぇからな!』


影州がそこまで頑なに拒むのは承知済み。
紅印の耳にはしっかりと後ろの雑踏も響いていた。
どうやらゲームセンターに居るらしく、後ろは途切れることも無い大音量。
小さくではあるが、………連れであろう女の子の声もする。


もう切るぞ、と影州が言い出す前に紅印は携帯を渡した。










「影州。今日は来ないの?」










もちろん、隣に居たに。
1つ息を吸い込むと、普段どおりの口調で話し出す。
明るく、可愛らしいに、影州が夢中なのは承知の上。


『…?ホントに来てんのか?』

「そうだよ。紅印がおいでって言うから。」

『……………ちょっち待ってな、行くから。』


故に、弟がが居るここに、戻ってくることも。
実に短いやり取りの後、携帯はぱちりと閉じられた。
はい、と携帯を返してくるに、紅印は微笑む。


「紅印、切れちゃった。」

「有難う。。」

「うん。いいよー。」





さっきまでの刺々しい雰囲気はどこへやら。
張り詰めていた空気は破れ、グラウンドは活気に溢れる声が響く。
ワンタンの妙技が飛び出したかと思えば、寝ていた剣菱も起き出して。
いつもの練習風景が戻ってくる。





のおかげよ。」





微笑む紅印はの頭をもう1撫で………。















―――――!!」

「あらあら。いつもながら素早いお着きだこと。」

「あ、影州。」


する前に、その手は下ろされた。


突進してきた影州に当たらないように手を引っ込める。
影州はに抱きつくと、次の瞬間には身体をくるくる回している。
焦って戻ってきたのだろう、額には汗。
顔を青くして帰ってきた影州に、紅印は溜息を吐いた。




踵を返して、歩き出そうとした時。





っ!兄貴に何もされてねぇか?大丈夫だったか?」

「へ?紅印に?」





折角気を利かせてやろうと思っていた紅印ではあったが。





「つーか兄貴って言ってんじゃねぇぞゴルァァ!」

「ギャー!!ギブギブギブ!!」

「紅印落ち着いてー!それ以上はヤバイよー!!」


弟の発言に堪忍袋の緒が切れた様子。
瞬時に後ろに回りこむと、チョークスリーパーを掛ける。

が止めに入ってから少し。
少し静かになった影州を地面に投げ落としてから、紅印は正気に戻った。


「じゃ、。面倒だと思うけど影州見張っててね。」

「うん…。」







手を振って、今度こそ皆との練習に混ざるために、紅印はその場を後にした。
残ったは、近場のベンチに座り込む。
先ほどまで地に伏していた影州と一緒に。
ギュッとに抱きつくと、影州は笑う。
…見る人が見たら、耳と元気に揺れる尻尾が見えるような勢いで。


ーv」

「んん?ってか影州練習しないの?」

「にゃはvと一緒の方が良いもん。」

「見てるからさぁ。ちゃんとやって?」


苦笑するに、影州は少し考えてからその場を離れた。


「んー…。じゃぁ、ちょっとだけな?」

「はいはい。」

「ちゃんと見とけよー?」


手持ちのスポーツバッグからグローブを取り出すと、1番近い投球練習場へ。
くるくるとグローブを回しながら歩を進める影州を、は呼び止める。





「影州。」

「ん?」





嬉しそうに振り返った影州に、は笑って告げた。
へへ、と白い頬を染めて笑う姿から、影州は目を逸らすことができなかった。





「頑張ったら、帰りにジュース奢ってあげるね。」







ベンチでずっと影州を見ていたに。
影州が飛びついてくるのは、練習終了直後のこと。















アタシ、中宮紅印は知っている。



どれだけ影州が女にだらしが無いと言われていても。

どれだけ軽い奴だと言われていても。

だけは、違うということ。

だけは、特別だということ。





!」

「お疲れ、影州。」

「あーもー…可愛い!大好き!」





影州が帰りたいと思う場所には、いつもが居ること。



それが、この無重力少年に、重力を与える方法だということを。







***あとがきという名の1人反省会***
遅くなってしまって本当に申し訳ありません(汗
2703のニアピン賞、影州夢です…。
桜海若葉さんにお贈り致します…本当にすみません!
その上影州は初めてでして…言葉遣いとか間違ってたら
叱ってやって下さい!苦情返品可能ですので!(慌

と言うか、何でか知らないけれど…影州夢というよりは
中宮兄弟夢…?しかも語りが紅印??
あぁ、もう何やらかしてんだorz
企画通りになりませんでした(知ってるよ

今後とも僕色曜日。及び水上 空をよろしくお願いいたします。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

2006.02.25 水上 空