その方が訪ねてきたのは、別段、今日に限ったことではない。 「ワタリさん、L居るよね?」 「は?はぁ…居りますが…何か?」 「ちょっと連れ出してもいい?」 私の顔を下から覗き込むようにして。 可愛くおねだりをしては私を困らせる。 此処で屈してなるものか。 職を全うすることだけを考えて、私は許可の言葉をすんでで飲み込んだ。 今日こそは、屈してなるものか。 とあるホテルで、ワタリはそう心に誓った。 〜私のポジション〜 「駄目です。」 「何で駄目なの?」 いつも通りキッパリと告げる。 しかし、様は余裕の笑みを返した。 笑みの向こうに見て取れる、確かな意志。 それを退けるために、私は此処にいるのだ。 多少罪悪感が残るが、仕方のないことだ。 全世界を救うためにキラを捕まえられるのは、Lしか居ない。 私はそう確信している。 「只今Lはキラの捜査をしております。」 「うん、知ってる。」 「ですから。部外者は入れるな、とのことですので。」 「だから何?」 「幾ら様であろうとも…お取次ぎは出来ません。」 だから私は、毎度この方の訪問を拒むのだ。 別に、様自体が嫌いというわけではない。 …寧ろ好きな、好感を持てる部類だ。 身勝手なLとの付き合いを深められる人物は、希少なのだから。 私が頑なに拒むと、様は少し悲しげに笑った。 仕方ないことだと解っていて、足掻いてみたような。 そんな、切ない笑みだったと思う。 「強情ね、ワタリさん。」 「主人想いと言って頂きたいですね。」 目を逸らすことなく言い切ってみたものの。 最終的に様が此処で引く訳ではないと解っている。 次に来るであろう問いの答えを必死で作り出す。 悟られないように、険しい表情は残したまま。 「ま、良いわ。取り合えず帰るから。」 と、想定外の言葉に、一瞬気が抜けてしまった。 「………そうですか。」 辛うじてそれだけを紡いだが、それに気付いてしまったのだろうか。 様は楽しそうに笑って、そのままもと来た道を抜けていった。 路地を曲がった様を確認して、部屋へ引き上げる。 全く。 気が抜ける戦いというのは、気分が良いものではないらしい。 まして、拒んでいても最後には許してしまうような人間が相手ならなおの事。 取り合えずお茶を淹れて、ハーブの香りですっきりしよう。 そんなことを考えながら、ゆっくりと廊下を歩いていった。 「………ました。暫く待っていて下さい。」 計画通りにハーブティーを持って部屋へ入る。 なにやら熱心に話し込んでいたらしいLはこちらを振り返ることすらしなかった。 Lは勘が鋭い。 幾ら私が気配を消して入ってこようと気がつく。 故に、この行動は少々不可思議だった。 表情を変えないよう、細心の注意を払って話しかける。 「L。紅茶のおかわりは…」 「出掛けてきます。」 「は!?いや、あの、捜査は!?」 私の言葉を遮るように重ねた言葉は、どこか焦っていたようだ。 私の目を見ることもなく、脇をすり抜けていった。 一瞬意味が解らず問い返そうと振り返る。 …私の目は、既にLを捉えることはできなかった。 扉が少々乱暴に閉まる。 呆然と扉を見つめていると、後ろから松田さんが声をかけてきた。 「今Lにさんから電話がありましたけど…。」 「え。」 「何でもケーキバイキングに行くとかで。」 状況説明としてはこれ以上はないそれ。 しかし、それは私の職務が全うできなかったということでしかなかった。 落ち込むよりも前に窓際に駆け寄る。 …松田さんに持っていたティーセットは押し付けたが、そんなことはどうでも良い。 下を見ると、ちょうどLがビルを出てきたところだった。 走っていく先…そこには先程まで私と問答を繰り広げていた人物が居た。 ………つまり、様だ。 無意識のうちに舌打ちが漏れる。 Lが追いつく少し前。 様の瞳は私を捉えたように見えた…いや、多分そうだろう。 「………ッ。やられた…。」 歩き出した様が、後ろ手に小さく。 ピースを作って見せたのだから。 ワタリさんを上手く出し抜けて、ほっとした。 最近、世間ではキラが暴れて、ろくに会う時間も取れない。 捜査本部には私は入れない。 ワタリさんの頑なな態度は最近また強まった。 どうして、恋人に会うのにこんなに苦労しないといけないのだろう。 目の前でケーキを食べているLは幸せそうだった。 私の気持ちとは、裏腹に。 「L?」 「何ですか、。」 Lはフォークを止めて私を見上げた。 ほっぺにはケーキのカスが付いている。 異様に子供っぽいのは、きっとそのせいだろう。 大好きなケーキを食べるのをストップさせられて、少々不機嫌そうだ。 淋しい、と。 そう感じているのは、私だけなのだろうか。 誘いに乗ってきたのは。 私と居たい訳ではないんだろうか。 つまり。 「ケーキバイキングにつられてきた訳?」 こういう理由なのだろうか。 そうだとは、絶対に思いたくはない。 ただ、ワタリさんに止められずに、思う存分ケーキが食べられる。 …そんな理由では、一緒に居て欲しくなかった。 「…平たく言えばそうですね。」 一言違うと否定して欲しくて、理由を聞いた。 肯定が返ってきた時の対処を考えてなかった。 自分の存在が、Lの中で大きく育っている。 そう、自惚れてた。 動揺を悟らせないよう、目を伏せて紅茶を口に運ぶ。 「…あ、そ。」 「嫌ですか。」 「いいえ。ケーキ美味しいしそれで良いんじゃない?」 「………はぁ、まぁ。」 嘘。 本当は、ケーキなんてどうでも良かった。 もう、味がわからない。 見目鮮やかな塊が3つ、皿に乗っているだけだ。 曖昧な返事に、Lは首を傾げる。 ちらりとLを盗み見ると、視線はもう私を捉えていなかった。 さっきと同じようなハイペースで、ケーキを口に運んでいる。 会いたい、と。 毎日思っているのは、私だけなのだろうか。 なんて、Lを疑いたい訳じゃない。 ただ。 ネガティブな思考に、押しつぶされそうで怖かった。 「。」 「なぁに?」 「ケーキ、食べないんですか?」 不意に掛かった声に顔を上げる。 紅茶を持ったまま、固まっていたようだ。 …失態を隠しきれないあたり、私は完全犯罪には向いていないらしい。 Lとのいたちごっこを繰り広げる、キラとは大違いだ。 「…食べてるよ?」 紅茶を持ったまま固まっていた人間が、こんな事を言っても説得力がない。 分かってはいたが、つい言ってしまった。 案の定Lは眉を顰める。 「あんまり減ってないじゃないですか。」 「あのね。Lが食べ過ぎてる訳よ?」 「普通です。」 「…まぁ、良いけどね。」 視線を逸らすと、それ以上Lは何も言わなかった。 視線を逸らす時はいつも。 嫌がっていても視線を合わそうとするくせに。 いつも通りの反応が欲しいのに。 「………ケーキ、もう1回取ってきますね。」 「はいはい。」 Lは、ケーキに夢中だ。 普段は一緒に居られなくて。 ワタリさんに嫉妬したりなんかして。 負けたくないから、口で勝ってLを連れ出していく。 今日は今日で、ケーキに負けて。 視線を絡ますことすら、時間が惜しいであろうLを。 一歩引いた世界から、ただ見つめているだけ。 一緒に居られるだけで嬉しいと思ってた。 付き合いだした頃とは違う。 …自分だけを見て欲しい、些細なものへも嫉妬する。 独占欲が、私を支配していた。 空になったカップから熱が抜けていく。 伝導熱が失われた手が冷える。 宙ぶらりんの手を、自分で握る。 繋いだ手は、微妙に温度に差があった。 …私と、L、みたいに。 程なく、Lは皿からはみ出しそうな位のケーキを持って帰ってきた。 …置いた瞬間、重い音が響いて、少し注目を集める。 否、…少し前からあからさまに異常なケーキの量は人目を引いていた。 目の前に山と詰まれたケーキ。 それを置いてもなお、Lは席に座ろうとはしなかった。 気配だけで隣に居ることを知る。 見上げると、至極楽しそうなLが目に入った。 「。」 はい、と差し出されたカップには、まだ暖かい紅茶がなみなみと注がれている。 「…ありがとう。」 私が受け取ると、やっとでLは席に着いた。 この場で飲め、と言わんばかりの視線に気付いて紅茶を啜る。 鼻先を掠めたアールグレイの香りが心地よかった。 「ホットで良かったですか?」 「うん。嬉しい。」 満面の笑みを見せるLに、私もぎこちなく笑みを返す。 良かった、と。 そう言ったLの顔は、今日見た中で1番輝いていた。 暖かい。 受け取る際のLの手。 少しだけ触れた。 それは、変わらず、暖かかった。 向けられた、笑顔も。 「今日は…。」 「うん?」 帰り道。Lに少々歩こうと言われた。 街路樹の間をLに少し遅れて私が続く。 並んで歩けるほどには、心が回復していなかった。 流石に、ケーキバイキングに負けた、という事実は痛かった。 1歩、2歩。 一定の速度を保っていたはずが、急にそれが縮まった。 振り向いたLが、足を止めたからだ。 「誘って下さってありがとうございます。」 「良いよ、別に。」 「良い息抜きが出来ましたよ。」 「そう。」 ケーキが最重要事項だったのに、えらい言いようだ。 私は、淋しかったというのに。 柔らかな表情を見せるLに、そっけなく返事をする。 歩幅は一定。 既にLを追い抜いた。 こんな不服そうな顔、見られたくなかったから。 耐えればいい。 見なければいい。 もうすぐ捜査本部だ。 歩幅を広げれば、後ほんの数分。 その間悟らせなければいいのだ。 …淋しかったと。 「嬉しかったです。」 早足で追いかけてきたLに、腕を掴まれる。 容赦なく振り向かされた。 強引な手口に、優しい言葉。 Lの真意が分からなくて、イライラする。 「それ、どういう意味?」 つっけんどんに返せば。 「次に会えるのを楽しみにしていますから。」 微笑まれて。 いつの間にか添えられた手で、頬を優しく撫でられた。 「いつでも、呼び出してくださいね。」 頬が染まるのが分かる。 満足そうなLが、額に唇を落とすのを感じて。 やられた、と思った。 こんなことされて、怒れる訳がない。 降参、と白旗を揚げて。 今度は私から、Lに唇を落とした。 こうできるのは、私だけなんだと。 改めて認識して。 Lの中での私の位置取りを確認して。 嬉しくなって、笑った。 あぁ、こういうポジション、悪くないかも。 ***あとがきという名の1人反省会*** 誰夢ですか、L夢です。 …必要以上にワタリが出てしまいましたよ。 最後端折りすぎた気もしないでもないです…。 許してくれますか、くれはさん(ドキドキ 888HitのL夢をお届けです…よ? 苦情ガンガンどうぞ!(泣)遅くなった上にこれじゃぁ…! こんなもので宜しければどうぞ…! それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!! 2005.12.22 pochi |