泣いていた私に、誰かが言ってくれた事。


「かおあげないと、みのがすぞ?」


泣きはらした目を上げると、ちょうど青空が朱色に変わる瞬間。
何に泣いていたのか忘れるくらい、本当に本当に綺麗だった。





あの日から、あたしは。

空が好き。







〜見上げた空が、綺麗だったから。〜







高校に入学して、即座に写真部に入部した。
片手には今まで使ってきた相棒、一眼レフの「アオ」(勝手に命名)を持って。

年に数回開かれるコンテストには、決まって参加した。
あたしも、大好きな空の写真で、入賞も何度か経験した。



…もうすぐ、またコンテストが始まる。





でも。





あたしはまだ、出展する作品を決めてない。

…というか、出展できる作品が撮れてない。





何だか、最近。
あたしは、思うような写真が取れなくなっていた。
大好きな空が、撮れなくなっていた。







スランプ。







正直焦る。







撮る気の無いものを一生懸命撮ろうとしてもみた。
結果は、言わなくても分かる。
現像して出てきたのは、輝きのかけらも無い風景。


最悪だ。


気分を変えたくて、空を見上げる。

抜けるような青空。優しく光る太陽。


…やっぱり、空は良い。


見上げた空は、やっぱり綺麗だった。

空を翔る鳥とか。空を渡る雲とか。

シャッターチャンスがいっぱいだ。





嬉しくなって、良い絵が撮れる気がして、咄嗟にアオを構えたけれど。
アオの内に切り取られた青空を覗いたら。
何だか物足りなくて、撮る気が薄れてしまった。







スランプだ。







「…どうしよう…ッ……。」







好きなのに。

撮れない。

悔しい。















気分が乗らなかったから、屋上で午後の授業をサボる。
屋上は、あたしのお気に入りの場所ナンバーワン。
学校の中でも、空に1番近いから。
浄化槽に身体を預けて大好きな空を独り占めする。



ゆったりと流れていく雲とか。

屋上いっぱいに差し込んだ日射しとか。

空に似合うものばかりが詰め込まれている此処は。

あたしにとっての特等席だった。



と、チャイムのなった後の屋上の扉が開かれた。
キィキィと、立て付けの悪い扉が鳴る。
咄嗟に身体をすくませたが、それは先生ではなかった。
溜息と共に、こちらに向かってくる。


「何してるのだ、。」

「…なんだ、鹿目か。」


そこに居たのは、紛れもない。
幼馴染で、おばあちゃん大好きで、全体的にピンクの、鹿目だった。
眉間に刻まれた皺を隠すことも無く近寄る。
あたしの隣に腰を下ろすと、どこに持っていたのか、パックのコーヒーをくれた。


「…サボるんじゃないのだ。探すのに苦労するだろうが。」

「ごめん。」

「………別に。それに気にするなんてらしくないのだ。」

「…ま、そうかもねー。」


どうやら、心配してくれていたらしい。
優等生の鹿目が、授業を抛ってくるなんて。

鹿目が持ってきてくれたジュースに口をつける。
ちらりと横を向いたら、鹿目もジュース(ヤク●ト)を飲んでいた。
鹿目が何も言わないから、私も何も言えなかった。
無言の時間が流れていく。







鳥の声とか。飛行機の音とか。

普段はあんまり聞こえない音が、耳に飛び込んでくる。







少しずつ、張り詰めていた気持ちとかがなくなっていく。
…こいつ、幼馴染だけあって、あたしのことなんてお見通しって感じで。
どうしようもなく、安心させる方法を知ってるんだと思う。

そう思っていたら、鹿目はゆっくりと言葉を紡いだ。



…確信犯的なタイミングだ。



「…そういえば、写真部の顧問が探していたのだ。」

「………会いたくないなー………。」

「何で。」

「…スランプ中なんでねー。」

「……………。」


鹿目は、怪訝に眉を顰める。
さっきのように、「何で」と聞いてはこない。
言いたければ言え。
そんな風に言われているような気がした。

何か、そういうのって安心する。
あたしは吐き出すように、今の気持ちを話し出した。


「空、大好きなのに。うまく撮れなくてさー。」

「そういえばコンテストに出すのも空ばかりだったのだ。」

「………そういうのって何か落ち込むよね。」

「……馬鹿なのだ。」

「そだね。あたし馬鹿かも。スランプなんて…」


ははっと笑って頭を掻く。
馬鹿と言われた、その言葉が痛い。
鹿目に向き直ると、鹿目はピンクのほっぺをさらに赤くして。
眉を顰めて…かなり怒っているようだった。





「大馬鹿なのだ。…は。」





久しぶりに呼ばれたファーストネーム。
怒りや嫌悪感が読み取れる表情。
瞬間、怯んだあたしを、鹿目は見逃さなかった。


「…空を、嫌いになってないなら、幾らでも良い絵が撮れるのだ。」

「だから、撮れてないんだって。」

「そこのファイル、貸せ。」

「え?いや、だってこの中の失敗作ばっかり…」

「貸せ。」


強い口調で言い切ると、遠ざけたはずのファイルを手中に収めた。
止めるまもなく、パラパラとページを捲っていく。
誰にも見せれなかった、失敗作の、空の写真。





それを見て、鹿目は。





「…僕は、充分綺麗だと思うのだ。」





笑った。





「写真の事は…良く分からないけど。この写真見てると、安心するのだ。」





普段には無い、優しい口調で。





「…は、スランプじゃないのだ。」





あたしの髪を撫でながら。





久しぶりに見た表情に、咄嗟に目を逸らす。
いつもの、傲慢ちきな笑顔じゃなくて。
優しい、温かい笑顔は、本当に久しぶりだった。


「…何を、根拠にそんな…。」

「上。」

「へ?」










「顔上げないと、見逃すぞ?」










聞き覚えのある言葉に従う。
空には、飛行機雲が一直線に伸びていた。


綺麗な空。

見惚れる位に、本当に本当に綺麗だった。


ぐんぐん伸びる飛行機雲のその手前で。
やっぱり、鹿目は優しく笑っていた。



アオを手に取る。
今なら、良い絵が取れる気がした。



違う、これは確信、だ。



「シャッターチャンス発見。」

「…やる気が出て良かったのだ。」


素早くアオを構えると、そのままシャッターを押す。
心地よいアオの重みと、シャッターの音。
アオの内に、切り取った景色。
青い空に、映えるピンク色。





「………な。」

「ありがと、筒良。良い絵が撮れた。」


呆然とする筒良を横に、アオを抱いて寝転がる。
久々に呼んだファーストネームに、筒良は気付いただろうか?

目を閉じると、気持ちの良い風。
隣で、筒良の寝転がるような衣擦れの音が聞こえる。















大好きな青空の下。

落ち込んでいた気持ちは、一気に浮上した。















泣いていたあたしに、昔、筒良が言ってくれた事。


「かおあげないとみのがすぞ?」


泣きはらした目を上げると、ちょうど青空が朱色に変わる瞬間。
何に泣いていたのか忘れるくらい、本当に本当に綺麗だった。





あの日から、あたしは。

空が好き。





もしかしたら、多分。





あの日から、あたしは。

鹿目筒良が、好き。







コンテストには、この写真を出展しよう。

大事な気持ちを自覚した記念に。

今日はあの日のように、青空が朱色に変わった訳ではないけれど。

あたしにとっては本当に、綺麗だったから。







***あとがきという名の1人反省会***
888Hitのフリー夢です。お気に召した方がいらっしゃったらどうぞv
なんとなく、空ネタが書きたくなったんで…。
うん、色々可笑しい文章ですね(遠い目
幼馴染以上、恋人未満みたいな関係って書いたこと無かったんで、
チャレンジしてみました。頑張りました。
最近、秋が深まってきたらしく、空が綺麗です。
私自身、写真を撮るときの被写体が空のことが多いのです。
なので、主人公さんにもやって貰いました。(何だそれ

何かに行き詰まっていた方がこれを読んで、
ちょっとでも救われて下さったら幸いです。

遅くなりましたが、888Hitありがとうございます。(今は2000更新中ですが…
今後とも僕色曜日。をよろしくお願いいたします。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

2005.10.22 水上 空