その荒れ果てた荒野の中心に、天にも届くような…高い、高い塔は在った。 塔は一見、そこでただ静かに時を刻んでいるように見える。 しかし、それは昼間のうちだけであった。 月が天頂に昇る頃…塔は月の魔力を得て、見るものを圧倒するほどの美しい光に包まれるのだ。 今宵、バカラはその光を頼りに、風よりも速く、馬を走らせていた。 まだ見ぬ宝に、胸を高鳴らせながら。 期待の光をその瞳に映して…。 哀しみの歌を口ずさむ時、人は誰でも旅人になる。 見えない糸を辿り、遥かな君の元へ。 〜僕らの旅。〜 バカラの目指す塔…そこには生きたお宝が居た。 世界を統治すると言われる巫女…というお宝が。 今回のバカラの目的はただ1つ、を手に入れることであった。 …その力を手中にするために。 神聖な月の力の加護を授かるため、外界との接触を絶つ巫女達は、人生の大部分をこの塔で過ごす。 何千年も変わらない掟。 もその例に漏れることなく、この塔での生活を既に何年も続けていた。 今塔には数人、腕利きの兵士や学者が暮らしてはいるが、それ以外は人との関わりすら持てる場所ではない。 ごく稀に、巫女の力を得ようとした輩が周りをうろついた時期もあったが、ここ数年は見かけることもなくなった。 …最も首尾よく塔に進入できた者も中には居たが、それもあっけなく塔の兵士の前に膝をついた。 の元にたどり着ける者など、居なかったのだ。 コンコン。 乾いた音が控えめに部屋に木霊する。 物思いに耽っていたは、つかの間の驚きの後にいつものように声を掛ける。 ゆっくりと開かれたドアからは、幼少時代からの馴染みの配下の姿が現れた。 が柔らかく微笑んだことを確認すると、その人物は一礼した後、部屋の中へと歩を進めた。 「ご機嫌麗しゅう、様。お夜食をお持ち致しましたよ。」 「ありがとう、シンジ。いつも迷惑掛けてごめんなさい。」 シンジが夜食をテーブルに降ろすと、正面に座ったから謝罪の言葉が飛んできた。 お茶をカップについで渡すと、さわやかな匂いが鼻腔を擽った。 がお茶に口をつけるのを確認して、シンジも向かいに腰掛ける。 自分用のお茶を用意すると、眼鏡を外して微笑んだ。 「迷惑など…感じておりませんよ。」 「でも…ッ!!シンジは…あちらに残った方が出世も出来たのに…。」 泣きそうな顔で告げるの言葉を遮って、シンジは続ける。 から、瞳を逸らすことなく言葉を掛ける。 それは、がここへ来てから何度も繰り返していることであったのだから。 それは、の本心から、紡がれた言葉なのだから。 孤独感も、恐怖感も、罪悪感からも…シンジは守りたいと切に願った。 「私がここに居るのは…私の意志です。塔に居る者は皆様を慕っているのですよ。 …ですから……そのようにご自分を責めるのはお止め下さいませんか?」 軽く、髪を撫でると、は何かが切れたように泣き出した。 シンジはゆっくりと、それを静かに受け入れる。 受け入れ、向かい合う。 それが一層、の心に響いた。 「今日はタケオミとタイガが城へ。王へ…いえ、父上様へ、様のご様子を報告に行っております。」 が泣き止んでしばらくしてから、少し掠れた声でシンジは報告をした。 そのまま、返事も聞かずに踵を返す。 「そう。…そんなことしなくても良いのに。」 部屋から抜ける直前に、後ろから言葉が降ってきた。 ピタリ、シンジの歩みを止める言葉が。 の口から漏れた言葉は、シンジの胸をチクリと突き刺す。 それはシンジを攻撃する言葉ではない。 ただ、幼い頃から培われてきた、条件反射。 孤独感を隠し通そうとする、なりの優しさだった。 それに、答えないこと、それもシンジなりの優しさだった。 そのまま、シンジは部屋を後にした。 鼻の奥が、ツンとした。 「ぃってぇ〜なぁ…。」 下へと伸びる回廊を、小走りに降りていく途中、シンジは誰かにぶつかった。 勢いよくぶつかってせいもあって、多少反応が遅れる。 「すみません…少々考え事をしておりまして…」 そう、気軽に声を掛けて、微笑を浮かべる…はずだった。 その顔が、緊張で強張るのが分かる。 瞳には、動揺の色が浮かんだままだ。 いつもの冷静さは持ち合わせていない。そんなもの持てなかった。 侵入者、が、いる。 「貴方は…?どうやって入り込んだのです?」 「怪盗、バカラ。真正面から正々堂々突破してきたぜ?」 「貴方が…ここまで来られるとは…兵は全て片付けたということですね…?」 「当然っしょ。大人しく巫女を渡してくんねぇ?」 なぁ、とバカラが首を傾げると、シンジはキッとバカラを見据えた。 その瞳には先程のように動揺の色は見えない。 あるのは強い意志。 そのまま、瞳をそらすことなく、怯むことなく告げる。 眼鏡がキラリ、月の光に光る。 「攫いに来た…と。では、様をここから連れ出して頂けるということですね?」 「…はぁ!?お前何言って…意味わかんねぇ!!」 シンジは、バカラの言葉などどうでもいい様子で、それでもバカラを力の限り掴んで、再び回廊を上り始める。 それは、引き摺られる者が鈍ければ、転びかねない速さ。 すべてを上りきる頃には、シンジの息は上がっていた。 そのまま堅く閉ざされた扉を押し開く。 …開け放つ。 上がった息を整えてから、月に照らされ、ほんのり輝くの表情を確認してから。 ―…は突然のことにやっぱり驚いていたのだけれど。― 今度こそ、バカラの問いに、はっきりと答えた。 「様が望んでいるからです。…どうか宜しくお願い致します。」 シンジに追われるように、2人は塔を後にした。 「ねぇ、バカラ?」 「ん?」 「私、外に出れるなんて夢にも思わなかったわ。」 「そうかよ…。」 バカラの馬に乗って、荒野を駆ける生活が始まってから数時間。 は既にバカラと仲良くなっていた。 馬の振動に何度も舌を噛みそうになっても、話しかけるほどには。 …実際には、既に数回噛んではいたのだが。 そんなに、バカラもぶっきらぼうな返事を返すことは無かった。 口元に優しく微笑みを称えながらの言葉に耳を傾けている。 馬上でもそうなのだから、休憩中ならなおさらだ。 現に、今もバカラはの隣での話を聞いていた。 「話に聞いても、実際に大地を踏みしめることも叶わなかったし…。ずっとずっと、憧れてた。」 「…お前、ずっとあんな塔に居たのか?」 「えぇ。あ、でも小さい頃は別の場所で暮らしていたの。やっぱり外に出たことはなかったんだけど。」 は緩く笑った。 月の光がを淡く染め上げる。 白く輝く。発光さえしていた。 …だからなのかもしれない。 話を聞くうちに、悲しみに満ちた瞳が塗りつぶされた黒に見えたのは。 …救えるものなら、救ってやりたい、そう思ったのは。 笑顔を与えてやりたい、そう思ったのは。 「なぁ?」 「何、バカラ。」 「お前、どうして…あんな所に居たんだよ。」 沈黙に耐え切れなくて、覗き込むようにして、思いついた質問を投げかける。 それは、1番知りたかったこと。 それは、多分1番聞いてはいけないこと。 言ってから気づいて、バカラは顔を歪めた。 …が、バカラの質問に、はにっこりと微笑んだ。 屈託の無い笑みが向けられて、問いかけた側のバカラが面食らってしまったのは言うまでも無い。 「…超能力者って言ったら信じる?」 遠くを見つめながら、…見据えながら、ポツリと呟いた。 視線は徐々に下がっていく。 バカラは、何も言わなかった。 言 エ ナ カ ッ タ 。 の視線が下がりきった頃、は1輪の花に目を留めた。 花は、この荒野の下、耐え切れずに死んでいた。 それは確かに、死んでいた。 が軽く手を翳す、淡 ク 輝 ク 手 ヲ ソ コ ニ 。 それだけで、急速に花は力を取り戻した。 それは、確かに、死んでいた。 それは、確かに、生きている。 はもう一度微笑んだ。 花に向かって、バカラに向かって。 緩く、淡い光を纏って、笑顔なのに悲しげに。 「どこがだよ。は、普通の人間じゃん。」 バカラは、一言そう告げた。 それはきっと、が聞きたかった言葉。 そう、確信があった。 バカラは、知っていたから。 悲しげだったのは、自分に嫌悪感があるから。 笑顔だったのは、泣いてしまいそうだったから。 …バカラは、知っていたから。 それ以外告げず、を、後ろから腕の内に閉じ込めるように抱きすくめた。 「そうね。そうだよね…。」 「巫女にしたって…あんな所に閉じ込める意味はねぇっしょ。」 「そんなこと言ってくれたの、バカラが初めてだよ。ありがとう。」 「…礼言われることじゃねーって…。」 は光に当たることが少なかったせいか、悪く言えば青白く、よく言えば透き通るような肌をしていた。 衝動的に抱きすくめた身体は、華奢で、弱弱しかった。 それでも、バカラを見返す瞳には、光…希望が宿ったように見えた。 素直に、綺麗だと、感じた。 「でも、外に連れてきてくれたもの。私は、私の目でこの世界を知りたかったもの。」 「…じゃぁ、これからは俺がお前に色んな所を案内してやんよ…。」 「…本当?ありがとう、バカラ!!」 「最も、定住なんて望めないぜ?旅ばっかりだからな、俺怪盗だし?」 キラキラと星の様に輝く瞳を、漏らすことなく受け止める。 ニヤッと笑うと、は少し大きく、目を見開いた。 バカラは、微笑んで付け足す。 断られるはずが無い、そう確信した楽しそうな微笑みだった。 「…嫌か?」 「まさか!!…だって、それこそが私の憧れていた生活だから!!」 「…礼はきっちりしてもらうから。」 「…?」 が、きょとんとしているのをいいことに、バカラはそっと顔を近づける。 の髪に指が触れると、風が弄ぶが如く梳いていく。 そのまま、ゆっくりと、透き通る頬に口付けた。 「まずは、連れ出してやった礼の分、な。」 「…うん…。」 「それから。」 そこで一呼吸置くと、を開放する。 そのまま、の前に回りこむと、もう一度を抱きしめた。 「ずっと一緒のシルシ。」 の眼を見て、だけを見て。 唇に、微かに触れるだけの口付けを落とした。 これ以上ないほど赤く染まったの顔に、バカラはまた、嬉しそうに笑った。 信じあう心は、誰にも負けないから。 愛は死なない、夢は消えない。 哀しみ越えて、目指せ、エルドラド。 僕たちだけの、エルドラド。 僕らの旅は、始まったばかり。 行き着くあてなど見えない、はるか遠くへ。 僕らの恋の旅は、始まったばかり。 行き着くあては見えている、たった1つへ。 僕らは、共に歩いていく。 ***あとがきという名の1人反省会*** 桜海 若葉 様に捧げます、リク夢お礼の御柳芭唐☆パラレル夢にございますv えー…初めに言わせてください。 ホントにホントに駄文過ぎてごめんなさいorz 芭唐はもちろん、パラレルも初めての私にはこの子手に負えませんでした(汗 そして何ていうか、辰羅川が出しゃばり過ぎではなかろうか…(遠い目 しかも時間かけまくってこれですから…どうしようもないですけど。 こんなもので宜しければお持ち帰り下さい。 桜海 若葉 様のみ、お持ち帰り可能ですv ついでに返品可能です、苦情ドシドシどうぞ(苦笑 ついでに、最初と最後にはTHE ALFEEの「エルドラド」が一部使われています。 聴きながら読むと一層、 「あー、なにやってんのこいつ。馬鹿じゃねー?」 と思うはずなんで、間違っても併用はご遠慮下さい(笑 それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。 2005.8.8 +加筆修正2005.9.7 水上 空 |