桜が舞う中、少女と出会ったのは、5年と少し前。 校門前で受付に座った私に、ニコリ、微笑んだ顔が印象的だった。 コロコロと私の周りにまとわりつく少女が、とても可愛らしかった。 特別な感情を込めて見るようになったのは、ごく最近。 震える腕を握り締め、それでもひたと私を見つめる瞳。 紅色に頬を染めて、一大決心の末、告白をしてくれた。 細っこく、頼りなく見えたから。 それが理由じゃないとは知っていた。 心臓が一際大きく跳ねたのは、そんなうわべをなぞる様な理由ではない。 を、愛しいと思ったからだ。 腕に閉じ込めたは、…私の胸の内と同じくらい熱かった。 けれど、教師と生徒という間柄。 恋愛というものは楽なものではない。 周りに気付かれないように、細心の注意を払う忍ぶ恋。 「え、それ本当!?」 「まだ本決まりって訳じゃないんですけど…。」 「そうなの?でも僕ちゃんが居てくれたら凄く嬉しいなぁー。」 「あ、…土井先生には内緒ですよ?」 「うん、分かってるー。」 想い人が異性と仲良くしていても。 私は、平静を装うほかは無い。 廊下の曲がり角を曲がる前に、1つ大きな深呼吸。 動揺を気取られない様にするのには慣れている。 大丈夫だ。 〜桜が咲いたら〜 「あ、土井先生ー。」 「こんにちは、土井先生。」 「…こんにちは、…小松田君に………。」 こんなことだろう、と分かっていたとしても。 慣れないものはある、らしい。 廊下で雑談していたらしい2人の距離は、かなり近かった。 無邪気に笑う2人に、少々対応が遅れてしまう。 、と名前を呼び違えなかったのも、ほぼ奇跡だろう。 「土井先生聞いてくださいー、ビックニュースですよー!」 「え?」 小松田君の言葉に顔を向ける。 の顔をずっと見ているのもどうかと目線を逸らしたのだが。 ニヤニヤと笑う小松田君の顔が、どうしようもなく憎らしかったのも事実。 だったのに。 「ちゃんたら、可愛いんですよー!就職先をなんふぉ…んんー!!」 「小松田さん!!行き成り約束破る気ですか!?」 「んんー…ッ…ごめん、だってあんまり可愛いんだもん。」 「もう…次は許しませんよ。」 「うん、気をつけるね。」 は、小松田君の言葉を遮るように。 …小松田君の口を、自分の小さな手で塞いだ。 その後も2人の距離は縮まったまま。 私にとっては、耐え切れない光景ばかりが続く。 「で、就職先がどうしたんだ?…。」 もやもやと昂ぶる負の感情を必死で押さえつけながら。 飛び切りの笑顔に乗せて、に話しかけた。 視線を少し落として、の瞳を見つめる。 勿論、小松田君との間に身体をすり込ませながら、だ。 「え、あ。いえその…色々探してるんですけど、見つからないなーって。」 「………本当に?それだけか?」 「…あ、と、…そうです………よ?」 何度問うても、は私の瞳を見ることは無かった。 額に小さな汗の粒を輝かせて、必死で目を逸らそうとする。 ニコリ、笑う顔も。 私の後ろ…つまり。小松田君を見ているように、私には感じられた。 「そうか。…じゃぁ、小松田君に色々候補を立てて貰うといい。」 から離れて、本来通るはずだった廊下をまた進む。 「………土井先生?」 「じゃぁ私はテストの採点があるからこれで。」 後ろから掛けられた声に、振り返らずに答えた。 振り返ることも、出来なかった。 想い人が異性と仲良くしていても。 私は、平静を装うほかは無い。 堂々と、牽制することも。 嫉妬心を、剥き出しにすることも。 教師と、生徒。 その関係が、重い。 出会った事を後悔した記憶は無い。 それでも、違う関係で出会えたら、などと。 想いを馳せれば…胸がキリリと痛んだ。 「土井先生。」 私が部屋についてまもなく。 聞きなれた声と共に、襖が叩かれた。 居留守を使おうかとも思ったが、そうもいかないようで。 襖の前から微動だにしないを放っておけばそれはそれで困る。 極力感情を押し殺した上で、言葉を紡いだ。 「………今は採点中なんだ。手が離せないから帰りなさい。」 「勝手に失礼します。」 「帰りなさいと言っているだろう。。」 振り向きはしなかった。 少し大きな音で開いた襖。 続いた衣擦れの音から、が座り込んだことが分かった。 「嫌です。怒っている理由を教えていただけるまで、帰りません。」 「私は、怒ってなどいないよ。」 「…嘘です。」 「本当だ、だから理由などない。帰りなさい。」 凛とした声音。 私はそれを背に受けながら、なおも採点の手を休めることは無い。 今振り返れば、きっと。 醜い嫉妬心をむき出して。 喚くように自分を押し通して。 に辛く当たってしまうだろうことは目に見えていた。 「…だったら、どうして。」 単純作業の採点など、口実だ。 愛しい声を、真っ直ぐに受け止めることが出来ないのなら。 私には、に声を掛けられる権利など、無いのだ。 「どうして、一度も振り返ってくれないのですか。」 ポツリと問う、の声は、徐々に小さくなっていく。 「先ほどの、就職先の事で、怒ってらっしゃるんじゃないんですか。」 それでも、言葉を切りながらしっかりと核心を突いてくる。 それが、私をどう動かすのかなど、知りもしないは。 真剣な表情で、私に問うているのだろう。 1つ深く溜息を吐けば。 先程の情景が思い浮かんでは消える。 筆を置いて振り返れば、少しだけ安堵した表情のが居た。 「………相談すらしたくない男など、…には必要ないだろう。」 「土井先生。」 「小松田君のほうが私と違って何かと相談しやすいようだしな。」 「…先生。」 「もう個人的に此処へくるのは止めてくれないか。」 みるみる悲壮に歪むの顔が、また新たに私の心に突き刺さった。 下らない嫉妬心を剥き出しにした、罰なのかと思った。 言い過ぎた、と付け足せば、少しは気が晴れるだろうか。 泣きそうに歪んだ顔は、見ていて痛々しかった。 「…嫌です。」 ふと目を逸らした瞬間。 私の身体には、の腕がしっかりと回されて。 「聞き分けなさい、。」 「名前で呼んでください。」 あれほど辛く当たったのに。 不意に与えられた温もりは、求めていたものと等しく。 回された腕から伝わる独特の柔らかさ。 泣いているのか、小刻みに震える肩を引き離すことは出来なかった。 「………離れなさい、………。」 触れて良いものか、悩んではみたものの。 私は誘惑に負けて、の髪を梳く。 瞬間、ぎゅぅっと込められた力に突き動かされて。 力任せにを抱きしめた。 「隠していたのは謝ります、でも。」 腕の中から聞こえるの声が愛しい。 トントンと胸を叩かれて、惜しみながらも腕の力を抜く。 「春になったら、…先生が驚いてくれるんじゃないかって。」 の瞳は、私をひたと見つめていて。 頬はあの時と同じく、紅色をしていた。 「先生の傍に居たくて、私。吉野先生に頼んだんです。」 「……………何を。」 「教員として、雇って欲しいと頼みました。」 教師と、生徒。 それでも、違う関係で出会えたら、などと。 私だけが、思う筈がないのに。 頑張ってくれているに、気付けなかった。 「ぬか喜びさせる訳にはいかないから…黙っていようと思ったんです。」 「………ッ………!」 「ごめんなさい、土井先生。」 「…。…顔を上げて。」 頭を垂れていたの顎を捉えると、そのまま上を向かせる。 瞬間、視線を絡ませるとの口を私のそれで優しく覆った。 触れるだけの、子供のような接吻。 それでも、私は満足だった。 顔を離すと、私は今一度を抱きしめる。 耳元で、小さく囁くと、はくすぐったそうに身体を震わせた。 「…私こそ、すまない。辛く、当たった。」 「許してくれますか…?」 「そうだな。…桜が咲いて、新学期になった時。」 私は、今日1番の笑顔で言う。 「私の傍で、が変わらず笑ってくれたらな。」 「…先生。」 「試験頑張れよ。。」 「…勿論です!」 答えたの笑顔は、あの時。 一大決心の告白に、私が首を縦に振ったときと同じく。 今にも泣きそうな、それでいて美しい。 最上級の笑顔だった。 教師と生徒としての、ほとぼりが冷めた頃。 嫁として、を迎えたい。 飲み込んだ言葉は、桜が咲いたら告げるとしよう。 は教員試験に受かるだろうから。 ***あとがきという名の1人反省会*** 6800ヒット有難うございますv …というわけで、リク夢の土井先生です。 どうしてこうシリアスっぽくなってしまったんでしょう…。 土井先生は初…でして。似非感丸出しで 本当にすみません、龍姫さん(ペコペコ 苦情返品可能ですので!ドンドンどうぞ!(慌 リクエスト内容としては 「土井先生に口説かれたり嫉妬されたり」 …で、嫉妬メイン?相手小松田?となって、 しかもシリアスなんてふざけるなって感じですか。 そうでしょうね…ごめんなさい。(遠い目 今後とも僕色曜日。及び水上 空をよろしくお願いいたします。 それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。 2006.03.05 水上 空 |