野球部の部活終了後。
今日も虎鉄と猪里は仲良く帰宅していた。


「猪里〜、頼むからSa〜…。」

「やけん、何度も駄目やゆうとーとよ。」


どうやら、只今2人は何かの交渉の真っ最中らしい。







〜姫と愉快な王子達−act.1 そして姫は現れる−〜







虎鉄は顔の前で手を合わせて、精一杯頼み込んでいる。
必死に頼む虎鉄ほど珍しいものは、あまり無い。
猪里は虎鉄のその面白い光景をちらりと横目で見やる。
だが猪里には、どれだけ虎鉄が頼み込もうとも首を縦に振る気は無かった。


「だからこうして毎日頼み込んでんだRo〜?」

「絶対に、嫌ばい。」


最近では日に何度もこの一方的な交渉が繰り広げられている。
一向に何の交渉なのかは明らかにならないが…。


「虎鉄…何の交渉か言ったら、二度と太陽が拝めんこと覚悟しろよ…?」

「わ…分かってるって!!」





黒猪里降臨である。





その恐ろしさに、流石の虎鉄も語尾変換をうっかり忘れて答える。
返答に気を良くしたのか、猪里はニコリと笑顔を返す。
…目は笑っていないのだが。


「なら、良いっちゃ。」

「(こ…怖ぇZe…。)」


虎鉄はもうすでに半泣きである…泣くなよ、虎鉄君。


そして今日もこうして交渉は幕を閉じたのだった。







「猪里〜。練習行こうZe〜?」


午後の授業も終わり、ざわつく教室で先ほどまで机に無駄にかじりついていた体を起こし、伸びをする。
ストレッチもそこそこに欠伸と共に猪里に問いかける。
と、そこには満面の笑みで笑う猪里が居た。


「待ちー。まだ弁当食べとらんけん。」


ほぼ予想通りの言葉に虎鉄は深くため息をつく。


「…休み時間ごとに食ってたのNi…良く食うよNa。」

「当たり前たい。腹が減っては戦は出来んとよ?」

「そーかYo…。」





腹が減っては…と言う前に、お前が腹を空かせる事はあるのかよ。
…いや、むしろ弁当を日にどれだけ持ってきてんですか。





作者と共に虎鉄が突っ込みを入れている間に、猪里の表情が固まった。
と、すぐに慌てた表情になる。


「…あれ…。」

「N?どうしたんDa?」


猪里の豹変に気づいて虎鉄が一応声をかける。
理由に見当がつくためにあくまでも、一応だ。


「弁当…忘れたっちゃ…。」

「今まで気づかなかったのKa?」


本日2度目のため息と共に猪里の顔を覗き込む。
と、そこには案の定意識を放棄した猪里の姿があった。
目の前で手をひらひらと振ってみるが、反応は無い。


「駄目Da…ショックで放心してるZe…。」





その後、虎鉄が猪里を引きずったまま…部室に連行して行ったとかいないとか。







猪里の親友である、虎鉄ですらも気づかなかったこと。



猪里だけでなく野球部をも揺るがせるものの正体。



猪里の本当の放心の意味を、後ほど、部員は知ることになる。







一方、同時刻。





校舎裏でうろうろと彷徨う影が1つ。


「えぇと…。野球部って確かこっちのグラウンドだったはずだけど…。」


野球部のグラウンドを探す少女が1人。
制服がここ、十二支のものとは異なるため、部外者らしい事が知れる。


さらさらの肩まで伸びた髪は赤みを含んだ明るい茶色。
髪が影を落とす肌は白く、走ってきたのだろうか、うっすら頬に朱がさしている。
くりくりと大きな瞳に、長い睫。
身長も小さく、どこから見ても可愛らしい少女である。


きょろきょろと辺りを見回していると、後ろから明るい声が掛かった。


「あっれ〜?十二支女子の制服じゃん。十二支高校に用事なの?」


振り向くとそこには、少女と同じ位の身長の男の子と、長身青髪の男の子。
そうして、少女に近づくと、2人は笑いかけた。
それを見て少女もふっと緊張を解くと、言葉を掛ける。


「あ、はい。そうです。野球部に用事があって。」

「そうなんだぁ。僕たち野球部だから、連れてってあげるよ〜♪ねっシバ君!」

「……♪(コクコク)」

「…ありがとう、じゃぁお願いしても良いですか?」


少女はつかの間迷ったような表情を見せたが、やがて言葉と同時に微笑みを返した。





…その無防備な笑顔が、あまりにも可愛かったので。





「も…もっちろん!!」

「……(コク///)」


兎丸と司馬はただただ、赤くなるしかなかった。


「あっ名前聞いても良い?僕はね、兎丸比乃だよ。で、こっちが司馬葵君〜。」

「……(ニコ)」

「比乃君と葵君ね。私はです。十二支女子の2年なの。」

「えぇ〜、じゃぁちゃん年上なの!?年上には見えないのになぁ。」

「…よく言われる。」


が兎丸と話していると、服を引っ張られる感覚がした。
引っ張られているであろう袖口を見ると、そこには司馬の指が絡まっていた。
ふっと目を上げると、なにやら首を傾げている司馬。
それを見ても同じ様に首を傾げる。



しかし。



の身長は兎丸と同じぐらいな訳でして。
司馬を見ようとすると、必然的に見上げる体制になる。





その首を傾げる姿が、見上げる瞳が。
あまりに愛らしかったのです。





「……?(じー///)」

「葵君、何?」


顔を真っ赤にしながら固まった司馬を不思議そうに見上げる。





そんな様子を傍から見ていた兎丸はえらく不機嫌。





可愛らしいの表情を奪った司馬に向けて見せ付けの意味でに抱きつく。
は抵抗することなく兎丸にされるがままに抱きつかれている。


「シバ君がね、荷物重そうだから持ってあげるって。僕も持ったげる♪」


にっこり笑って微笑む兎丸に、も笑顔を返す。


「…(何で葵君の言いたいこと分かるんだろう…)ありがとう、ごめんね?」

「…気にしないで。僕たちが言い出したんだからさっ!!」

「……。(ニコ)」

「…ありがとう♪」


そうして本日3度目のエンジェルスマイル。
エンジェルスマイルを直視した2人が、真っ赤になって固まったのは言うまでもない。





が、当の本人は一向にその事実に気づいていなかった。





その後、何とか硬直状態から脱出した兎丸・司馬両名。
を真ん中に、グラウンドへの道を進む。
すると前方からなにやら騒がしい声が響く。


「おっす、スバガキ!!音符君!!今日も相変わらず仲が…ってその可愛らしいおねぇ様はどなたじゃ〜!!」

「あ、お猿の兄ちゃん。子津君も。」


猿野・子津両名登場である。
猿野はを見つけると光速以上のスピードで駆け寄ってきた。
が吃驚して固まったのは言うまでもない。


「おはようっす。…でもほんとに可愛らしい方っすね。…誰なんすか?」

「僕らもさっき会ったんだよ〜。ちゃんって言うんだ♪」

「……♪(ニコニコ)」

さん…なんて可愛らしい名前なんだ…。」

「名は体を表すってほんとっすねぇ…。」

「……。(コクコク)」


ニコニコと話す4人。





兎丸と司馬はの横をちゃっかりキープしている。
…4人の後ろからは黒いオーラが…はっきりと見える。
表面上は笑顔だが。
勿論、4人の間では無言の会話が繰り広げられている。





「(スバガキ!!さんの手をさり気に握ってんじゃねぇ!!このマセガキ!!)」

「(うっさいな!!これは僕の特権だよ!!自分が出来ないからって僻むの止めてよねっ!!)」

「(あんだと!?)」

「(…って言うか司馬君もさんの隣でさり気に袖掴むの止めてくださいっす!!)」

「(………ィャ。)」

「(てめぇら!!戦じゃ!!そこに居直りやがれ!!)」

「(上等っす!!特に猿野君には負けないっすよ!!)」





表面的には笑顔なので余計怖い。
実際ここは普段人通りも多いはずだが、今日は傍を通ろうとする猛者は居ない。





「みんな仲良いんだねぇ…♪」


ぴりぴりした雰囲気に1人、気づいてない
これでこそ、正真正銘の猛者。
ホワンと笑って言ってのける。





その笑顔が、これまた可愛らしかったのです。





それまでのぴりぴりした雰囲気がどこかに消える。
エスパーのような心のどす黒い会話も一気に中止される。


「で、さんはここに何をしに!?俺の勇姿を見にっすか!?」

「猿野君の勇姿なんて誰も見に来ないっすよ。」

「何だと!?ネズっちゅー!!」

「本当のことを言ったまでっすよ。」


子津がきついツッコミを入れる…が、その目は笑っていない。
2人の間に流れる険悪な雰囲気をやっとで感じ取ったは慌てて口を挟む。
その様子にはわたわたという効果音が相応しい。


「あ、あの…ね、荷物を届けに来たんだよ、えと…猿君。」

「あ、俺猿野天国って言います!!」

「僕は子津忠之介っす。よろしくお願いします、さん。」


両者はに向き直ると最上級の笑顔で自己紹介をした。


「(今何で怖かったんだろう…?)忠之介君ね、よろしく。」


そんな2人に向けて、も微笑む。


「は…はい…っす…。」


もともと女の子に免疫のない子津、の笑顔を正面から捉えて、敢え無くノックアウト。
顔は真っ赤で、湯気さえ出そうなほどだ。


さん!!俺は無視っすか!?」

「はは、そんなこと無いよ、猿君。」

「うぱあぁぁ!!猿野っすよ!!」


そして…ちゃんと名前を覚えてもらえていない猿野の悲鳴が響き渡った。
…哀れ、猿野。


「お前たちそこで何固まって騒いでるのだ!!そんな暇あったらさっさとトンボ掛けするのだ!!」

「があああぁぁ!!」


グラウンドの端っこ辺りには着いたものの、そこで騒ぐたちの一行。
としては早く目的を達成したいのだが、4人に囲まれてその場を出れないでいた。
そのとき、不機嫌そうに割り込む声があった。
十二支野球部、表の支配者、鹿目筒良登場である。勿論、そのロボ…いや、三象も一緒だ。
普通にしていれば可愛らしい顔を歪めて猿野たちを睨みつける。
…が、その表情がふと優しくなった。
どうやら近くに来たことで囲まれていたに気づいたらしい。


「…お前誰なのだ…?名前教えるのだ。」

「はい、って言います。只今野球部のとある人物に用事があって…。」

「…そうか、じゃぁ。僕が探すのを手伝ってあげるのだ。」


がここへ着てから何度も述べている言葉を聞くと、鹿目は珍しく微笑んだ。
声色も優しく、いつもの傲慢さはかけらも無い。
…初めて見る鹿目の邪気の無い笑顔に、声色に、1年は青い顔をして固まった。
当然はそんなことは知らないのであって。
笑顔で話されたために同じように笑顔を返す。


「え、いや…悪いですし。自分で探しますよ?でも、ご好意はありがとうございます♪」


そう言って、お辞儀をした。





その様子がまた、なんとも可愛らしかったのです。





「良いのだ、手伝ったほうが早く終わるのだ、行くぞ。
それから、僕は3年の鹿目筒良なのだ。筒良と呼んで欲しいのだ。」


の可愛らしさに我慢が出来なくなったのか、鹿目は兎丸の握る手を振りほどくと、スタスタとを引いて歩き出した。
顔は真っ赤だ。
傲慢な支配者鹿目、の笑顔に陥落。
…が、はそれすら気づいていない。
どこまで人を惑わすんだ、この主人公様は。


いきなり引っ張られたことに多少驚きつつも、は抵抗せずに引っ張られていく。


「え、あの、筒良先輩…でも…。」


その様子に我に返った1年が鹿目の前に立ちふさがる。


ちゃんを独り占めなんてずるいよ!!」

「ほっぺ先輩のくせにさんを奪うとは…ちゃんより私を選んでくれるって信じてたのにぃ〜!!」

「……!!(キッ)」

さんを家に連れ帰るのは僕っすよ!!」


どこから持ってきたのか兎丸はギロチン用の特注黒塗りバットを持っている。
猿野は何故か明美(…いや、三つ編みが4つあるからこの場合明子か?)に女装。
司馬はイヤホンのコード部分を伸ばしている。イヤホンは飛び道具でも絞殺道具でもないよ…。
…子津は、さらりと問題発言。…犬猫と同様にをペットとしてでも飼う気ですか?





……いろんな意味で危ないです、貴方達。





「五月蝿いのだ!!1年は大人しく僕の言うことを聞いてれば良いのだ!!」

「むっか〜…こうなったら明子差し向けちゃうもんねっ!!GO〜!!」

「ほっぺせんぱぁ〜いっ!!私を幸せにして〜!!」

「うわっ!!く…来るななのだぁ!!」

「があああぁぁ!!」


そして始まる大乱闘。
ぎゃぁぎゃぁと目の前で騒ぐ人物たちを見ながら、一言は呟いた。


「…な、何か凄い乱闘起きちゃってる…。逃げていいかなぁ…。」


自分が騒ぎの張本人であるのに、逃走宣言である。
…気づいていないのだから仕方ないが。
そうして、持参した荷物をそっと手に取ると。







宣言通り、グラウンドに向かって走り出した。







大乱闘を展開する彼らがが居ないのに気づいたのは大分時間が経過してからだった。







波乱を巻き起こす少女、十二支野球部に現る。
彼女の名前は、



無自覚に男を魅了する、罪作りな少女であった。














***あとがきという名の1人反省会***
ついに始めてしまいました。
ミスフル連載夢です。おめでとう自分!!(ぇ

何故にいきなり連載かというとですね、逆ハー…もといギャグハーが書きたくて。

ミスフルはpochiにとってギャグが挟み易い上、
キャラもたくさん出てきて面白いかなと思いまして。
で、連載に踏み切ったわけです。

更新は遅いかもしれませんが、頑張って書いていきますので、
これからよろしくお願いします。(ペコリ

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2004.12.7 水上 空