「。…起きてるか。」 子の刻を少し回った頃だろうか。 天井裏を移動する音。 板の軋みで、私は重い瞼を開けた。 むくりと起き上がると、天井の板が少しだけ開く。 辺りの闇に溶け込むようにして、その人物は私の部屋に降り立った。 「ん〜………なぁによぉ…こんな夜中に………。」 「門前集合だ。」 「は?ちょっと文次郎…ッ!」 短く告げると、文次郎はまた天井の闇に消えていった。 一瞬の事で断ることも出来なかった。 何せ、寝起きで頭の回転が悪い。 まぁ、断ることが出来ない約束を取り付けるために今頃来たのだろう。 …昼にも会ったのに、言わなかったのだから。 隣で級友が寝返りを打つ。 起こさないように、用意をする。 夜の冷気に晒された忍装束は、冷たかった。 〜優しい腕、朝日の中、独り占め〜 身支度を整えて、門前に急ぐ。 走ることはしなかったけど、それでも早足で。 門に寄りかかる文次郎が見える。 眉根を寄せて門に寄りかかる様は、凄く不機嫌そうだ。 …早足を駆け足に変えて傍による。 それでも…私も思い切り不機嫌な顔をするのを忘れなかった。 「…なんだってのよ、馬鹿文次郎。」 頭1つ上の文次郎を睨む。 唇をへの字型に引き結んで、精一杯の不機嫌加減を表した。 夜中に呼び出されたんだから、このくらいは当然だ。 暗がりに慣れた瞳は、文次郎の姿を鮮明に映し出す。 少しぐらい罪悪感を感じればいいのに。 「行くぞ、ついて来い。」 「痛ッたぁ!」 「………早くしろッ………!」 私の頬をつねり上げるとそのまま、文次郎は駆けて行った。 月明かりに照らされて、影が伸びる。 遠ざかる影は、途中で止まった。 「…ッたく………。」 待っているであろう文次郎。 追いかけるべくあたしも駆ける。 仕返しをするためにも、早く追いつかないと。 いくつ山を越えただろうか。 「…ねぇ、どこまで…行くのよ?」 どれだけ、橋を渡っただろうか。 「いいから走れよ。」 月はいつの間にか頭の上を通り過ぎた。 「行き先…くらい言い…なさいよねッ…!」 「だらしねぇな…バテてんのかよ?」 「………るっさい!」 もう、何時間も走り通しだ。 しかもジョギング何か比にならないほどのハイペースだ。 未だに走り続けている事に、あたし自身驚いている。 喉が痛い。 息が苦しい。 なのに。 隣を走る文次郎は、息を切らすどころか汗もかいていない。 ちらりと横目で確認して、うんざりした。 「しゃーねーな………。」 隣を、並んで走ることなんて。 あたしには…出来ないのに。 文次郎は、それでもあたしの隣を走ろうとする。 溜息を吐き出して、ペースの落ちたあたしの片腕を握る。 速度を落とし、次第に歩きの速さになっていく。 ………それは、ゆっくりと、止まった。 道の脇にあった木の幹に、身体を預ける。 走り通した心臓は、壊れそうに打ち付けていた。 「…ハァ……ッ……ハァ………」 「肩で呼吸すんな、ちゃんと腹から呼吸しろ。」 隣に腰を下ろしたらしい、文次郎から声が掛かる。 同時に顎を捕まれて、上を向かされた。 …気道確保をしてくれているらしい。 幾分呼吸が楽になった。…話せるくらいには。 「ここまで、寝起きで…ついて来れたんだから、良いで、しょ。」 「まぁ、にしちゃ、奇跡だぁな。」 「…じゃぁ、ちょっと此処で、休憩ね?」 うん、と勝手に納得している文次郎に尋ねる。 話せるようになったからイケるだろ、とか。 忍者目指してんならこんな事でダレてんじゃねぇ、とか。 そういうことはこれ以上は言わないだろうとは思う。 何だかんだ言っても面倒見の良い文次郎だ。 ただ、今はほんの少しでも休憩が欲しかった。 「駄目だ。」 「………はぁ!?…ッたぁ!」 力任せに立たされて、それでもあたしはなお、耳を疑った。 無意識に眉を顰めて反論しようとする。 …が、でこピンによってそれは阻まれた。 「間に合わなくなってからじゃ遅せーんだよ。」 「…何に?」 再度尋ねる。 それでも文次郎は答えなかった。 月の逆光で、あまり見えなかったけれど。 いつもの頭1つの身長差が。 半分くらいになっていた気がする。 「行くぞ。」 「だから、行き先くらい言ってか……」 刹那。 視界が暗くなる。 身体が宙に浮いた。 …右半身が、温かい。 「しっかり、捕まってろ。」 文次郎の顔が、近かった。 やっとで腕に抱かれていることに気付く。 景色が流れるスピードが速い。 さっきと変わらないスピードだ。 しっかりと抱えられていると知りつつも、胸板を軽く押して講義してみる。 「お、ろしてよ。」 「駄目だ。」 「重いし、あたし。」 「…重いほうが良い訓練になるんじゃねぇ?」 文次郎は、風のように、走る。 一瞬向けられた笑顔は、暖かいものだった。 「ま、軽すぎて訓練にゃならねぇけど。」 忍者している時の文次郎じゃないけれど。 至極楽しそうに、文次郎は笑っていた。 「落ちんなよ?」 「…分かった。」 あたしは、それ以上何も言えなくて。 ただ、文次郎の邪魔をしないようにしがみ付いていた。 一生懸命な文次郎の顔。 直視できなくて顔を胸に埋める。 広い胸に身体を預けると、力強い腕が優しくあたしを抱えなおした。 そのあと。 どこを通ったのか、どんな景色だったのか。 全然記憶がない。 ただ、文次郎の心音が、心地よくあたしを満たした。 「…うし、間に合ったな………。」 少し景色が開けた所に出た時には、既に空は明るくなりつつあった。 ゆっくりとしゃがんだ文次郎に合わせて、地に下りる。 流石に疲れたのだろう。 文次郎はうっすらと汗を滲ませて、膝を折っていた。 「…どこ、此処。」 「山。」 「いや、見たら分かるから。」 「じゃぁ聞くな。」 疲れ半分、面倒半分、といったところだろうか。 さっきまでの短い答えとは違う。 充分に表情を出しての答えだった。 例え。 それが、ぶっきら棒だとしても。 どうしようもなく、嬉しくなるような。 「だから。何のために連れてきた山な訳よ?」 「そりゃぁ………」 膝を折っていた文次郎がゆっくりと起き上がる。 肩を貸そうと近づくと、手は振り払われた。 辺りを眩しく光が走る。 「日の出が綺麗に見える山なんじゃねぇの?」 代わりに、引き寄せられて。 文次郎の腕の中、頭を撫でられた。 力の抜けたらしい、文次郎はそのままへたり込む。 逆らえなくて、一緒にへたり込んだ。 共に、朝日が昇るのを見た。 大きな太陽。 今まで見た中で、1番大きく感じた。 大きい、文次郎の腕の中で。 文次郎が、近い。 朝日が目にキラキラ飛び込んでくる。 横目で見た、文次郎の目もキラキラ、光って。 「…凄い。」 「ん。」 「…凄いね、凄い綺麗。」 「まぁ、初日の出だしな。」 「あ、そっか…忘れてた。」 「らしいな。」 苦笑する文次郎を小突いて、腕の中で暴れてみた。 やんわりと抱きとめてくれる文次郎。 「今年も、よろしくね。」 「おう。」 ………大好きよ、文次郎。 優しい腕の中、もう少しだけ。 文次郎を独り占めしても、罰は当たらないんじゃないか。 そう思って、胸に頬を摺り寄せた。 ***あとがきという名の1人反省会*** 波 千鳥ちゃんへの年賀夢でっすv 文次郎を…!との事だったんで、ちょっと迷いましたが…。 取り合えず書いてみました…。頑張った、あたし! コレを機にジャンル増えるかは未定(笑 こんなものでもお気に召してくれたら、 飾るなりほくそ笑むなり何なりとお好きにどうぞv いや、って言うか間に合ってよかった…。 それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!! 2005.12.31 水上 空 |