波乱を巻き起こす少女、十二支野球部に現る。
彼女の名前は、
無自覚に男を魅了する、罪作りな少女であった。

少女は、目的達成のために、乱闘の場から離れた。
そして、新たな騒ぎを巻き起こす。







〜姫と愉快な王子達−act.2 告げられた衝撃的真実−〜







は先ほどの乱闘の場から荷物を抱えてひたすら小走りをしていた。
目当ての人物を探し出そうとしているため、目線は忙しなく動いている。
だから、自分に向かって転がってきたボールに気づかなかった。
そして見事に数歩先で転ぶ。
持っていた荷物を庇う様に転ぶことが出来たのが奇跡だった。


「痛ぁ…。ボールかぁ、気づかなかったなぁ。どこから飛んできたんだろう…?」


むくりと起き上がると、ボールを持って辺りを見回す。
すると、眼鏡をかけた部員が慌てて駆け寄って来た。
…その後ろにはガングロの部員も控えている。
十中八九この人たちのところから飛んできたボールだろう。










「大丈夫ですか!?お怪我はありませんでしたか!?」

「あ…はい、大丈夫です…。」


が立とうとすると、ガングロの部員の手が差し出された。
有難く好意を受け取って立ち上がる。
ボールを返すと、眼鏡の部員はとても申し訳なさそうに口を開いた。


「すみません、私の逸らしたボールのせいで…。」

「とりあえず…辰が悪いな。」

「や、大丈夫ですし。私も不注意でした、ごめんなさい。」


わたわたと慌てながら、弁解する





その姿、その表情が、本当に愛らしかったのです。





「…と…とりあえず、名前教えろ…。」

「な…っ…抜け駆けですか!!」

「うるせぇ、辰…。」

、です。えーと…季節はずれのガングロさんに、むしろ凶器になりそうなモミアゲさん。」


しばしの沈黙のあと、ピシリという音がした。


「もっ…!?…私は辰羅川信二です。さん。」


レンズにヒビの入った眼鏡を新たな眼鏡に変えながら、辰羅川は自己紹介をした。
に言われた一言が相当ショックだったらしい。
少なくとも、眼鏡が割れるほどには。


「犬飼、冥。とりあえず冥でいい。」


犬飼が珍しく女に自分から話しかけている。
顔は照れているためにそっぽを向いたままで失礼極まりないのだが。
が、案の定はそんなことは気にも留めていないようだった。


「冥君に、信二君…。了解です!!」


そう言ってまたにこりと微笑む。


「その制服、十二支女子のものですよね、ここに何か御用ですか?」

「ちょっと人を探しに。これ渡さなくちゃいけなくて。」





が手持ちの荷物を顔の近くまで持ち上げて、辰羅川と犬飼がそれを覗き込もうとしたとき。
の後ろから神々しいオーラを発した人物が近づいてきた。










「どうしたんだい、犬飼君、辰羅川君?」

「何かえっらい乱闘騒ぎが起ッきてるじゃね〜か!!」

「練習はまだ始まっておらぬか…。して、その少女は誰也?」


が声のほうに振り向くと、そこには十二支3年レギュラーの3人が立っていた。
牛尾の神々しいオーラのせいなのか、はたまた蛇神や獅子川の奇天烈な風貌のせいなのか。
はしばし目をまん丸にしたまま固まってしまった。
が、何とかこちらの世界に戻ってきたらしい。


です。野球部のある人物に荷物を届けに参上致しました!!」


背筋をピンと伸ばして敬礼をしつつ、任務内容を述べる。




その真剣な眼差しが、目を逸らせないほど可愛らしかったのです。





あまりの可愛らしさにこの場に居たすべての人間が固まった。
これほどまでに精神力の強い人々を固まらせるとは…。


「そ…そうなのかい?じゃぁ、ゆっくり練習を見ながら探すといいよ。」


逸早く我に返った牛尾がにっこりと微笑みながら話しかける。
すでに右手はの肩に置かれており、ベンチに向かって歩き出している。


「え。良いんですか?邪魔になりません?」

「ははっ、君なら大歓迎さ!!あ、それから僕は3年の牛尾御門。御門でいいよ。なんならミカちゃんでも大歓迎さ。」


…念のため、確認をしておこう。
牛尾御門、野球部キャプテン。
ファンクラブが出来るほどの人気者である。







ミカちゃん…ミカちゃん?…ミカちゃん!?







キャラ壊れてますよ!!王子としては失言っすよ!?







「分かりました、ミカちゃん先輩。」

「ふふっ。君は素直な良い子だね♪」


…平然と呼び返すやはり猛者だ。間違いない。
牛尾はそんなの言葉に気をよくして、の頭を撫でている。
牛尾が幸せそうなのは勿論だが、撫でられているも気持ち良さそうに撫でられている。
…こうなっては流石に黙っているものはいないだろう。


「それは良いが…牛尾。殿の肩と頭に置かれた手を即刻退ける也。」

「そうですよ、さんに気安く触れないで頂きたい。」

「牛尾!!その手を退けないッと、俺のマッグナムが火ッを噴くぜ!!」

「…が汚れる…。」


青筋だって今にもキレそうな4人を前に、牛尾は平然と言ってのける。





キャプテンスマイルは未だ崩れない。





「そんなの君が決めることだろう?」


ね、とに笑いかけるとそのままを腕の中に引き寄せた。
後ろから引き寄せられたは、予想外にバランスが崩れたために体勢を立て直すことが出来ず、牛尾の思惑通り抱き寄せられる。
…それを見て口論は更なる発展を見せるのだが。


「純真な少女を毒牙に掛ける事は真許しがたき事也。」

「牛尾!!てッめぇよくもそんなことが抜ッかせるな!!下心ミエミエだッぜ!!」

「とりあえずぶっころ…。」

「犬飼君、共にファイトさせて頂きますよ、さんの為に。」

「はっはっは…。僕に勝てると、みんな本気で考えているのかい?」


犬飼の口から発せられたぶっころ発言。
流石にも慌てている。
肝心なところが分かっていないだけに野球部の存続危機と勘違いしたらしく、必死で止めに入る。





「な…なんか険悪ですねぇ…喧嘩は駄目ですよ?冥くん、信二君、ミカちゃん先輩。
え〜っと…滝でよく見かけそうな仏教さんと、銃刀法違反のエセウエスタンさんも。」





から名前を呼ばれたことにより、ぴたりと声が止んだ。
声が止んだ理由は、2つだ。
犬飼・辰羅川・牛尾の3名は、ファーストネームを呼ばれたことにより嬉しさが勝って静止。
蛇神・獅子川の2名は奇怪な呼び方にぽかんと口を開けて静止。
何にせよ、口論は一時中断した。
その事実にはほっと息をつく。


「…如何にも滝での修行はしておるが…我の名前は蛇神尊也。尊、で良い。」

「俺はエセじゃなッいぜ!?…獅子川文だ!!文って呼べッよ。」

「分かりました。尊先輩に文先輩ですね。」


そうして、教えてもらった名前を呼んでみる。
勿論、蛇神と獅子川はそれに気を良くして笑みを深くする。
…のだが、2人の肩に手が掛けられたのも事実である。
手を掛けたのは、紛れもなくそこに居た残り3人。





5人の笑顔の裏に、究極にどす黒いものが感じられる。





君に、名前で呼ばれて、嬉しいかい?」

「先輩方のそのハッピーな感情を一瞬にしてダークに変えて差し上げますよ…。」

に名前で呼ばれて良いのは、とりあえず俺だけだ…。」

「む。そう易々とやられはせん。」

のハーットを掴むのは俺だッね!!」


先ほどのように乱闘騒ぎになるならば、まだ良い。
ここで繰り広げられているどす黒い感情のぶつけ合いは、精神的に辛いものがある。
と言うよりむしろ、純粋な少女に見せるものではない。
…だが、既にこの5人の争いは誰も止める事が出来ないものになっていた。
今度は口を挟むこともままならず、は冷や汗でびっしょりになりながらその光景を見守るしかなかった。










「おら、てめぇら!!まだ始めてなかったのか!!さっさと…って誰だ?」



が恐る恐る振り返ると、何ともまた怖そうな人が立っていた。
それでも何とかこの事態を止めてくれるかもしれないと期待しながら、精一杯笑って挨拶をする。


「…です。何故か皆さん険悪なムードかもし出してるんですけど…。」

か。可愛いなぁ。どうしたんだ?」

「え〜と…ですね、荷物を届けに来ただけだったんですけど…。」

「ほう。で、こいつらが喧嘩を始めたと。」

「はいぃ…。あっちの筒良先輩たちのほうも、出来れば止めて頂きたいのですが…えと…ガラ悪そうなテンパの髭さん。」


ちらりと牛尾たちを見やる。
そこには先ほどよりも状況が明らかに悪化した口論があった。
むしろ罵り合いに発展している。

が、それより羊谷は自分の呼ばれ方の酷さに言葉を失った。
見た目重視で言われていると分かっても、多少傷つく。


「…。これでも監督なんだがな。俺は羊谷遊人だ…遊ちゃんと呼ぶように。」


少しでも怖いイメージを無くそうと思って口にした言葉だったが、は笑ってそれを受け入れた。

「分かりました、遊ちゃん監督さん。」





その笑顔が、胸に焼きつくほど可愛らしかったのです。





「ぉ…おぉ、良い子だな〜。ここのガキ共とはえらい違いだ。」


あまりの可愛らしさに、妻子持ちの羊谷までもが言葉を失った。
取り繕うように頭を撫でると、は嬉しそうに笑った。
それを見て、羊谷は確信を持った。





…こいつが、騒ぎの原因だ、と。





「でも、皆さん元気ですね。理由も無く喧嘩なんて。」

「…(原因が言うなよ…。)まぁ、いいけどな…。」


原因であるは、未だにまったく…この喧嘩の理由を理解していなかった。


「あ、そうだ。遊ちゃん監督さん。」

「何だ、?」


思い出したように言ったに言葉を掛けると。


「私、た…」

「Oh〜!!プリティガール!!俺と一緒に愛を語らわないKa〜い?」


虎鉄が絶妙なタイミングで登場した。
に向かって一直線に近づくと、目にも留まらぬスピードでの両手を握り締める。


「うわまた変なのが来た…。」


ポツリとは小声で呟いた。
その声は絶対に人に聞かれるような大きさではなかった。
むしろ唇だけが動いた程度のものだ。


「N?何か言ったKa?」

「え、何も言ってませんよ!?」


しかし、危うく当人の耳に入るところだった…。


「Haha〜N☆なら良いんだけどNa☆ところで名前教えてくれYo?」

って言います。シマシマバンダナのクネクネエセラッパーさん。」

「Ouch!!、可愛い顔してキツイこと言うNa〜。まぁ、そこがまたそそるんだけどNa。俺は虎鉄大河だZe。」

「了解です〜。大河さんですね。」

「ファーストネームで呼んでくれてサンキューNa♪」

「いいえー。」


虎鉄は、そのままの手に、キスを落とすつもりだった。
だが、それすらままならなかった。





お礼を言った虎鉄に向けられた笑顔が、とても純粋な輝きをしていたのです。





「……可愛すぎる…その笑顔は…。」


虎鉄、撃沈。
語尾変換も忘れていることに気づいていないようだから、相当動揺しているのであろう。
軟派な虎鉄が愛を囁く前に照れさせられたのは、初めてであった。
顔は真っ赤で、の手を握ったまま固まった。
…幸福感に満たされたまま。







と、虎鉄の頭に突如、大根が飛ぶ。
大根は虎鉄の頭に当たると、折れることも無く投げた当人の手へと返っていく。





…流石は新鮮野菜。(違





「虎鉄!!また女の子ナンパしよって!!いい加減にするっちゃ!!」

「あ、猛臣ぃ!!」


猪里の登場に、困った顔ばかりをしていたの顔が綻ぶ。
喜びのせいなのか、声が一段と元気になっている。
その声はあまり大きなものではなかったが、グラウンドの隅々まで響き渡った。


「「「「「「「「「「「猛臣!?」」」」」」」」」」」


の声に全員が反応して、声の主の方を向く。
先ほどまで争っていた部員も、争うのを止めてと猪里を見ていた。
部員全員(監督、マネージャーも含む)が見守る中、は猪里に走り寄って首に抱きつく。
猪里もそれをしっかりと受け止める。
一同、吃驚しすぎて声を出すことも出来ず。
とりあえず、その様子を見守る。


「やっと見つけたぁ〜♪」

。どうしてこげんとこにおるっちゃ!!」


ぎゅぅっと抱きつくに驚きながらも、強くを抱き返す猪里。
その瞳は驚きで溢れていたが、非常に優しいものであった。


「お弁当届けに来たんだよ〜♪猛臣お腹空いてるだろうなぁと思って、作ってきたんだよ♪」

「そげなこつが気にせんで良かよ?忘れた俺が悪いっちゃ。
それより、ここには来たらいかんって言ったっちゃろー?」


そう言って軽くを嗜める。
同時につん、とおでこをつついてみる。
…って言うか。





ここは学校で、しかも部活中ですよ!!そこの2人!!





…2人の付近だけ空気が甘すぎるのはきっと気のせいではないだろう。



まぁ、とにかくは猪里に学校に来ないことを約束していたらしい。


「う…だって来てみたかったんだよぉ?猛臣の練習姿も見たかったし!!…駄目?」

「駄目じゃなかよ。でも心配するっちゃ。」

「はぁい、約束破って勝手に来ちゃってごめんなさい。猛臣様。」

「素直っちゃね。もう怒っとらんけん、元気だしー?」


がちょっと拗ねながらも素直に謝る姿を見て、猪里は微笑んだ。
その微笑みはとても柔らかで、部員は誰一人そんな猪里を見た試しがなかった。
…猪里がを大事に想っている証拠である。


…ファンの女の子がこの場に居たら、即笑顔にあてられてノックアウトものだよ、猪里君。


「ありがと、猛臣優しい♪」

にしか優しくせんとよ、誰にでも優しいわけじゃなか。」

「えへへ、ありがとう。猛臣大好き♪」





「「「「「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」」」」」





あまりの唐突な発言に、部員全員が固まった。
…同時に、プルプルと拳が震え始めたものが数名。





それを横目でちらりと見た猪里が、一段と笑みを深くする。


「俺もの事好いとうよ。あ、今日のおかず何ね?」

「んとね、卵焼きと…朝摘み野菜サラダとー。その他。猛臣の好きなのをたっくさん。」

「うわ…嬉しか〜。休憩ば入ったらすぐに食うっちゃ。」

「うんっ!いっぱい食べてね!!」


既に甘いを通り越して、新婚の域にすら達しそうな2人の会話に、耐え切れなくなったキャプテンが口を開く。
後ろには、いつもの神々しいオーラではなく、怒りと嫉妬に満ちた禍々しいオーラを纏っている。
それは既に…十二支の裏の支配者、牛尾御門(黒)と化していた。


「…猪里君?君とは…一体どういう関係かな?(返答によっては容赦しないよ…?)」


それに気づいた猪里も負けじと黒いオーラを発し始める。
が気づかないように、こちらはごくごく微量に。


「(に近づく雄はキャプテンやろうと容赦せんばい…。)は、俺の…」


そこで息を吸い込む猪里。
それに合わせて、部員も息をのむ。







随分、間をおいて、猪里は。




はっきりとした声で一言告げた。







「一番大事で可愛か、双子の妹たい。」



「「「「「「「「「「「…はぁぁ!?」」」」」」」」」」」







告げられた真実。
それは、衝撃的過ぎて。
グラウンドには驚きの声が響き渡る。



風に流れる声は。告げられた真実は。

どこへ消える?





…何処へ、留まる?








 





***あとがきという名の1人反省会***
第2話目です。
実はこれは、お気づきの方もいるかと思いますが。
1話目に盛り込まれる予定だった話です。
ギャグハーを書いたことのなかった水上 空があまりの人数に耐え切れなかったため、
2話目になっちゃいました。
お待たせすることがなくアップ出来て良かったです。

どうやらさんは猪里君の妹だったようで。(バレバレでしたが
十二支の皆さんがどういう対応に出るかが楽しみです。(きっと私だけ

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2004.12.7 水上 空