焼き栗の大きな袋を持って、レオンは我が家へと足を向ける。
すっかり暮れた陽は、此処からはもう見えない。
ただ、ゆっくりと空が闇に染まっていく。


「ただいまー。」


軋む扉を開けて足を踏み入れるとすぐ。
家の階段をだだだ、と駆け下りる足音が1つ。
扉を閉めてる間に、その人物はレオンに向かってダイブした。


「おっかえりー!レオーン!!」

「のわぁあぁ!」







ガインッ!ドガガーッ!







「お帰りお帰りレオン!…って、アレ?」


当然と言えば良いのか、お約束と言うべきなのか。
虚をつかれたレオンは、その人物の下敷きに。
持っていた焼き栗の袋もふっ飛ばし、しっかりと頭をぶつける始末。
それでも頭を摩りながら、涙目で起き上がる。

恨みがましそうな目のまま、怒鳴り散らす。
甲高い声の主に向かって容赦なく。


「リル…いきなり突っ込んでくんな!」

「えへへ…ごめんね、レオン。」





リル。
そう呼ばれた少女は、申し訳なさそうに頭を掻く。
リルのダークグリーンの瞳が三日月形に細められた。







闇の唄 光の唄

〜treasure 4:能力の唄〜







今だズキズキと痛む頭を摩りながら、レオンとリルは居間に向かう。


「ったく。これ以上馬鹿になったらどうすんだ。」

「あ、それはない。絶対。」

「否定早っ!」


リルは慣れた様子でレオンをあしらう。
きっと毎日の事なのだろう。
そこにはレオンが弁論を挟む余地など一瞬たりとも見当たらない。


「ちくしょー…そんな事言うなら栗やんねーかんなッ!」

「これの事?」

「って既に喰ってるしッ!」

「美味しいよ。」


口では既にリルのほうが数段上である。

が、しかし。

リルは、誰がどう見ようと華奢で可憐な少女であり。
レオンが庇護する対象であるということに変わりはない。





ただ、それが過度にならざるを得ない理由も、確かにある。










「リル、栗好きだからな。」

「レオンが覚えててくれて嬉しいよー。」

「…当たり前だろ。」


ニコニコと笑うリルは、栗を食べる手を休めてレオンに抱きついた。
目を細めて気持ち良さそうに擦り寄るリルを見て、レオンも微笑む。










「家族なんだから。」










レオンが満足そうに笑うリルの頭を撫ぜる。
色素の薄い髪の奥から、耳が覗く。

ぴくぴく、小刻みに動く。
初雪のように白い、三角の耳。

レオンは気にせずリルの頭を撫で続ける。
出会った頃から変わらず、ずっと。
リルを、家族だと。





外見年齢15歳程度の少女は。

半猫人の中でも希少な。

少々特殊な力を持った、ユキガネ族だった。















リルの淹れてきたお茶を飲みながら、2人は栗をつついていた。
パキパキと栗の皮を剥く音が部屋に響き渡る。
口の中に放り込めば、ほんのり甘い香りが鼻腔を擽った。


「今日のは高く売れた?」

「いや…ブチ割られた。」

「あ、やっぱり。」

「何だそれ。」


手を休めて問うたリルに、レオンは心底驚いたらしい。
帰ってくるときには落ち込まないように心がけていたつもりだったからだ。
と言うのも、レオンが落ち込むと決まってリルまで泣き出すからだ。
そうなった時に、手が付けられなかったことも学習している。



だから、泣かせないように。
気落ちした様子もなく帰ってきたというのに。



ジッとリルを見つめると、リルは分からないの?と苦笑した。


「レオン、落ち込むと大袋で栗買ってきてくれるから。」

「………敵わねーな、リルには。」


あーあ。とレオンも釣られて苦笑する。



自分の行動が解り易いとは、全く思わずに。



どさっとソファに背を預けると、レオンは大きく伸びをした。
スプリングの悪くなったソファがキシリ、小さく悲鳴を上げる。
慌てて起き上がることはしない。
それどころか、リルもそれに倣って小さな体を預けた。
スプリングの悲鳴が収まるのを待って、リルはレオンに尋ねる。


「で、どうしてそんな明るいの?ってかちょっと嬉しそう。」

「あぁ…それは………。」


教えて教えて、ニコニコ微笑むリルに、レオンは苦笑しつつ話し出した。
今日の出来事、全て。
ハンターの事、宝の事。





それから、自分の感じた憤りまで。



全て。







「…って事なんだ。」

「ふうん…こんなのあるんだねぇ。」

「ま、手がかりもないけどな。」


ピラピラと手配書を掲げてリルは目を丸くする。
自分とそう変わらないリルの反応にレオンは1つ安堵の溜息を吐いた。
リルから手配書を受け取ると、素早く閉まって席を立とうとする。





到底見つかる気がしないのだ。
地道に出来ることはするつもりだが…それでは埋まらないものも在る。
きっと、それがこれだ。
地道に、暮らすのも良いかもしれない。



そう、諦めかけた時だった。















「あるよ。大丈夫。」















自信たっぷりの声が後ろから掛かった。
振り返ればそこに居るのはリルだ。
…それでも、その声には先程までの幼さは微塵も考えられない。


「…予知、来たのか?」

「うん。今ね。」


ダークグリーンだったリルの両の瞳は今は金色に輝いている。
レオンは確信を持って、もと居た場所へ戻った。
宙を仰ぐリルの瞳は既に何かを必死に読み取っている。

ゴクリ、つばを飲み込み、その時を待つ。










リルの予知能力。
それは今まで外れたことは無い。
今までだって、それは使用することが出来た。
偽者を掴むこともなく、大儲けだって出来たはずだ。
ただ、多大な力を消費するリルに、レオンが多用させなかっただけだ。
大きな力を得るために、家族を犠牲にする。
それを、レオンがしなかっただけだった。










数瞬後。
読みつかれたのか、リルは何度か肩での浅い息を繰り返した。
レオンが水を差し出すと、少しだけ口に含んで微笑みを返す。

そこを狙ってレオンは問うた。


「何が見えた。」

「広場。隣で道化師が踊ってる。売り子が、…渡来品のアクセサリー売ってる。」

「………売り子の特徴は?」

「淡い黄色の衣装。女の人…みたいな男の人。」


そこまで言った時、2人は同時に笑った。
…その人物の心当たりは、1つだけある。


「充分だ、リル。…行こう。」

「うん!」










栗を仲良く1つずつ口に放り込んで、レオンとリルは部屋を出た。

1筋、街灯の光が2人を包んだ。

向かうは、港近くの大広場。







***あとがきという名の1人反省会***
くはぁー!遅くなりました(汗
3月中には上げれると思っていたのに!!
本当にお待たせして申し訳ないです。
やっと新キャラ出しましたよー!しかも
レオン以上に新キャラメイン。良いけど。
いきなりの大活躍の後は何をしでかすやら…。
まだ私にも良くわかりません(笑


それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2006.04.10 水上 空