カン…カン…カン……キシッ…
独特の金属音、独特の歩き方。
学校の屋上で、日光浴中の私の耳に優しく響く。
もうすぐ、暗く落ちた影の分だけ空ごと景色はもぎ取られるんだろう。
すぐにそれが現実になったことを確認して、ゆっくりと目を開けた。


「やっぱここかー。探したぜ、。」

「探さなくたってここに居るよー。だって、こんないい天気なんだよ?」

「そうだなー。」


私の彼氏、猿野天国は、寝転がった私の傍に腰を下ろした。
両腕をついて、すっと背を後ろに逸らす。
本当に気持ちよさそうだ。


「…来てくれると思ってた。」

「…ったりめーだろ?」


手を重ねると、天国はすぐに握り返してくれた。
暖かくて、優しくて、おっきい手。
天国の、手。



私は、天国の温もりが大好きだった。







〜温もりを感じて居たいから〜







「天国ー。」

「んー?何だよ?」


天国が寝転がったのを確認して、話し始める。
声を掛けただけかも知れないのに、天国はこちらを向いてくれた。
目線を合わせてくれるのが嬉しくて、余計に私は笑みを零した。


「昨日のドラマ見てた?」

「おぉ、あの遠恋のヤツか。見てた見てた。モロ見えだ。」

「何だモロ見え。あっやしーのー。」







ひとしきり笑って、からかって。いつも通りに時間は過ぎていく。
雲が、…時が流れるのが早い。
笑いが収まった頃にもう1度問いかける。
抜けるように高い空を仰ぎながら。


「…でさ、"空がどこまでも繋がってるように、俺らもずっと繋がってるよ"ってセリフあったじゃん?」

「おう。」

「あれさ、…嘘だよね。」

「あ…?……何で。」


天国は、心底訳が分からないって感じで私を見返した。
目を見開いて、それでも茶化さないで聞いてくれている。
理由も聞かずに、否定したりしない。そういう、優しい奴だ。
寝転んだまま、しきりに首をかしげている様子は、本当に私を暖かくしてくれていると思う。


「そっち、寄ってもいい?」

「?おう、来いよ。」


返答もしないままの急な申し出にも対応して、天国は自分の腕を伸ばした。
そのまま優しく私を包んでくれる。
片腕は腕枕の状態。天国の胸に顔を押し付ける。
髪を漉いてくれている手が心地よくて、私は目を細めてゆるく微笑んだ。


「…あったかいね。天国は。」

「…ったりめーだろ?が一緒で体温上がらん馬鹿は俺だけだ!」

「それだと私悲しいんですけど?」

「あ、いや、間違いだな、うん、ホントに。…で、続きは何だよ。」


少し拗ねたように抗議すれば、必死になって慰めてくれる。
多少、天国に急かされながら、私は話を元に返した。
…でも、言葉はすんなり纏まらない。










遠くで授業開始の鐘が鳴った。










「あー…うん、体温感じれない距離なら、いつかその温もりも、声も忘れちゃってさ?」

「……うん。」

「どんどん、どんどん、消えてっちゃうんだろうなぁって。」

「…?」

「そう………おも……て…さぁ…。」

「お…おい!?!?どうした?落ち着けって!」


それだけ言うと、私は口を噤んだ。と、言うより声が出なかった。
涙が溢れてきて、最後の方はしっかりとした言葉になってくれなかったのだ。
顔を見られたくなくて、こんな顔隠したくて、天国のシャツにしがみ付く。
頬を伝うはずの涙は、天国のシャツにすんなり染みを作った。





天国は、無理やり私ごと起き上がると、ゆっくりとシャツから私を引き剥がした。
大きな手で涙を拭いながら、深呼吸しろ、と優しく言う。
背中をポンポンと叩いて、ゆるく抱きしめて。
ものの数秒で、天国は私を泣き止ませた。





一呼吸、もう一呼吸だけ置いて、私は話し始める。

天国の優しさを受け止めながら。

言わなきゃいけないことがあるから。










「…私ねぇ、天国の側から離れたくないなー…って思って…それで…。」

「………そんなん、俺もそうだよ。」



すんなりと言ってくれて、ありがとう。



「うん…。」

「…それで?」



ごめんね、そんな笑顔見せないで。



「あのね。よく聞いてね?……1回しか言えないから。」

「いつも、の話はまじめに聞いてるっつの。」



哀しませて、ごめんね。

言いたくないけど、どうしても今言わないと…。















「私ね、1週間後に転校するんだ。」















私は、どんな顔をして、言ったんだろう。言ってしまったんだろう。



天 国 は 、 カ オ イ ロ ヲ ナ ク シ タ 。



――何もかも、諦めました。そんな表情の私が、天国の瞳の中で揺れて――















「……………何で。」

「お父さんがね、海外に転勤するんだって。」

「…それで。どうして、言わなかったんだよ…。」

「別に、何となく。言いづらかったから?」



本心だった。多少の強がりもあった。
天国が、眉を顰めた分、私がさっき泣いた分、今笑って告げた。
天国は、ずっと瞳を逸らさず見てくれたけど、真っ直ぐな視線に耐え切れなくて、少し歩く。
屋上の端の、ここから遠そうな手すりまで。


少し、ターンして振り返ってみたけれど、天国は動かなかった。
追ってきていたのは視線だけ。
不安そうな視線だけだった。
校舎の外、広がる空を見ながら、手すりに寄りかかる。



「あのドラマはさ、主役が子供じゃないから…ちょっと違うけどさ?」

「……………。」

「私は、…私たちはさ。所詮子供で…1人で、生きていけないじゃん?」

「……………。」

「だから、転校するの。」





返事がないのはそれなりに不安だったから、もう1度振り返った。


…けれど、景色はなかった。


視界を白が埋め尽くす。
天国が近すぎて…シャツの白しか見えない。
天国は、10センチほど開いた距離を縮めようともしなかった。
足りない身長分、上を向いた私に、目を合わせることもしなかった。
真剣な表情が胸に痛くて、そのまま視線を落とす。


…。」

「何?」

「俺…の親の都合とか良く分かんねぇ…し、知りたくねーけどさ。」

「うん。」

「俺は、の傍に居てぇ。」

「だから、それは…」

「諦めるなよ!」





怒鳴られた。
凄い勢いで、腕を掴まれた。





「諦めずに、俺の傍に居るって言えよ!…いつもみたいに頑張るって言えよ!」

「天…く……痛いよ…。」


今まで付き合ってきた中で、こんなに手荒に扱われたのは初めてだった。
腕が痛い。もう、痛いを通り越して熱い。
上から降ってくる言葉に打ちのめされるように、私の視線はどんどん下がっていく。
…足から力が抜けていく。
力なく押し出した言葉に気づいてか、天国は、ゆっくりと力を緩めた。
へたり込む私を、優しく座らせる。


「笑って、いつもみたいに「諦めが悪いって言ったでしょ」って…言えよ…ッ!」

「私たち、子供なんだよ?…親に頼るしか能のない、子供…なんだよ…。」

「…俺も、一緒に残れるように頼むから…もっと…もっと俺を頼れよ…。頼ってくれよ…。」

「…いい…の…?」

「…俺が守んなくて…誰が守るんだよ?」


やっとで顔を上げると、天国も泣いていた。
私も、泣いていたから、おあいこだと思う。
2人して、赤い目をごしごしとこすって、それから笑う。





「できねぇなんて、言うなよ…俺も、助けてやっから…。」

「うん…。」

「信じろよ…。」

「……………ありがとう。」

天国は、私の頭を撫でてくれた。
泣いて体温が上がった天国の手は、いつにも増して心地よかった。




















それから5日間、は学校を休み続けた。
家に行っても出てこなかったし、携帯に連絡をしても、電源が切れていた。


学校で、沢松と馬鹿やっても、部活で絞られてても。
のことが気になって、頭から離れなくて。
俺は柄にもなく、眠れない日々が続いていた。


今日もは学校に来ていなかった。
との時間はもう、ほんの少ししか残っていないのに。
重い足を引き摺りながら、部室へ向かう。


階段をのろのろと下りると、職員室から出てきた人物に鉢合わせた。
嘘だろう、幻覚だ、と決め付けても、その人物は俺に微笑んでいた。
絆創膏を頬に、腕に、いくつも貼って、それでもなお、微笑んでいた。


「…しばらくぶりね、天国!」

「…何してたんだよ、連絡無視りやがって…。」

「うん、ごめん。引越しの準備。」


にっこりと微笑むには、確かに俺が映っているはずなのに。
なのに、は俺を見て、なおも笑っていた。
この間のように、俺との別れを惜しむでもなく。
独特の、聞いていて和む声で、好きだと言ってくれるでもなく。
瞳に強い光を宿して、ただ、上機嫌に笑っていた。
表情が曇りそうになって、慌ててそれを打ち消すように笑い返す。







が言ったように、俺らはまだガキで。

親の都合で転校させられる年代で。

それでも、もしも可能性があるのなら。

の心に染み付く俺が、笑顔の俺であるように。

今まで生きてきた中で、一番の頑張りを見せて笑顔を作る。

は少し驚いた顔をしてた。

それでいい。

欠片だけでも覚えていてくれれば。







「そ…か。向こうに行っても元気でやれよ?」

「……………何で。」

「何でって…折角このの最強彼氏猿野様vが激励してんのに、んな事言うか?フツー。」

「言うよ、フツー。…私、この近所で1人暮らし始めるのよ?」





ニヤリと、は笑った。





「……………は?」

「は?…って酷くない?頑張ったのに。」

「だ…おま…親が…てんッ…えぇ!?」

「何言ってんの?」


完全に度肝を抜かれた俺に、は抱きついてきた。
軽いの体では、流石に2人そろって転んだりはしない。
抱き返すでもなく、抱きとめるでもなく、俺の腕は宙を彷徨っていた。
慌てながら下を向くと、俺の胸に顔を埋めたは、舌を出しながら悪戯っぽく笑った。
説得がいつしかバトルになったと、楽しそうに、嬉しそうに語りながら。


「ま、説得もやれば出来たって言うか、これからもよろしくって言うか、ね?」















それは、まだまだガキの俺たちが起こした、一世一代のクーデター。

結果、これからも傍に居られるように、決められた運命を覆した。

ガキでも守りたいものがあれば、運命は切り開けるって言うか。

好きな人の傍で、温もりを、優しさを感じていたいって言うか。

まぁ、なんつーか、そんなトコ。







***あとがきという名の1人反省会***
桜海 若葉 様に捧げます、200Hitお礼、猿野夢です☆

内容が書きやすかったために、メチャメチャ早い書上げとなりましたv
…なんですが。
本当に本当にッ!!ごめんなさい!!駄文書いてごめんなさい!!
シリアス…という話だったんですが…。
何でこんなに糖度高くなっちゃったんでしょう…orz
あー…メッチャ寒いー…うちメッチャ寒いわー(何故か関西弁
もっと精進します。見捨てないでくださいね(ヘコヘコ
若葉さん、コレ返品可能です。苦情もドシドシどうぞ!

それでは、リクエストありがとうございました!
加えて、駄文にお付き合いいただき、ありがとうございましたv

2005.8.16 水上 空